香穂子と一緒に過ごす初めてのクリスマス。
 いや、正確には、去年のクリスマスが彼女を初めて抱いた日、だったか。
 とすれば、ちょうど一年目の記念日となるのか。
 
 仕事の忙しさに頭の新間で疲れた日には、夜中にあてどもなくネットを彷徨っては、考えることを必要としないサイトを見てぼんやりとする。
 午前1時。
 ──── 今頃彼女はどうしているだろうか?
 眠い目を擦って勉強をしているだろうか?
 それとも、譜読みをしながら曲想を練っているだろうか?
 それとも。
 ……少しでも私のことを思い出してくれているだろうか?
 願望のような思いを持て余しながら、私は今日も彼女に似合いそうなブラウスを見つけると、カード決済のボタンを押す。
 少しずつ、彼女へのクリスマスプレゼントが増えていく。  
*...*...* Joy 3 *...*...*
 ぬくもりのある部屋。……ヴァイオリンの調べ。
 それに続く、愛しい子の足音。
 
「お帰りなさい!」
 
 弾むような声に、笑顔。
 今まで私にとって女性は弱みを見せてはいけない相手だったのに、
 香穂子だけは、自分の内側に飛び込んでくる特別な女の子だ。
 
 彼女は軽やかな足取りで、次々とテーブルの上に料理を並べていく。
 
「よくも、これだけ集められたものだ」
「はい! えっと、サプライズなんです、って言ったら、シェフの平井さんがオマケしてくれたり……。
 それを聞いていたオーナーが、このワインは吉羅さんの生まれた年のビンテージだからってくださったりしたの」
 
 やれやれ。……今度あの店に行ったら、冷やかされることは必須だろうな。
 そう思いながら、香穂子とのことに冷やかされる自分がなぜか誇らしくも感じる。
 
 香穂子は、人の好意を受け取ると、それを自然に、大きく豊かに返すことができる子、なのだろう。
 香穂子に親切にした人間は、その行為によって本人も気づかなかった美点を引き出されていることに気づく。
 そして、もっとなにかしてやりたくなる。かまってやりたくなる。──── まるで今の私と同じように。
 
「誕生日じゃないけど、キャンドルももらったんです。火をつけても大丈夫ですか?」
「ああ。かまわない」
 
 香穂子は真剣な顔をしてキャンドルに火をともすと、部屋の灯りを落とした。
 日頃、寝るためだけに帰ってくるこの部屋は、一瞬にして小さな舞台になる。
 香穂子はうっとりと炎が揺れるのを見つめたあと、窓の外に目をやった。
 
「……綺麗。ほら、見てください。星もよく見えますよ?」
 
 香穂子は、眼下に広がるイルミネーションよりも、かすかに瞬いているオリオン座を指差して笑う。
 
「意外だな。空の方に目を奪われるなんて」
「はい?」
「星よりも、君はきらびやかなネオンの灯りに夢中になるかと思っていたよ」
「どっちも素敵だけど……。どうしてかな、星が、好きかな」
「ほう」
「冬の大三角形を見ると、いろんなことを思い出すんです。
 ……吉羅さんとお付き合いを始めたのはこの季節だったなあ、とか」
 
 私はクリームチーズのテリーヌを口に運びながら、彼女の顔を見守る。
 
「吉羅さんの手のあったかさや、『ジュ・トゥ・ヴ』の旋律とか。
 それにね、吉羅さんのくれた手袋の色も、吉羅さんのコートの匂いも……。いろいろ」
 
 小さく思い出し笑いをしている香穂子は、私の知らない一人の成熟した女性になっていた。
*...*...*
「この前の分も、君を堪能させてくれるだろう?
 ……今日は君に優しくしている余裕はなさそうだ。初めから謝っておこうか」
 
 健全な男が、1ヶ月以上も好きな女の中に入らないで、よく平静を保っていられたものだ。
 食事を終えたあと、私は彼女をベッドに誘うと、身体全体の線を確かめるように撫でていった。
 ほっそりとした首。それに続くなだらかな肩。華奢なS字型の鎖骨。
 吸いつくような白い肌が、ますます私のみだらな欲望を増長させる。
 
「……私が、こわいか?」
 
 むしゃぶりつくように彼女の身体を舐めながら、ふと我に返って彼女の目を覗き込む。
 そこには、狂ったような目をした自分が映っている。
 香穂子は私に必死に付いてきているものの、ともすれは私に性急な動きについて行けなくなるのだろう。
 時折切なげな声を上げる。
 なだめるために唇を覆えば、微かに口端が動いている。
 
「香穂子?」
「大丈夫、です。……もっと、してください」
「しかし……」
「……吉羅さんに、気持ちよくなって欲しいの」
 
 とはいえ、彼女に痛みを与えるのは本意ではない。
 私は、自分が進む道を確かめる。
 ほとんど愛撫をしていないというのに、そこはもう温かく湿って甘い匂いがする。
 
「ほう。……興奮していたのは私だけではなかったようだ」
「……は、恥ずかしいから、言わないで? 私、なんだかおかしい……」
「……もっと見せてくれ」
 
 何度尋ねても全身を赤らめて、結局この子から答えを導き出せたことはないが、
 私は正面から抱きかかえる形で彼女と1つになるのが好きだった。
 ──── 乱れた顔も。ねだるような声も。甘い吐息さえも全部自分のものにできるからだ。
 
 彼女の狭い恥部に自分のいきり立ったものが入っていくのは、いつ見ても扇情的だ。
 
「吉羅、さん……っ」
「……っ。君の中は、すごく、いい」
 
 腰をゆるゆると丸く動かすと、香穂子の口端から甘い声が溢れ出した。
 
「吉羅さん、好き。……大好き」
「珍しいな。君はなかなか言ってくれないから」
「……ちゃんと伝わりますか?」
「抱いているとわかる。君の身体は口よりも饒舌だからな」
 
 突き出された膨らみを下から掬うようにもみ上げる。
 指の間に挟まれた頂きは、私の与える刺激でさらに固く朱くなった。
 
 誰しも冬という季節は、心の通い合った者同士、気持ちを溶かし合う季節なのだろう。
 私は香穂子の身体を二つ折りにすると、真上から何度も自身を突き立てる。
 そして、彼女の切なげな声を聞き届けると、自分自身を解放した。
 
 
 
 
 
 
 
「君にこの手のものは早過ぎるとも思ったが」
「ん……」
 
 くたりと弛緩している香穂子を腕に抱きかかえたまま、私はベッドサイドの引き出しを開ける。
 どうも私は『加減』というものを知らないらしい。
 何度果てても、この子が辛そうにしていても、なお貪欲に彼女を求める。
 いささか強引な振る舞いに、この子があきれていなければいいのだが。
 
「開けてみて欲しい」
 
 私は香穂子の前に小さな箱を差し出した。
 店員に、あまり大げさなラッピングにしないでくれ、と告げたにも関わらず、
 モノがモノだけに、どうしても愛らしいものになってしまうのだろう。
 目の前の白い箱には、透き通るような銀色のリボンが大仰に掛けられている。
 
 香穂子はあどけない顔をして、私の目を見つめる。
 
「どうぞ? これはもう君のものだ」
「ありがとう、ございます。……なんだろう」
 
 私のすぐ目の前で、細い指が器用にリボンを解いていく。
 この手のものを女性に贈るのは初めてで、妙に気持ちが落ち着かない。
 ……この歳になっても初めての経験があるというのが少し可笑しい。
 でも考えてみれば、香穂子に浮かぶ感情も、興奮も、気持ちの揺れも全部、私にとっては初めてのこと、か。
 
 香穂子は箱の中に入っているリングを見て一瞬目を見開いたあと、溶けそうな笑顔で私を見上げた。
 
「可愛い……。すごく可愛いです!」
「エタニティリング、というそうだ。なにしろ私はその手のことにあまり詳しくなくてね」
「エタニティ……」
「英語の "eternity" から来ている。石が一周していることから『永遠』を表すモチーフだと聞いた」
「出してみてもいいですか?」
 
 香穂子は私に断ると、大切なものを扱うかのようにそっと箱からリングを取り出す。
 そして愛しそうに重みを確かめたあと、右手の薬指に はめようとした。
 
「香穂子、指が違うんだが」
 
 私は香穂子の指からつまみ上げると、左手を持ち上げ、その薬指に銀の輪を はめた。
 蒼い静脈が薄く透けて見える香穂子の白い手に、そのリングはあつらえたかのようにしっくりと収まる。
 
「香穂子、結婚しよう」
「……え? え?? 吉羅さん、でも……」
「……君に永遠の愛を誓う。もう君を手放せない」
「吉羅さん、あの、ちょっと待って……」
「知っているかね。その指輪は一度身につけたら、二度と取り外せないんだ」
 
 低く笑いながら冗談を言うと、少し固くなっていた香穂子の身体がふわりと柔らかくなっていく。
 隙間なく絡み合った下半身は達したあとのたゆたいを通り過ぎ、今、新たな2人の形を作ろうとしている。
 
 付き合い始めたばかりの頃、私はこの子に姉の幻影を見ているのかと思った。
 姉にしてやれなかった分の思いをこの子に与え、この子の才能の開花を見守ろうと考えているのかと。  
 だが、香穂子は、誰でもない、日野香穂子という一人の女の子で。
 私の想像を遙かに越えるスピードで、私を魅了していった。
 音楽家としてもそう。一人の女性としてもそうだった。
 
 私の笑い声に安心したのか、香穂子は左手にじっと見入りながら不思議そうに呟いた。  
 
 
「……この指輪、私の指にぴったりです」
「おかしなことを言う」
「はい?」
 
 
 
 
「……君の身体で、私の知らないところなどどこにもないと思うがね」
 
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