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*...*...*  Hotaru (金澤x香穂子 ← 吉羅)  *...*...*
 空の底が白い。私は物憂く目を開けると、うっすらと明るくなっている窓の外を眺める。
 じっとりと自分の指が濡れているのに気づく。……おかしなこともあるものだ。弦楽器をやっていた人間として、私はわりと頻繁に自分の指先を観察するクセがある。自分の指がこれほどの湿り気を持っていることなど、今まで一度もなかったのだが。
 手をゆっくりと前へ動かすと、そこには見えないガラスでもあるのか、景色はずっと続いているのに、すぐ目の前の場所へは到達できない。脚を動かして、ぴちゃりと水を弾く音がして気がついた。──── ここは一体どこなのだ?
 おそるおそる手を見つめる。そもそも、指がない。見慣れた、滑らかな皮膚がない。真っ黒で細い2本の触覚のようなものが自分の目の前で震えている。細かい繊毛に覆われたそれは、そうだ、昆虫だ。この手は昆虫の手だ。
 あわてて今度は後ろを振り返る。先には、苔と水草。それに、水たまりのような小さな池が広がっている。
 
「香穂……。まったくお前さんは可愛いよ。……ここがいいんだろう?」
「あ……っ。いや……。いやぁ……」
「なにも隠すことなんてないさ。俺はおまえさんのすべてを可愛がりたい。そう思ってるんだぜ?」
 
 女の中に深く挿入した男は半身を起こすと、なおも女を責め立てる言葉を呟き続ける。いたたまれなくなったのか、女は男の口を覆うように手を伸ばした。男はその指を丹念に舐め始める。音を立てながら吸い上げる様子は、 意地悪な言葉とは裏腹にどこまでも優しい。 爪、関節。指の間と伝う朱い舌は獲物を捕らえた生き物のように飽くことなく女の指をもてあそんでいる。
 
「なあ、お前さんの指、どんな味がするか知ってるか?」
「え……?」
「──── 甘いぜ? ここも。あそこと同じ味がする」
「……違う、そんなこと……っ」
「お? またそんな風に締め上げて……」
 
 たまらんな。
 男は再びそう呟くと、結合を深くするために女の片脚を高々と天上に向けた。 私の場所から、女の秘部が余すところなく映し出される。 花の蕾にも似たピンク色の襞の中、 腫れぼったく膨らんだ突起が無防備に天に向かって晒されている。 男が腰を振るたびに中心から溢れる蜜が男の性器を伝い、シーツを濡らしていく。 私は呆然と2つの生き物が乱れ狂う様を見続ける。 ……なるほど、彼女の男を受け入れる場所は、こんなにも美しいのか。 女はこうやって、男の我が儘を受け入れ、受け止め、さらに自らを高めていくのか。
 
「金澤、先生……。いや、深いの。……ここまで、入ってるの……っ」
「香穂、恥ずかしがることなんてなにもない。全部言ってみな。お前さんの言うとおりにやってやる」
 
 どうしても恥ずかしさが勝るのだろう。女は涙目になりながらイヤイヤを繰り返す。 自分で動こうにもまだ不慣れなのだろう。男の巧みな誘導に流されるまま乱れ続けている。 それにしても、女が乱れるというのはこれほどまでに美しいものなのか。女は身体中の先端すべてを色づかせて啼き声を上げた。
 それにしてもおかしい。私の身体はどうして昆虫になっているのか。 そもそも今乱れている女は、香穂子。だとすれば、香穂子はは私と付き合っているのであって、 金澤さんとこんなことをする仲じゃない。香穂子は私のものだ。私が開き、私が男を教えた身体なのだ。 なのに目の前の香穂子は、私に抱かれているとき以上に蕩けそうな顔をしている。  私は2人の間に割り込もうと、思い切りガラスの壁に体当たりする。 ガラスは私の行動など想定内とも言いたげに無表情のまま私を突き倒す。 壁がダメなら天井か、と私は思い切りジャンプする。痛みもなにも感じない。 私の身体は音を立てて天井にぶつかって転がった。
 
「……はは。あのホタルはオスなのか? お前さんの可愛い身体を見て、興奮しているぜ?」
「金澤、先生……?」
「ほら、もっと見せつけてやれよ」
 
 男は繋がりを保ったまま寝そべると、女を腰の上に座らせる。 そして細い腰を両手で掴むと、やわやわと上下に揺すり始めた。 男を受け入れる角度が変わったからだろう。最初は苦しそうにしていた女の顔が、 少しずつ花がほころびるように歓喜の表情に変わっていく。
 
「先生……、先生?」
「んー? なんだ? 香穂」
「私、先生が、好き。……大好き」
「……は?」
「──── ずっと、好き、ですから」
 
 弾みをつけて揺れている両胸のいただきが赤々と色づいて光っている。男の唾液か、女の蜜か。
 女の言葉を理解するのに少しの時間を要した男は、一瞬だけ泣き出しそうに片頬を歪めると、 再び取り繕った表情を浮かべて微笑んだ。
 
「……当たり前だ、っての」
 
 
 
「……もし、もし?」
「香穂子か? こんな時間にすまない。今、なにをしていた?」
 
 自分の問いかけに自嘲する。明け方の5時。ごく普通の女の子なら、眠っているのが当然の時間だ。 でもさっき見た光景が忘れられない。金澤さんの腕の中で恍惚の表情を浮かべていた彼女は 本当に美しく、私は、ただただ見とれながらそして興奮していた。 興奮して、自分の熱を吐き出したくてたまらない。
 
「ん……。今、何時ですか?」
「5時を少し回ったところだ。もちろん、夕方の5時ではなく、明け方の5時だがね」
 
 香穂子が耳の近くで小さく笑う。掠れた声は金澤さんに啼かされたからか。
 馬鹿な。あれは私の見た、ただの夢に過ぎない。 そう言いながらも、私の手はすでに先走りを見せている陰茎をしつこく擦り上げている。
 
「今日の君の予定は? 会えないだろうか?」
「ん……。少し頭がしっかりしてきました。……吉羅さん、どうしたんですか?」
「私は会えるか会えないかを聞いているのだが」
「今日は練習室の予約が取れたの、だから……」
 
 そうだ。私は思いを巡らす。昨日会ったとき、たしかそんなことを言っていた。 夏休みの間中、防音室のない自宅で練習するのは難しいこと。 家族は応援してくれているが、近所からクレームがきたこと。
 
『そのお家ね、娘さんが今里帰りして、赤ちゃんがいるんですって。なんだか私、申し訳なくて』
 
 すまなそうに眉を下げていたのを思い出す。
 
『だから、今日は練習室が丸一日取れてすごく嬉しくて!』
 
 大学に進学したばかりの彼女が今、熱心にヴァイオリンに取り組んでいることはむしろ喜ばしいとも言える事象なのに、 あのときの私は最後まで彼女の言葉を聞くことなく唇を覆った。 行きつけのバーに連れていったことを後悔しているのか?  金澤先生がときおり彼女に投げかける視線に心がざわついたのか。 服の上からもわかる彼女の華奢な肢体に欲情したのか。どれだ? ……全部か。
 別に香穂子と金澤さんとの間を疑っているわけではない。 だがさっき見た残像が消せない。 私に抱かれているとき、彼女はあんな恍惚とした表情を浮かべていただろうか。『好き』と、私の目を見てくれたことがあっただろうか? 疑うわけではないのに、私よりも金澤先輩に抱かれている彼女の方が幸せに見えてくる。
 
「レッスンが終わってからで構わない。君に会いたい」
「その、……土浦くんとの音合わせもあるの。だから帰りの時間がわからなくて」
「それでも、いい」
 
 強引にたたみ込む私に対し、香穂子はふっと小さく息をつく。 彼女の吐き出す空気さえ取り込んで、自分のものにできたらいい。 そうしたら今溜め込んだ熱は激しいほとばしりを見せて、そこで私はようやく安堵のため息をつくことができる。
 
「じゃあ、えっと……。夜の8時くらいでも大丈夫ですか? 練習が終わったら連絡します」
 
 私は改めて自分の手を眺める。さっき見た触覚のような手ではない。いつもの見慣れた私の手だ。
 ──── さて今夜、この指はどれだけ彼女を濡らすことができるだろう。
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