*...*...* Lip (Kanazawa) *...*...*
ぐぅ、と自分の腹から下世話な音が聞こえる。頭の中で時計盤を思い浮かべて計算する。
下校は6時。
学院から俺の家までは約30分。
こいつを抱いて、……大体2時間。
ってことはなんだ? 今は、かれこれ夜の9時を回った、ってところか。
高3。進学先も、附属の星奏学院音楽学部に内部進学が決まった今、
こいつの親は愛娘の相手が俺であることを薄々理解したのだろう。
こいつの門限は以前ほど厳しいものではなくなった……らしい。
それにしても。
食べる時間も惜しんでこいつの身体にのめり込むなんて、この俺のどこにそんな情熱が残ってたんだろうな。
子犬のように身体を丸めて俺に抱かれていた香穂は、小さく笑うと俺の顎下から見上げてくる。
上目遣いの表情に、日頃見慣れているハズのこいつにまた下半身が張り詰めてきたのがわかった。
「ふふ……。先生も?」
「あん?」
「私も、ちょっとお腹、空きました。それに のども乾いたかも……」
宥めるように、色味を失った唇に自分のそれを押し当てる。
弾力のあるその箇所は、俺を受け入れる場所にそっくりだ。
「まぁ、なぁ……。お前さん、今日もいっぱい出したし、な?」
「はい……?」
「俺は、今日もお前の残り香の中で寝るってことさ」
灯りを付けてない部屋ってのは、もっと暗いかと思っていたが。
こうして見ると意外に明るい。
闇の中、香穂の顔だけがぼんやりと白く浮かび上がっている、と思ったら、それはみるみるうちに赤みを帯びてくる。
「……私、金澤先生のこと、すごく好きなのに」
「うん? 好きなのに、なんだ?」
「ときどき、すごく意地悪だなって思うときがある……」
「は?」
じゃれ合いのような口づけを止めて、香穂の顔を覗き込む。
すると、意外にも、……本人はこれで怒ってるつもりらしい……、力の籠もった目にぶつかった。
「すごく優しいのに、恥ずかしいことばっかり言うこととか」
「よし、せっかくだ。お前さんの言うこと、全部聞いてやろう。ほかには?」
「えっと、……ほかには? えっと……」
「なんだ、それで終わりか? 俺もなかなか大人になったってもんだ」
「ううん。まだあります。そうだ。その、すごく強引なところとか」
「ま、それはそうだな。面目ない」
2LDKの小さな間取り。一番奥になるこの寝室。
玄関から寝室まで点々と続くこいつの制服と下着は、いかに俺に余裕がなかったかを伝えてくる。
「そんな、素直に謝られると……、その、どうしていいのか」
「だけどさ、1つ目の、なんだ? 俺が意地悪って話、そっちの方は俺は謝らないぜ?」
「ど、どうして?」
この反応はこいつにとっては想定外だったのだろう。
元々大きな目がさらに大きく見開かれる。
その奥には、狡猾そうなオトコの顔が映っている。
ってか、こいつに向かっているときの俺って、こんな、『オス』そのものの顔をしてるんだな。
「どうして? ……お前さんに対する『意地悪』は、知っててやってる。
お前が嫌がるのを判っててやってるからだよ」
わけがわからないといった風の香穂の顔が可笑しくて、俺は尖った唇に再び口づけた。
「──── お前の困った顔が、俺は好きだから、だ」