*...*...* Drop *...*...*
「── いい子だね」

 柚木先輩と私の間にあった小さなテーブル。
 その周囲を手を引かれるようにくるりと回って、指定された膝の間に座る。

「ダメ、ですよ? 何もしないって約束してくださいね」
「……そんな約束、すると思う?」
「してください! いつお母さんが帰ってくるかわからないのに……」

 しゅるりと布がこすれる音がする、と思ったら、腰のあたりの締め付けがなくなる。

「な、に……?」
「中身が美味しいってわかってるもののラッピングを取るのは楽しいね」

 背後から回ってくる指は、私よりも器用にエプロンを外すと、やわやわと胸を持ち上げた。
 制服越しに伝わってくる刺激は、的確に私の頂きをつまみ上げる。
 窓の向こうに夕闇が迫ってくる。
 庭の木々がジャマをして、通りから見えないだろうけど、門をくぐったお母さんからは見えてしまうかもしれない。

「柚木、先輩……」

 耳の後ろから熱い息が掛かる。
 いつもはひんやりとして冷たい鼻先が、今日は信じられないほどの熱を持っている。

 二人でいるときは優しすぎるほど優しい気遣いをする先輩なのに……。
 そんなに頻繁にあるわけではないけど、一度抱く、と決めたときの柚木先輩は、徹底的に私の身体を壊していく。
 壊して、自分も一緒に壊れるのではなくて。壊れる私をどこか遠くから見て、それを愉しんでいるような。

 先輩は性急に私の下着を取ると、そのまま床に ひざまずかせた。

「や……。後ろから、なの……?」
「お母さんに、上手く取り繕って欲しいんでしょう?」
「こわい、です……。先輩の顔が見えないの」
「へぇ……。俺以外の誰が こうやってお前のこと抱くっていうの?」

 柚木先輩は膝を割り込ませて、脚を広げる。
 目的を持った指は腫れ上がった突起に気づくと、そこを塞ぐように優しく回し始める。
 二本の指で広げられたそこからは、待ちかまえていたように甘ったるい匂いの蜜を溢れさせた。

「香穂子。……今日は何の日?」
「……んっ。あ、ヴァレンタイン……、です」
「女の子から告白する日、だよね?
 じゃあ、言ってごらん? 自分から。── 俺が欲しい、って」
「あ……っ!」

 執拗に弱いところを弄られて、腰が空に浮く。
 先輩は軽々と私の腰を持ち上げると双璧に口を付けた。

 押されるままに、私はテーブルに腕を付く。
 きっと外から見たら、窓は木枠で、その中にいる美しい男の人は、美味しそうに桃を食べている。
 そんな一枚の絵に見えるのかもしれない。

「言えないなら止めておこうか」
「……あ……っ。や、やだ……っ」
「いや、なの?」
「……ね、お願い……。ちゃんと、最後まで、して……っ」

 意地悪な指とともに、制服のファスナーから飛び出した熱を持った先輩の分身が ぬめぬめと往復する。
 低く唸るヒーターの音と、水面を撫でているような水の音。
 自分のものか柚木先輩のものか分からない蜜が、腿の内側を滑っていく。

 『欲しい』……?
 普段、当たり前のように使う言葉。
 ショッピングに行けば、それこそお店を覗き込むたびに言い続けてる、とは思う。
 けれど、抱かれながら使ったことは、一度もない言葉で。
 言おうとして口を開いても、恥ずかしさが邪魔をして、その言葉は意味の成さない泣き声に代わってしまう。

「んっ」

 うなじにちくりと刺すような痛みが走る。
 ちろちろと柔らかな舌が這っていく。
 やがてその舌は私の耳の後ろにやってくると、切なげな声を落とした。

「もっと、求めて。── 俺のことを」
「先輩……」

 ……どうしてそんな途方に暮れてる声を出すんだろう。
 私に求められることで、自分の中の大切な何かを確認するように。

 振り向けなくて表情が見えないことがもどかしい。
 私はテーブルの端を掴んでいる柚木先輩の指を握った。

「……全部、欲しい、の。先輩の、全部……っあ」

 言い終わらないうちに、熱い固まりが、自分でも触れたことのない最奥に忍び込んだ。


 目の前にあるクリーム色のカップ。
 柚木先輩が身体を揺らすたびに、その中の紅茶が揺れる。
 週末に冬海ちゃんから教えてもらった紅茶の淹れ方。

 (ポットからの最後の一滴をゴールデンドロップって言うんです。
 これを入れるとぐんと味が引き立つんですって)

「や……っ。んんっ」

 また、揺れる。

 ゴールデンドロップが金の縁を通って、少しずつソーサーに溜まっていく。
 金の輪と乳白色の輪が重なる。
 景色がだんだん、霞んでくる。

「……もう、だめ、です。動いちゃだめ……っ」
「違うだろ、香穂子」

 いろんなチョコを載せた銀のトレイに、私の顔が映っている。
 いつも抱かれてるとき、こんな顔を見られてたのかと思うと、またじわりと胎内の熱が上がったような気がした。

 柚木先輩は私を貫きながら、スカートの中に腕を回すと無防備な突起を揺すり出した。

「お前の身体は、もっと動いて、って言ってるように聞こえるけど?」
「や、あ……っ」
「── だから、止めてあげないよ」


 先輩はそう言うと、最後まで私を優しく追いつめた。
*...*...*
 玄関のドアを開ける音に続いて、リビングのドアが開く。
 お母さんは一瞬まぶしそうに室内を見回した後、柚木先輩を見て顔を綻ばせた。

「まあ、いらっしゃい。柚木さん。留守しててごめんなさいね。
 今晩急に香穂子の兄が帰るっていうものですから、買い物に出てたの」
「こんばんは、お邪魔しています。いろいろ香穂子さんにごちそうしてもらいました」

 柚木先輩は少し歪んだ銀のトレーに目を遣ってお礼を言っている。

「そう? 香穂子。ちゃんと失礼のないようにできた?」
「う、うん……」

 お母さんと目を合わせることにどきり、とする。
 ウソは、ついてないよ、ね……。
 制服も脱がなかったし。うん、大丈夫、な、はず。

 お母さんは手にしていた荷物をキッチンへ運ぶと、ふと、いぶかしげにソーサーに溢れている紅茶に目を遣った。

「じゃあ、僕はこれで失礼します。お邪魔しました」

 柚木先輩は絶妙なタイミングで立ち上がると、お母さんに礼を言っている。

「あ、そうだ。えっと、柚木先輩を玄関まで送ってくるね」
「ああ、気にしないで。外は冷え込みが厳しくなってきたみたいだから」
「いえ、あの……っ」

 私は大きな手を引っ張るように玄関を出て、ドアを後ろ手にそっと閉める。
 隣りにいる人は、来たときと変わらない涼しげな表情を浮かべて、私の顔を覗き込んだ。

「も、もう! 柚木先輩」
「なんだ? 不満そうな顔して。足りなかったの?」

 えっと、ええっと……。

 こんな風になるなんて、思ってなくて。
 そうだ、一番美味しい状態のチョコが食べて欲しくて、家に誘って。
 けれど、実際食べてもらったのは、昨日一生懸命作ったチョコじゃなくて、私で。

 今は、上手く、言えない。
 重なった手や唇や熱からたくさんの気持ちをもらって、泣き声をあげて応えていた私が、今更、抱いて欲しくなかった、なんて。
 ましてや、すごく満足そうな笑みを浮かべている柚木先輩を責めることも。

 でもどうしても言いたくなって、私は口を尖らせた。

「チョコを食べて欲しかったのに!」

 運転席にいた田中さんは柚木先輩の姿を見つけると、きびきびと降りて後部座席のドアを開ける。
 柚木先輩は田中さんに構うことなく、私のつむじに口付けて笑った。


「── チョコよりも美味しかったよ。ごちそうさま」
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