「あーー。ったく、なにやってんだか、俺は」

 俺は忌々しげにヘッドフォンを取り外すと、それでも少しだけ理性を持って、ベッドの上に放り投げた。
 マットレスの上、ヘッドフォンは何事もなかったように、ふわりと着地を決める。

 ったく俺はなにやってるんだ。

 この前、ベッドまでの距離も待てないまま、床の上で1回。
 そしてベッドの上でも2回。強引に香穂を抱いた。
 元々女物の華奢な作りの下着なんて、どこがどうなっているかも分からなかったのもあったが……。
 香穂のキャミソールのボタンは飛び。
 床に転がった白い貝のようなボタンは、昨日だったか、俺に抗議するかのように足に食いついてきた。

「香穂……」

 俺はヘッドフォンの気分になって、ベッドにダイブする。
 かすかに香穂の香りが残っている。
 いつも付けている香水やシャンプーの香りじゃない。もっと、深い、香穂の中から溢れる香りだ。
 男ってホント、バカだ。
 100万回も後悔するなら、どうして1回のセックスくらい辛抱できないんだか。

『やめて、土浦くん。怖いの、イヤ』
『……誰にも渡さない。月森にも、他のヤツにも』

 強引に抱いた代償が、香穂の沈黙。
 あれから1週間が経とうとしているのに、香穂からはなんの連絡もない。
 電話もメールもだ。

 こちらからなにかアクションを取ろうとは思ったが、あんな行為をした後だ。
 もしかして、着信拒否されてるんじゃないかと思うと、まだその事実を認める自信がなくて行動に移せない。

 オケのための譜読みは、普段のときでさえ気合いが要る。
 だというのに、今の俺ときたら、集中力はまるでゼロ。
 パラパラと総譜をめくっても、俺の目には、黒い何本かの線が流れていく。そんな印象しか受けない。
 本来なら、楽器の数だけの旋律を頭の中で鳴らし、音色を響かせなくてはいけないっていうのに。

「……ん? 誰だ?」

 机の上に置いてあった携帯がショパンの着信を鳴らす。
 香穂? な、ワケ、ないよな。
 俺はけだるさを押しやるように机に向かうと、携帯画面を見つめた。

「……香穂?」
『香穂です。土浦くん、久しぶり。……今から少しマンションに寄ってもいいかな?』

 そこにはシンプルな文字だけのメールが広がっていた。  
*...*...* Steady 4 *...*...*
 香穂にこのマンションに来てもいいこと。
 それに、あとどれくらいで来ることができるのか尋ねると、今、ちょうど大学を出たところだから、あと15分くらい、という返事が届いた。
 15分、か。
 普段からあまりモノを散らかさない性分だったが、ここ数日は香穂のことで気を囚われていて、部屋中ヒドい有様だ。
 とりあえず流し台に積み上げられてあるコップを洗う。

「香穂……」

 それにしても、どうして香穂はこの部屋に来ると言うのだろう。
 別れる気なら、なにもこんな密室で会う必要などないのに。

 だが、あの律儀な香穂のことだ。
 この前渡した部屋のカギを返すなら、カギを受け取ったこの場所で会うのが相応しいとでも考えたのだろうか。

 洗い物を片付け、床に散らかったCDを棚に片付け。
 普段のレベルにまで部屋を片付けたとき、コン、と1回ドアをノックする音がした。
 まだ、あいつがこの部屋に遊びに来るようになって、10回前後、か。
 俺と香穂の間に少しずつ作っていったルールは、これから先は香穂を思い出すためだけの、ただの『思い出』になるのだろうか。

 ドアを開けると、そこには高2の春、セレクション1回目のときのように緊張した表情の香穂が立っていた。

「よう。……ま、入れよ」
「土浦くん、私……」
「なにも取って食おうってんじゃない。玄関にいてもなんだろ? 入れって」

 強引に香穂の手を引く。
 ひんやりとした手の平は心地よく、そういえば、香穂は、夏に抱くと、しっとりと冷たく、冬に抱くと、ふわふわと温かかった。
 強引にセックスすることが悪いことだとは分かっているが……。
 こうして香穂に触れていると、今日も、俺は抑えられる自信がなくなってくる。

 香穂は俺に引っ張られるようにしてリビングに来ると、借り物のネコみたいにカチカチになって2人掛け用のソファに座った。

「……しばらく連絡しなくて、ごめんね」
「いや、別に。何も謝ることないだろ? 俺には俺の都合があるし、お前にはお前の都合がある」
「ん……」
「その、なんだ? お前が俺と別れたいっていうなら、俺は別に構わないぜ?」

 俺と香穂の間にある重い空気をどうにかしたくて、俺の口は勝手に偉そうなことばかり言い続ける。
 どうして俺は、自分の気持ちと正反対のことを、香穂に言うんだ?
 もし、香穂が俺と別れたい。
 そう思っているとしたら、こんなこと言ったら、敵に塩送ってるようなもんだろ。

「土浦くん、違うの、私」
「って、香穂、お前……」

 香穂は音もなく立ち上がると、羽織っていたクリーム色のカーディガンを脱ぐ。
 そして、呆然としている俺の目の前、細い指は、確実に弦を抑えるときのように忠実に上から順にシャツのボタンを外していった。
 布の下から覗く青ざめた肌は香穂の身体の中で1番白い部位なのだろう。
 見慣れている俺さえハッとするほど美しい。

「その、そのね……」

 香穂の唇が震えている。
 震えを聞くかのように耳を近づけると、香穂は泣き出しそうな声で、
 だけど、これだけは伝えなければ、という思いのこもった声で俺の耳にささやいた。

「私、土浦くんのことが好き。……ちゃんと好き」
「香穂?」
「土浦くん。気がつかなくてごめん。
 その、1週間、よく考えてね、私……。月森くんが帰国してからずっと、月森くんのことばかり話してて」

 香穂は言いづらそうに月森の名を言う。

「そのね、土浦くんのこと、不安にさせたのかな、って思ったの。土浦くんなら分かってくれてる、って勝手に思ってたの」
「お前、なに言って……」
「だから、その、土浦くん、私にこの前みたいなこと、しちゃったんだよね?」
「ちょっと待てよ。香穂。いくらなんでもお人好し過ぎるだろ、それって」

 てっきり別れ話か。
 もっと言えば、別れ話を認めようとしない俺の言い訳を長々とこいつに聞かせる場になるか。
 どちらにしても、俺にとって情けない時間になると想像していたっていうのに。
 意外な展開に俺はただ、香穂の顔を凝視する。

 香穂は身につけていたスカートを恥ずかしそうに取り去ると、おずおずと俺の肩に手を乗せた。

「今日は、私、ちゃんとするの。今まで土浦くんにしてもらったように」

 いつもだったら、俺が上で。下にいる香穂を俺の思いのまま蹂躙するっていうのが流れなのに。
 香穂は俺を床に押し倒すと、見よう見まねで、唇に舌を這わす。
 頬、耳。首筋を滑る舌がくすぐったい。
 俺がこうしているときに、ときどき香穂が笑うのが分かる気がする。

「気持ち、いい?」
「すっげーイイ、ってワケじゃないが……、クる」
「はい?」
「──── お前がこうしてる、って思うだけで興奮するぜ」

 香穂は分かったような分からないような顔をして、今度は、Tシャツの下の2つの飾りに口づけた。
 吸ったり、もみ上げたり、しているつもりなんだろうが、やはりこの場所は男と女ではかなり作りが違うように思う。

「香穂、待てって。くすぐるなよ」
「え? くすぐってないよ? そっかぁ。くすぐったいんだ」
「教えてやる。こうやるんだ」

 俺は香穂の背中に腕を回すと、強引にポジションを入れ替える。
 ぽすん、と香穂を受け止めたベッドは頼りない音を立てた。

「さんざん俺を煽ったんだ。今度は香穂の番だぜ?」
「土浦、くん?」
「してもらうばっか、っていうのは、どうやら俺の性に合わないらしい」

 もしかしたら、もう2度と抱くことはないかもしれないと考えた身体が目の前に広がる。
 香穂はときどき、もう少し細くなりたい、というようなことを口にするが。
 こうして抱いたとき、ふわふわと柔らかいというのは、女の特権だ。

「……んっ」
「やっぱ、触るなら女の胸だろ?」
「そうなの……?」
「男のより、綺麗で、柔らかくて。ほら、こんなに朱くなってる」

 つん、と天を向いた尖りを摘み上げる。
 すると、やわやわとしていた尖りはやがてもったりと重く、堅くなる。

「こっちも大変なんじゃないか? 見てやるよ」
「や、見ちゃ、ダメ。止めて……」
「この前、お前に酷いことしたからな……。その、詫び。気持ちよくしてやるって」

 俺は香穂の脚を大きく開くと、その真ん中に座る。
 俺を跪かせ、受け入れ、受け止めてくれる香穂のそこは、温かな蜜が一筋溢れていた。

「お前、俺の胸を舐めながら、こんなに濡らしてたのか」

 わざと秘部には触れないように、腿の内側を舐め上げると、
 こぼれそうになっていた蜜は1筋2筋と香穂の外へと溢れてきた。

「ヒドイよ、土浦くん……」
「うん? こんなに可愛がってるのに、分からないのか?」
「や、やだ……」

 淡い茂みの中に隠れていた突起が、胸と同様、ツン、と上を向いている。
 その場所に、触れるか触れないかくらいの軽いキスをしたら、香穂の身体がビクリと震えた。
 俺を受け入れる部分が、呼吸をするかのように喘いでいる。
 いつもだったら、宥めるために、落ち着かせるために入れる指。
 だが、今日の俺は、必死にその行為を押しとどめていた。

「もう、やだ……っ。お願い、土浦くん。お願い」
「どうして欲しいんだ?」
「……中に、欲しいの。熱いの、すごく」
「……ちゃんと言ってみろよ。誰よりも俺が欲しいって。言えたらちゃんと言うとおりにしてやる」

 イジメすぎたのか、半分涙目になっていた香穂は、自分の求めているモノが、決して与えられないことを知ったのだろう。
 上にいる俺と目を合わせると、ため息と一緒に告白する。

「私……。いつも、土浦くんが欲しい、って思ってたよ」
「──── 了解」




 聞きたいと思っていた言葉を聞けた興奮を、俺はそっと胸の中に落とす。
 そして、香穂の膝裏に腕を回すと、ゆっくりと香穂の中に入っていった。
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