*...*...* Role *...*...*
「ってかさー。全然分かってない、って感じだね、ありゃ。自分の魅力に気づいてないところがなんとも」
「本当にねー。でもああいう硬派なところが魅力、なのかな?」

 天羽ちゃんは腕を組むと、うんうんと頷きながら苦笑を浮かべている。
 私もこくりと首を振る。

 同じ普通科だからかな。
 春のコンクール参加者の中で、一番噂として飛び込んでくる話題は土浦くんのこと、だったりする。
 元カノがいるの、いたの、いないの、とか。真剣にピアノに向かってる姿がいい、とか。
 その上、スポーツもできて、理数系の教科はクラスで1番で。
 つまり、モテる条件は何一つ欠けることなく揃ってる、男の子。

 ── ただ一つ。ちょっと話しかけにくい、という一点を除いては。

「最近あんたたちよく正門前でアンサンブルの練習してるでしょ?
 春のコンクール再び、って感じで、再燃してるみたいよ、土浦くんのファンたちの熱も。
 私、音楽のことはあまりよくわからないからか、ついビジュアルから入っちゃうんだよね。
 あんたを含めて、演奏する姿ってみんな魅力的だよ。嫌がられてもシャッター押したくなるんだもの」
「あはは、そうなの?」

 天羽ちゃんとそう言って笑い合う。
 目の前には午前中の調理実習で作ったきんぴらごぼうが、香ばしいゴマ油の匂いを漂わせている。
 須弥ちゃんと乃亜ちゃんともう1人のクラスメイト4人で作った料理。
 それは確かに土浦くんの言うように、見た目だけはデパ地下のサンプル、って言ってもおかしくないくらい艶々と美味しそうに見える。

 普通科のよしみも手伝って、来週ある教会のバザーでのアンサンブルを一緒に、ってお願いした。
 あれから1週間。

『アンサンブルの中のピアノの位置を知っておくのも悪くないからさ』

 最初にそう言ってたとおり土浦くんは、今度一緒に演奏することをすごく楽しんでくれていることに、私はほっと息をつく。
 土浦くんって、男らしくて、気さくで。頼れる人、のイメージ。
 春のコンクールの時と全く変わらない印象で、彼は再びこの秋、私の隣りで音を奏でている。

 さっき言い並べたモテる条件に加えて、さらに料理までできちゃうんだもの。
 天は二物を与えずなんてウソだよね。

 そんな彼に、『料理は見かけだけじゃ味はわからない』なんてからかいを受けて、思わず目の前に突き出したきんぴらごぼう。
 土浦くんは一口含ませるとさわやかにごちそうさまを言って、その場をあとにした。

 こう、何気ない言葉を真に受けるというか、受けて立つ、って感じでなんでも引き受けてしまうのは、私のよくないクセなのかもしれない。

「じゃ、私たちも食べてみよっか」
「うん!」

 私は購買で買ったおにぎりとサラダ、それに調理実習で作ったきんぴらごぼうを前に手を合わせた。
 後片付けやら着替えやらで、時計の針はとっくに12時を過ぎて、まっすぐ直立している。もう、昼休み、30分しかない。
 全部食べられるかな……?

「香穂ってば、料理得意でしょー。
 自分の作ったのを食べるより、こっちの方が美味しいに決まってる、って、実は私、狙ってたんだよね。いただき!」

 そう言うと天羽ちゃんは、いそいそと箸を取って、輪切りに切ったタカノツメと一緒に、ごぼうを口に含ませる。
 ふふ、天羽ちゃんの食べっぷりって、きびきびとした話し方とよく似てる。
 見てて、気持ちよくて。もっと見ていたくなる。そんな感じ。
 私もわくわくしながら、箸を手に取った。

「えっと、じゃあ、私もいただき! おなか空いたよ〜」
「って、香穂、ちょっと待って」
「はい? な、なに?」

 箸を持った手を天羽ちゃんの左手で制される。えっと、……なんだろう?

「あの、さ? これ、香穂が作った?」
「え? うん、……い、一応」
「一応って?」
「え? どうして? 味、ヘンかな? 私、さっき試食したよ?」

 確かに家で作るきんぴらよりも少しふにゃっとしてたけど、それは、ごぼうの種類にもよるのかな、って思った。
 それになにより、家庭科の先生は、星奏のことなら誰よりも詳しいって豪語しているおばあちゃん先生だもの。
 ちょっと水っぽいかな、って感じるのは、歯に優しく柔らかめに下茹でしてあるからかな、って考えていた。

 けど……?
 天羽ちゃんは首を傾げながら舌の上できんぴらを転がしている。

「うーん。前、あんたのお弁当からツマんだやつの方が美味しかった気がする」
「そうかな? 私、さっき試食した時ね、おなかが空いてるからかすごく美味しく感じたんだけど」

 自宅で夕飯を食べてるときこう言うと、いつもお姉ちゃんは笑う。お母さんも苦笑する。
 味付けに失敗した料理でも美味しいって食べてくれて助かるわ、っていうお母さんに、お姉ちゃんは反論する。
 ちゃんとした味覚を身につけないと、味付けにうるさいダンナさんに当たると大変よ、なんて言って。
 で、でも、美味しいモノは美味しいんだもの。別に、いいよね。

「── ははーん……。さっきあんた、一応作った、って言ったよね?」
「はい? ん……。確かに」

 天羽ちゃんはきんぴらをごくんと飲み込むと、きらきらした目で得意満面に私を見据えた。

「なるほど、ね」
「はい?」
「その『一応』って一言から、この天羽菜美、ちょちょいと推理したわけさ」
「なにを?」

 こういうときの天羽ちゃんって迫力がある。
 口調がはきはきしている上に、レポートとか文章を書くのを得意って言う、その言葉どおり、すごく筋道が立ってるんだもの。

「つまり。察するところ、香穂は家庭科の授業中、ずっとお皿やトレーなんかを洗い続けてた、と」
「はい?」
「で、テーブル拭いたり、お箸出したり。いわば、メインの仕事じゃないところ全部」
「えっと……」
「で、多分、あんたの悪友の乃亜ちゃんと須弥ちゃんがいわば、切ったり茹でたり味付けしたり、の、ごぼう係、と」
「…………」
「どう?」
「ご名答、です……。あ、でもタカノツメは切ったよ? うん」

 4人1組になってやる調理実習。
 あれは最初の持ち場、っていうのかな、一旦役割が決まると、変更するのは難しかったりする。
 ごぼうを切ってる途中で、代わって? って頼むことも、タイミングがある。
 気がついたら、私は黙々と汚れたトレーやお皿を洗い続けて。
 そう、私が2時間の調理実習でやったのは、膨大な洗い物と、タカノツメをキッチンバサミで切ったこと、かな……?
 あ、アク抜きしてるごぼうの水、取り替えたっけ。
 う……。一応、ごぼうには触ったもん。

「で、でも。楽しかったよ。みんなでわいわい言いながらお料理したの」

 ごぼうのアクってこんな色なのー、とびっくりした顔をしてた乃亜ちゃんも。
 油がはねて手に飛んだ、って大騒ぎだった須弥ちゃんも。
 普段着慣れないエプロンと三角巾が2人ともすごく似合ってて、授業の後に写真を撮った。
 あ、須弥ちゃん、ヤケド、大丈夫だったかな? 午後の授業の前にちょっと聞いてみよう。

「まあね。料理も食事も、1人ですると味気ないものだってこと、私はよーっく知ってるけどね」

 天羽ちゃんは、小さなため息と共にそう呟くと、ぱくりとキレイな歯を見せておにぎりを口に入れた。
 そして再びきんぴらごぼうへと箸を伸ばす。

「で? アンサンブルの練習、調子はどう? ときどきあんたたちリリ、だっけ? ファータと話してるでしょ?
 そのたびに取材チャンス、って思うんだけど、何しろ姿が見えないことには記事にならないからね」
「うん。とりあえずは順調かな。みんな上手なの。
 私はアンサンブルって初めてだから、よくわかってなくておろおろしてる。ソロとは違うなあ、って」

 4人で揃えば美しく響く音色。
 それが、1人でも足並みが揃わないと、途端に聞き苦しい雑音になる。
 特にヴァイオリンは主旋律を追っていくパートだからかな。
 私がミスをすると、すごく目立つ。聞くに堪えない、って感じになる。
 というか他の3人は、まるでミスをしない。それどころか自分以外の演奏にも気を配る余裕があるみたい。

 もう、教会のバザーまで1週間もない。
 うう、今日の放課後も、頑張って音、合わせないと……。できるかな……。

「香穂、もう時間ないよ? ほら、食べて食べて」
「あ、ありがと」

 ふっと大きな息をついた私に、天羽ちゃんはきんぴらの載ったお皿を前に差し出した。

「私さあ」
「はい?」
「そのタカノツメみたいな香穂が好きだよ。なんだかね」
「── 私、顔、赤い?」
「そーじゃなくって! ……料理って、なんかアンサンブルに似てない?」

 頭の回転の素晴らしくいい人なんだろうなって思う。天羽ちゃんって。
 けど凡人の私には、どうしたら料理とアンサンブルが似ているのかわからない……、かもしれない。
 ううん、正直に言おう。── わかんないよ。

「えっと、どうしてかな? 説明してもらってもいい?」
「つまりね、料理もアンサンブルもいろんな個性が一緒になって美味しくなるってこと。
 きんぴらごぼうで言えば、ごぼう、にんじん、タカノツメ、ゴマ油、って感じ?
 今香穂がやってるアンサンブルもいろんな楽器が1つになるために練習してるんだよね」
「うんうん」
「誰だって一番存在感のあるごぼうをやりたいと思うよ。
 けど、そういうのを譲って、脇役、っていうのかな、メインを引き立てるタカノツメをしてる香穂はエライよ」
「や、あの、私……。そんな立派な理由じゃないの。
 ぼーっとしてたら、ごぼうは知らないうちに千切りされて目の前にあった、というか……。はは……」
「うん。我ながら決まった? いいこと言うよね、私!」

 すっかりご満悦の天羽ちゃんの前、私は、残り少なくなったお皿を眺める。
 輪っかになったタカノツメは茶色いごぼうの中、微かに存在を主張している。

(ここに、いるよ)



 って。そう、微かに。
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