……さて、と。

 今、ここで、俺はどう振る舞えばいいんだ?
 もう今までの人生で、修羅場ってのは一生分経験したからな。面倒なのは一切ごめんだ。
 俺は音楽からも人間からも。あらゆる存在から一歩引いた人間になるんだ。
 日野を傷つけないように。吉羅も傷つけないように。

 ……なんてな。もう何十年って生きているっていうのに。
 一度握った日野の手を、俺は離すことができない。
 『危うきに近寄らず』なんて、俺は、君子でもなんでもないから、こんな簡単な判断さえできやしない。

 1人の女生徒が泣いている。
 原因の一部は、確実に俺。
 大して興味のない女なら、適当に慰めてほうっておけばいい。
 だが、日野は俺が憎からず思っている相手。……いや、本音を言えば、可愛いとさえ思う相手だ。

 吉羅に抱かれていたときの日野。その周囲に立ち上る甘い匂い。
 こいつの中に、俺自身を押し込んだら、こいつはどんな声を上げるのか。
 脳裏に浮かんだ日野の姿態は、俺の目の奥を熱くさせた。  
*...*...* Three (Kanazawa End) *...*...*
 日の陰り始めた俺の部屋。
 って、久しく人なんて呼んでないし、男1人の気楽な生活も手伝って、あちこちモノが散らかっている。
 だが、制服姿のこいつをどっかホテルに連れ込んだ挙げ句、それを誰かに見られでもしたらそれこそマズいだろ。
 
「わりぃ、日野。あっちこっち散らかってるだろ? モノをどかして座ってろや」

 俺は大げさにひょうきんな声を上げながら、日野を俺の部屋へ連れ込んだ。
 突然の珍事に部屋中の空気が驚いている。

「コーヒー飲むか? それとも……、って、コーヒーと酒しかないなー。
 お前さん、未成年だし、コーヒー決定な。ちょっと待ってろ」
 
 カチャカチャとヤカンに水を入れて火にかける。
 マグカップはあったっけな?
 確かこれもまた妹がくれたんだった。結婚式の引き出物が気に入らないから兄さん使ってってさ。
 まだ箱に入りっぱなしになってるハズだ。

 もっとゆっくり沸騰すればいいのに、こういうときに限ってお湯は早く沸くような気がする。
 俺はぱっぱとインスタントコーヒーの粉末を入れお湯を入れ、少し薄めに作る。
 透き通るような色の白さを持った日野に、濃いコーヒーは合わない気がする。
 
「ほれよ、コーヒー。日野……。いや、……香穂、だったか、お前の下の名前」
「はい? あ……、はい。香穂子です」
 
 抱くときくらい、下の名前で呼んでやりたい。
 日野は……、いや、香穂は、今自分が置かれている状況に頭が付いていかないのだろう。
 俺が出したマグカップを手にしたまま、緊張した面持ちで俺を見上げた。
 
「大丈夫だ。丁寧にやってやるよ。ほれ……。おいで」
 
 『1日香穂子を好きにする権利をやる』
 元々吉羅とはそういう話だったんだ。
 それがたまたま、今日になっただけだろ?
 なんて自分で言い訳をしてみる。
 『忘れられないんです』
 森の広場で。泣き出しそうな顔して、そんなこと言われて。
 俺の男の部分が疼いた、ってのが本音なんだが。
 
 姿見がちょうどベッドの方向を向いている。
 ──── そうだ、今日は。
 
 俺はおそるおそるコーヒーを飲んでいる香穂を背中越しにに抱きかかえると、下腹部に手を伸ばした。
 
「お前さんは、自分で自分を可愛がっているのか?」
「え?」
 
 香穂はふるふると首を振るうとこれ以上なく顔を赤くする。
 頬に浮かんだ艶。額に掛かる髪の愛らしさ。……これが若さってものかもしれない。
 俺は制服の上から、香穂の脚の付け根に手を伸ばした。
 
「イイ女ってのは、自分で自分のお守りができるヤツのことだぜ?
 吉羅にやられてばっかりじゃなくてさ、自分でも自分のイイところ探し出せよ」
 
 背後から香穂の耳、首筋に息をかけ、舌を這わせる。
 こんなに近くにきたことがなかったから分からなかったが、香穂の匂いは俺の下腹部を熱くする。
 甘くて、優しい。……ずっと嗅いでいたくなる。
 一体この匂いはどこから生まれてくるのか? 男を受け入れる部分か。
 もしそうなら、その蜜は舐めてみたらどんな味がするのだろう。
 
 俺は香穂をベッドに誘うと、ゆっくり制服を脱がせながら、昨日噛んだ肩のラインを見つめる。
 白い雪の上、花が咲いたような朱い痕。
 そんなにつよく噛んだつもりはないんだが。……自分の痕が残っていることに嬉しくなる。
 香穂子との関係は、今日の1回限り。俺は賭けの景品をもらっているに過ぎなくて。
 明日から、当然香穂は吉羅のモノで。
 ──── なのに、どうしたっていうんだ。
 自分の痕が残っていることが、こんなに嬉しくて、……愛しいなんてさ。
 
「香穂」
 
 俺は香穂の上半身を抱き起こしながら、あぐらの中に座らせる。
 そして両足を自分のそれに絡ませると、鏡の前、思い切り広げた。

「な、なに? 金澤先生……?」
「香穂、前、見てみろよ」
「ん……。な……! や、やめて……っ」

 露わになった恥部に、香穂は必死に脚を閉じようとする。
 俺の力には敵わないと思ったのか、今度は両手で朱い花を隠そうとする。
 俺は両脇でこいつの腕を挟み込むと、そろりと光る蜜を掬い上げた。

「隠すことなんてないだろ? ……すごくキレイだぜ? よく見てみろよ」
「や、やだ……、恥ずかしいの。やめて……」
「この前、かなり気持ちよさそうだったからなー。ほら、ここ、膨れてるの、わかるだろ?」
 
 俺は香穂の耳を舐めながら鏡を見つめる。
 香穂は俺の枷から逃げようと必死に身体を動かしていたが、勝ち目がないことを知ったらしい。
 徐々に身体の力が弱まっていく。
 そして俺に言われるまま、おそるおそる鏡を覗き込んで。
 恥ずかしさに居たたまれなくなったのか、首を振って目を伏せる。

 ……つーか。今沸き上がってくるこの興奮は何なんだろう。
 女なんて何度も抱いたことがあるっていうのに。
 こいつの身体を抱いていると思うだけで、頭の芯が熱くなる。
 香穂を虐めたい。可愛がりたい。征服したいし、甘えたい。
 ったく、どうしたらいいのか……。

「ほら、ここだぜ? お前さんの好きなところは」

 そろり、と親指を押し当てる。
 そしてピクリと身体が大きく跳ねた瞬間、俺は香穂の中へ2本の指を押し込んだ。

「あ、や……。先生、……先生!」
「……ここは、男のペニスと同じだ。お前さんが気持ちよくなるのも当然だろ?」
「んんっ。や、私、出ちゃう……っ」
「いいぜ? 全部出しちまえよ」

 2本の指をバラバラに動かしながら、傷つけないようにそっと突起に触れる。
 とろりと滴ってくる蜜は、俺の行為を許してくれているようで、俺はまた有頂天になる。

 首筋を伝う汗。
 青い静脈が何本も浮き立つ。

 ……服を着たって、バレちまうかもな。
 頭の隅でそんなことを思いつつ、俺は香穂が達するのに合わせて思いきり白い首筋に噛みついた。
*...*...*
「狭いな……。ヴァージンみたいだ」
 
 限界とばかりに俺は香穂の上に乗ると、入り口に熱望をぴたりとつける。
 ギシりと鈍い音を立てて、俺のモノが香穂の中に埋め込まれていく。
 自分の血管の凹凸でさえ、こいつの襞に知られてしまうんじゃないかと思うほど、香穂の中はキツくて狭かった。

 最奥まで埋め込みたくて、思い切り腰を進める。
 俺の2つの袋はピタピタと日野の尻に当たって揺れている。

「ふぅ……っと。香穂。やっと入ったぜ?」

 汗で湿った前髪をかき上げて香穂の目を覗き込む。
 てっきり笑顔を返してくれると思い込んでいたが、意外にもそこにあったのは熱にうなされたような朱い面輪だった。

「ダメ……。先生、なに、したの?」
「香穂?」
「熱いの、あ……、あ……っ」
 
 前からの刺激が積み重なったせいもあるのだろう。
 香穂はきゅっと身体を小さくすると、ほんの少しの快感も逃がさないといった風情でつま先を丸めている。
 中が激しく伸縮しているのを感じて、俺は動きを止めた。
 
「なんだ、もうイッたのか。まだ入れてすぐだろ?」
「……ごめんなさい、私……」
「って、謝ることなんかないぜ? そうさな……。ちょっとこのままこうしてるか」
 
 俺と香穂は繋がったままいろいろな話をした。
 小さい頃の好き嫌い。父親。卵はどんな調理法が好きか。イタリア。音楽。

 俺のくだらない冗談に、くすくすと笑う香穂の振動が、繋がっている部分から伝わってくる。
 俺は話をながら、隙間なく香穂の顔に口づける。

 ……こいつが幸せであるように。

 もう、2度と抱くことがない。それはわかっている。だけど次に繋がる優しさを持って抱く。
 
 って俺、なにシリアスに考えてるんだ?
 俺は香穂を好きでもなんでもない。これは、吉羅と俺のゲームに過ぎないだろ?
 なんて、言い聞かせなきゃいけないのも、おかしいっていえばおかしいよな。
 けれど現実はそうなんだ。だったら自分を納得させるしかないだろう。
 
 少し落ち着きを取り戻し始めた香穂を見て、俺は香穂の中のものが勢いを増していくのを感じた。
 
「そろそろいいか? 動くぜ?」
「まだダメ……。動いちゃ、ダメ……っ。壊れちゃう」
「壊したい、と言ったら……? 全部、何もかも見せてくれと言ったら、お前さん、どうする?」
「先生……?」
「吉羅を捨てて、俺のところに来い、って言ったら?」

 動き始めた俺に、香穂は途端に余裕を無くしていく。
 今の俺の問いかけを確かめるように首をかしげている。

 ……って、こいつに俺のワガママをぶつけるわけにはいかない、か。
 こいつは、笑っていた方がいい。吉羅と俺との間で余計な気遣いをさせたくはない。

 俺は香穂のこめかみに口付けると、ゆっくりと腰を揺らし始めた。

「冗談、冗談。……今だけはちょっと俺に付き合ってくれ」
*...*...*
「……吉羅と、初めてだったのか?」
 
 香穂はまだ快感の空間をさまよっているのだろう。
 物憂げな目で見上げると、俺の問いかけに考え込んでいる。
 
「気になるんだ。教えてくれ」
「ん……」
「そうか」
 
 イロには疎い朴念仁だと思っていたが、なるほど香穂のこの身体を見るに、香穂に快感を教え込んだのは吉羅なのだろう。
 
(さて。どうするか)
 
 俺が香穂を欲しいと言ったって、あの吉羅が手放すわけでもない。
 香穂にしたって、まだこいつも若い。
 今回の俺とのことだって。
 俺への思いというよりもむしろ、身体の火照りをどうにかしたかった、という若気の至り、かもしれないわけで。

 ──── 俺は? 俺はどうする?
 こいつへの想いに、気づいてしまった俺は……?

「金澤先生。……どうか、した?」

 香穂は不安げに俺を見上げると、身体をすり寄せてくる。
 ──── この身体に浸っていられたら、俺ももう1度、真人間に戻れるかも、ってな。

 ふと浮かんだ考えに、俺は苦笑を浮かべる。
 そんなこと、あるわけない。
 俺は、もう終わってしまった人間で。一介のしがない教師。それで十分だ。

 俺はそっと香穂の身体を引き剥がすと、ベッドから立ち上がった。




「まあ、吉羅と付き合ってて、辛いことがあったらいつでも戻ってこいや。……俺はいつでも空いてるからさ」
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