*...*...* Pray *...*...*
風もなく、障子を隔てた室内にいれば、5月の陽気のような日。こんな日は、この紬の和服は冬の名残を留めていて、いささか暑苦しい。
季節を愛おしむ気持ちは大切にしたい、とは思うけど。
これほどまでの陽気なら、多少の例外は許されるかもしれない。
俺はピアノの練習のため、香穂子を自宅へと呼んでいた。
ソロから、アンサンブルへ。それから、オーケストラ。コンミスへと。
約1年の間に香穂子は、まぶしいほど成長したと思う。
そしてそれはヴァイオリンに閉じた話ではない。
年明けから俺が指導を始めたピアノも、オーケストラの発表が無事済んだ今は、以前よりもたくさん時間が割けるのか、
俺の言う課題曲以外にも熱心に練習をしてくる。
冬を過ぎて、少しだけ長くなった髪が、肩先を覆っている。
最終章に近づいた旋律は、なだらかにフェルマータを響かせて、香穂子は白い指を上げた。
「── なかなかだ。ピアノでも俺を飽きさせないなんて、初めてじゃないか?」
「本当ですか? ありがとうございます!」
俺の言葉がよほど嬉しかったのだろう。香穂子は満面の笑みで俺を振り返った。
ヴァイオリン同様、香穂子のピアノも、何色にも染まっていない。
更に言えばこれから先どんな萌芽が広がっていくのだろうと思わせるほど、穏やかで優しい音色だった。
まあ、土浦や、ピアノ科専科レベルまでは到達しないまでも、音大の受験には問題がないだろう。
「この調子でいけば、来年の音大の受験も間に合いそうだな」
「えへへ。嬉しいです」
「ちょうどキリもいい。離れの庭では、桜の蕾がほころび始めたんだ。見に行こうか」
俺は香穂子の手を引くと、部屋の襖を開けた。
たった今まで白い鍵盤の上を走っていた細い指は、鍵盤と変わらないほどひんやりと澄んだ色をしている。
もし、これから香穂子を離れで抱いたなら。
── 今日で、2回目。
元々、自慰を始めた頃から快感が得られる男とは違って。
女の性のほころびはゆっくりなのかもしれない。
静謐なまでの空気が俺たちを招き入れる。
香穂子は茶室にはいるのが初めてだったのだろう。
俺のあと、明るい声を上げて、部屋に入ってきた。
「わ、にじり口、ってこうなってるんですね。小さい……」
「正客に敬意を示す、ってことだな。ここから入るには誰でも頭を下げないといけないだろう?」
「そうですか……。理由がある、ってことですね」
「席順もあるんだ。上座下座、ってお前も聞いたことがあるだろ?」
「はい」
香穂子は目を見張って、俺の指差す方に顔を向けている。
柔らかな髪が香穂子の顔を縁取っている。
『柚木先輩がくれた櫛を使ってるんです』
と嬉しそうに笑う香穂子の髪は、春になってまた一段と艶を増した気がする。
最初に抱いたのはホワイトデーの夜。
香穂子のコンマスとしての最初のコンサートが無事終了した夜だった。
一度、抱いて。
その行為は、抱く前から感じていた不安を少しばかりは軽減してくれるものと思っていたが、どうやらそれは違うようだった。
抱けば抱いたで、もっと、欲しくなる。繰り返したくなる。
香穂子を見つめるのは、愛でるのは、俺だけであって欲しいというやや狂気じみた願いさえ浮かんでくる。
「── おいで、香穂子」
俺の低い声音で何かを察したのだろう、さっきまではしゃいでいた香穂子は緊張した面持ちで一歩ずつ俺のそばへ近づいてくる。
「まだ、お前は2回目だしね。できるだけ優しくしてやるよ」
「え……? あ、あの……。ここで、ですか?」
香穂子との距離を縮めるために、俺は香穂子の手を引っ張ると、腕の中に抱きかかえた。
香穂子の右耳に口づける。初めての時に知った、香穂子の弱いところに。
「そう……。ずっと欲情してたよ。お前がピアノを弾いている後ろ姿に」
「待ってください! あの……。誰か、来たら、怖いです。その……。柚木先輩のお家の人とか」
「ふふ、俺がそんなヘマをすると思う? 幸か不幸か全員出払ってるよ。しかも夕方まで戻らない」
「え……? や、やだ……、冷たい」
カットソーの下から滑り込んだ俺の手が思いの外冷たかったのか、香穂子はぴくりと身体を揺らすと俺の身体に寄りかかってきた。
「この前は暗くてよく見えなかったら。……今日は見せて? お前を」
「な、なに、言ってるんですか? ……あっ」
「ふうん。やっぱり俺の思っていた通り、かな? 梅の花みたいな色をしてる」
俺はそっと香穂子をそっと畳の上に横たわらせると、ブラウスのボタンを外した。
飛び出してきた胸の頂きを口に含ませる。
そこには華奢な手足からは想像もつかないような豊かな膨らみが、目の前に広がっていた。
誰も踏み込んでいない香穂子の身体を、自分の思いがままに触れることができる。
その思いに、目も眩むような興奮が身体中に駆け回っていく。
ふるふるとゼリーのように揺れる膨らみを、俺は両手で持ち上げて揺らした。
フルートのキーを塞ぐよりも優しく、朱い色に親指を添える。
熱を増した花弁は、さっき見た桜のほころびにも負けないほど、大きく膨らみ始めた。
「ここが好きなんでしょう? ── この前、覚えておいたよ」
「あ……。や、気持ち、いい……」
「へえ。まだ2回目なのに。感じやすいんだね。……上達が早い。日野さんは」
「や、今は、レッスンじゃないもの。名前で呼んで……」
「── 香穂子。ほら、お前の腕はここ」
初めての時と同様、頑なに握られて胸の下にあった香穂子の両手を、俺の背中に回す。
こうすることで、香穂子が心地良さに腕に力を入れるたび、俺と香穂子の身体が近づく。
俺は香穂子の下着の中に指を滑り込ませた。
柔らかい茂みの奥。最初は痛いと泣いてばかりだった香穂子の中に、何度でも身を委ねたいと思う俺がいる。
そして、それを少しも悪いと思っていない俺も。
── こうすることでしか、俺の想いは顕せないから。
まだ痛みはあるのだろうか、とゆるりと指を這わせれば、そこは熱と蜜が暖かく俺を招き入れた。
「ん? 胸を可愛がっただけでこんなに濡らしてたの? これじゃお前ので、畳も濡れてしまうかもね」
「え? あ、あの。どうしたら……」
俺はふっくらと熱を持った突起に指の腹を沿わせながら、首筋に口付けた。
白い肌。
優しく可愛がっているだけなのに、もう、あちこちに、花吹雪のような跡がついている。
「さあ? お前が零さないようにすればいいんじゃないか?」
「や……、ムリ、です。私……っ」
「しょうがないね。俺が塞いでやるよ」
「あっ……。や、や……っ」
くちゅりと吸い込まれるように指が中へと入っていく。
この前は跳ね返されるくらい狭いと思った香穂子の中は、春の日差しのように暖かかった。
(── 気持ちいい)
こいつは、俺の太陽そのものなのかもしれない。
香穂子の中に入るときに感じる感情。
初めての時は何かの偶然かと思った。けれど、違う。
こいつは、俺に陳腐な何かを信じさせてくれるんだ。
例えば……。願えば、叶う、だとか。
堅牢な、自分の力では変えられないと諦めていた柚木の家が、実は、自分が守っていくべき、脆い存在だと知った。
諦めるしか方法のない音楽は、実は自分の気持ちの持ちようで、続けていくべき宝物だと知った。
だから。香穂子が俺のそばにいてくれるなら。
自分次第で未来はどんな風にでも、作り替えていくことができるんじゃないか、とか。
── 今までの俺だったら、鼻であしらうような青臭いことを信じられる気持ちになってくる。
香穂子の中を乱しながら、大きく飛び出してきた突起を弄り続ける。
少しだけ粘り気のあった香穂子の蜜は、やがてさらさらと止めどなく溢れ出した。
香穂子もそれを感じ取ったのだろう、不安げに腰を揺らす。
「……あ、あの、畳、が……っ」
「そうだねえ。どうしようか?」
「……わからない、です。……あ、また……っ、出ちゃう……」
俺は大げさにため息をつくと、香穂子の間に身体を移動させて膝裏を肩に載せた。
「や……っ。な、なに……? やめて。ね、先輩……っ」
「畳、汚したくないんでしょう?」
俺の腕の中、白魚のように跳ね上がっていた香穂子の身体は、畳、という言葉が楔になって、ぴたりと動きを止めた。
「── だったら、吸い取るしかないかな、って考えてあげたんだよ」
「なに……? ……やぁ……っ!」
香穂子の大切な部分を口で愛おしむ。
どんなに繊細に扱っても、指はやはり無骨なところがあるらしい。
柔らかな舌でそっと突起を転がすと、香穂子はあまりの刺激の強さに悲鳴のような嬌声を上げ始めた。
「ああ、ごめんね。ここも大事だけど、吸い取ってあげないと、だよね?」
俺は今更ながらに本来の目的に気付いたふりをして、突起を可愛がる行為を指に譲ると、香穂子の中へと舌を差し入れる。
「いや……。恥ずかしいの。やめて……」
「悪いけど、やめないよ」
こんなにも、香穂子が好きだ。
近くに感じる幸せと。もう、二度と離したくないという想いと。
そして。
── 香穂子にこういうことをするのは俺だけ。
香穂子にこんな快感を与えてあげられるのは俺だけだ、ってことを、香穂子の身体に知らしめたくて。
水でできたピアノで音楽を奏でたら、こんな優しげな音がするんじゃないか、と思うような音が、小さな和室中に広がっていく。
身体中の力が目には見えない1点に絞られていく。
香穂子は、切なげな声を上げると、俺の口の中で壊れた。
*...*...*
「先輩……?」うっすらと汗をかきながら、香穂子はうつろな目で俺を流し見た。
── へえ……。あどけないばかりの香穂子に、こんな表情ができるなんて、……たまらないね。
人を見る目にはそれなりの自信を持っていたけど、俺もまだまだ、というところかもしれない。
俺は割れ目から滴ってる蜜をすくいとると、はち切れそうになっている突起に塗りつけた。
「困った子だね。せっかく俺が吸い取ってあげたのに。また溢れてきたよ。……どうするの?」
俺は和服の前をくつろがせると、達したばかりの香穂子の入り口に熱を当てた。
「あ! や……。まだ、いや……」
「駄目だよ。お前のここで、俺も満足させて?」
「あ……」
「俺はね、自分の欲望には忠実に従うことにしているんだ。それとも、……焦らされたいの?」
俺の質問の真意はわからないまでも、目の色で何かを察したらしい。
香穂子はふるふると顔を振ると、やがて、ふっと息を吐いた。
「今日は俺も余裕がない。……早くお前の中に入りたくてね」
溢れる蜜を自身につけ、すっかり熟れ切った突起を舐めるように動かしていく。
敏感すぎるそこは、さっきよりも大きく膨らみ赤らんでいる。
俺が少しずつ腰を進めると、香穂子はとろけそうな表情を浮かべながら、頑なに首を振った。
「ひどい……。あ……。熱い……」
香穂子の中側も外側も、細かな震えが生まれている。
── 達したばかりの身体は、これほどまでに男を受け入れるのが辛いのだろうか?
落ち着かせるために口づけを深くすると、香穂子がなにか話そうとする。
「どうしたの?」
「や、私だけ、なのは、いや。私、だけ、乱れてて……。私だけいやらしいみたいで……」
「バカ。── 俺も同じ。お前の中に入ってるの、わかるだろ? ほら……」
「や……。大きくしないで……っ」
深く浅く香穂子の中を蹂躙する。
突くたびに、どうしてこんなに愛しさが増すのかわからない。
自分で自分を可愛がっていた頃を思い出す。
その頃は、背中に押し寄せてくる快感を押さえるのがこんなに大変だなんて、考えてたこともなかったのに。
「私だけ、なのは、いや……」
俺の下、2回目の波がやってきたのか、微かに香穂子は腰を引いた。
「── 逃がさないよ」
俺は香穂子の細い腰を両手で掴むと、上にずり上がっていかないように固定する。
そして、快感の地図を探すようにゆっくりと腰を動かした。
「あ……っ」
「見つけた。ここが良かったんだ?」
「私、もう、……ダメ、なの……っ。あ、あ……っ」
「いいよ。── おいで。合わせてやるから」
香穂子の中が細かく痙攣している。
奥の中の最奥。どれだけ乱しても、乱し足りない。
俺は香穂子の震えを止めるように、強く抱きしめた。
香穂子を抱いていてもなお、俺が抱かれてるような空気の中、この1年の香穂子をことを思い出す。
「俺好みのいやらしい身体をしてるよ、お前は。……手を出さなかった時間を取り戻したい気分だね」
俺の身体の一部を受け入れているのは香穂子の女の部分だ。
でも、理性でのとらえ方は、また違う。
俺は香穂子の頭を抱き抱えると顔中に口つけた。
── こいつが俺の全てを受け入れてくれている気がして。
ずっとピアノを続けたいと思っていた、子どものころ。
柚木の家なんて、俺の自由を阻止する、単なる檻でしかないと思っていた。
ピアノを続ける手段はない、と知ったとき、俺は、心からの願いほど叶わないものなのだと、自分を納得させていた。
だから。
ピアノに続き、ずっとそばにいて欲しいと願った香穂子も。
想いが強ければ強いだけ、ピアノのように叶わない願望なのだと諦めていた。
快感に踊らされながらも、ふと香穂子の視線に気付いて、赤味のかかった髪に口づける。
「香穂子?」
「ありがとう……。好き、です……。すごく」
だけど、お前に会って知ったよ。
願えば叶うことだってある。
いや、願いを叶える力は、自分のこの手の中にあるのだと。
香穂子と一緒なら、俺は俺に与えられている最大限の可能性を信じることもできるだろう。
「……そろそろいくよ?」
「ん……っ」
香穂子の最奥を突く。
香穂子の指が、なにかを求めるように俺の背中を這っている。
強くお互いの分身を締め付け合った後、春の風のような穏やかな脱力が襲った。
「柚木、先輩……?」
「なに?」
俺の腕の中、香穂子は不安げな表情を見せる。
「あ、あの……。畳、大丈夫かな……?」
「ああ、平気だろ。懐紙、挟んでおいたから」
「かい、し?」
「和服を着たときはいつも胸元に入れてある」
「じゃあ……?」
「ああ。畳は濡れてないと思うぜ?」
「…………!!」
「なに? その不満そうな顔は?」
「し、信じられない!!」
さっきまでの色気のある女の子とは別人のようなあどけない顔をして、香穂子は俺の胸を叩いた。
庭で見た、桜の色が香穂子と重なる。音色も、重なる。
その音は幼い頃に俺が奏でていた、ピアノの音にも似ているような気がした。