*...*...* Trees 4 *...*...*
 今まで何人もの女を組み敷いてきた。
 中には、時間の風化に伴って顔も思い出せない人もいる。

 最低限の礼儀は果たしたつもりだったが、女性の嗅覚というのはやはり動物的な面があるのだろう。
 私の冷たい内面を察して、いつとはなしに音信が途絶えるのが常だった。

 高速を飛ばして、辿り着いた1室。
 室内はクリスマスらしく、あちこちに小さな装飾が施されている。

 私はカードキーをテーブルの上に置くと、タイを緩め、腕時計を外した。
 彼女は、と言えば、おずおずと私のあとをついてきて、部屋には入ったものの。
 ドアの近くに立ったまま、その先どうしてよいのか、途方に暮れているようだった。

「そんなに固くなっていたのでは、抱けるものも抱けないだろう。またの機会を提案しようかと思うが」
「いえ……。私」
「では、こちらにくるといい」

 彼女は、ようやく心を決めたのか、ゆっくりと私の近くに足を進めた。
 私が手を伸ばすと、彼女は縋るようにその手を掴んだ。
 存在を確かめたくて、背中に手を回す。
 ヴァイオリンを奏でているときは大きく見える身体。
 それが私の腕の中では、頼りないほど華奢で、溶けそうに甘い。

 彼女は小さくため息をつくと、胸元に頭を埋めた。

「すみません。私、あの……。こういうの、慣れてなくて」
「健全な高校生が、この手のことに慣れていたら、教育者たる我々が困るが」
「ん……。そうですよね」

 身体が触れあったことで、少しは安心できたのか、彼女は小さく微笑むと、嬉しそうに私の胸に顔をすり寄せてきた。

「少しずつ慣れていけばいい。私が教えよう」

 1枚。そして1枚と。
 まるで静粛な儀式のように、彼女の衣類を剥いでいく。

 丁寧に、彼女を溶かす。
 しなやかな髪を分けて、首筋に舌を這わす。
 瑞々しい耳朶やうなじは、私が触れるたび、ぴくりとかすかに震えている。

「私が贈ったトワレをつけているようだが」
「ん……っ。はい、いつも……」
「若干香りが違うように感じるのは、君の香りが混ざっているからかもしれない」

 耳に湿った舌を入れながら、思い浮かぶ言葉全てを注ぎ込む。
 私はこんなに饒舌な人間だったのかと心の隅でふと思ったが、不思議と不快な感情は浮かばない。
 彼女が……。
 そう、今、必死で私を受け入れようとしているこの女の子が、怖くないなら、それでいい。

「吉羅、さん……っ」

 彼女から発せられるのは、言葉にならない声と、私の名前ばかりになる。

 私のことを受け入れて欲しいという甘えた気持ちと、無理矢理にでも受け入れさせたいという獰猛な想いが交錯する。
 恥じらいが先行していた彼女は、最初こそ身を捩って胸や下腹部などを隠そうとしていた。
 しかし、徐々にその力を失い、やがて荒い息づかいだけが聞こえるようになった。

「もう、降参か? 少し早すぎる気がするが」
「だって、吉羅さんが……っ」
「さっき言っただろう? もう後戻りはさせないと」

 身を屈めて、彼女の白い首筋や、華奢な鎖骨に唇を這わせる。
 伝えたい気持ちを、伝えたいと願う相手。それがこの女の子だったのだ。
 私はすっかり弛緩しきった彼女の身体を抱き上げた。

 そして、もう一度念入りに彼女の身体中に口づけた後、私は私の身体を膝立ちで跨ぐようにと告げる。
 彼女は私の腕の中、ぎこちない動きで、導かれるまま、私の上に来た。
 自身の先端を、甘い痺れで疼く場所へといざなう。

「上に来るといい。痛いのは一瞬だ。わかるね? 君自身の重みで、私のも自然に入っていくだろう」
「は、はい……」
「どうした?」
「少し、こわい、です……」
「日野君?」
「……でも、平気。吉羅さんとだから」

 彼女はふわりと私のこめかみにくちづけると、軽く息を吐いた。

「力を抜いて。……そう。いい子だ。おいで」

 私はやすやすと両手で抱えることができる細い腰を掴み込むと、一気に強く突き上げる。
 こういうところが、私の冷たいと言われる所以、だろうか。
 そう考えて、今まで女性を抱くとき、これほどまでに相手を思いやったことのないことに気づく。

「あっ……!」

 彼女は固く目を閉じて、痛みをやり過ごしている。
 痛い、とも、辛いとも一言も告げることなく、ひたすら私を受け入れている姿に、愛しさが増していく。

 私は上体を起こすと、彼女の痛みを逸らすべく、あちこちに口付けた。
 私が揺するたび、彼女の形の良い乳房がきょとんとした顔で私の胸板に当たる。

 ── 可愛い。

 そう思う私自身、そのような甘美な感情が生まれる場所があったことに驚く。

(私は幸せになっていいのだろうか?)

 いつもまとわりついていた呪縛。
 一度その堰を切ったなら、溢れる想いは、彼女一人へと向かうに違いない。

 彼女の中に、少しだけぬめりを伴った余裕が生まれ始めている。
 痛みに慣れたのか、彼女は微笑むと、私の背中に腕を回した。

「ああ。君の名は……」
「はい?」
「香穂子、だったね」
「吉羅、さん……?」
「香穂子、か。── 良い名前だな」

 ファータが見える。それが我々を取り持った由来。
 もし彼女がファータを見ることができない体質だったら、このような深みにはまっていたかはどうかわからない。

 しかし。今は、心から感謝したい。
 ── 彼女が、彼女であってよかったと。

 私は彼女を抱きかかえたまま、そっとベッドの上に押し倒すと、内部を丹念に味わうかのように腰を揺らした。

「やっ。き、吉羅、さん……っ」

 角度がきつくなったのか、香穂子は不安げに私の背に回していた手を握り締めた。

「少し、辛いかもしれないが……。なるべく早く終わらせる」

 初めてというのはどんなことも、多少なりとも苦労が伴う。
 香穂子の苦痛を少しでも早く終わらせたくて、私はめまいに似た興奮に自分で終わりをつけようとした。
 香穂子は私を深く受け入れつつ、小さな声を上げる。

「大丈夫です。私……」
「香穂子?」
「ん……っ」

 私は、とぎれとぎれの声に耳を澄ました。

「ちゃんと……」
「どうした?」
「ちゃんと、吉羅さんを受け入れられる、身体で、良かった、です……」
「君は……。いや、香穂子は」

 自分の舌の上で転がす彼女の名前。
 告げるたびに、彼女の目が優しげに細められる。

「吉羅さん?」
「いや。……そんなに私を動揺させないでもらいたいね」

 生身の人間の肌がこんなに心地良いと感じたのは、いつのことだっただろう。


 私は香穂子の香りに包まれながら自身の欲望を放った。



 無理をさせすぎたのか、香穂子は呼吸も忘れたかのように、ぐっすりと眠り続けている。
 私は、弦を押さえる一番大切な指である、彼女の人差し指を口に含ませた。

「……君は、私の、最後の恋のお相手というわけだ。どうぞよろしく頼むよ」

 姉と香穂子はよく似ている。
 音楽の妖精に愛されたところも。
 ヴァイオリンを奏でていれば幸せだと言いたげなところも。
 だけど、恋も知らず亡くなった姉とは違う、普通の女の子としての幸せを感じて欲しいと願う。

 恋の相手。
 ── それが、どうか、私であれば。


 姉と似た指がぴくりと私の口の中で動く。
 その仕草が、なぜだか私にはひどく嬉しかった。
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