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*...*...* Emporte(我を忘れて) *...*...*
「そうだ、あのね……」
「あん? なんだ」

 普段から、特別大きな声ってワケじゃない。なのにこいつの声はよく通る。涼しやかで透き通った声をしている。 それが、情事のあとには少しだけ舌足らずになると知ったのはいつだったか。 最近では、この甘い声を聞くのが俺の楽しみの一つだったりもする。

「あのね、来月かな。2週間くらいウィーンに行ってこようと思っているんです」
「ほう」
「大学に教えにきてくれてたPref.シューマンがね、一度ゼミのみんなで来るといいって」

 『みんな』というところを心持ち強調しながら香穂は言う。ははーん。なるほどな。先手を打ったか。
 香穂が卒業してから2年と少し。最近ではおおっぴらに、というワケじゃないが特段隠すこともせずこいつと街を歩いていて俺はうっとうしいほどの視線を感じることが多々あった。それは香穂は花がほころび始めるようにどんどん美しくなっていったからだ。
 こいつよりキレイなオンナや派手なオンナっていうのは、それほどたくさん居るっていうのに、男どもはこぞってこいつに声をかける。ときには俺が隣にいても、だ。
 その理由を俺は実は一番よく知っているのかもしれない。
 ──── 汚してみたい。ヤッてみたい。発光したような白い肌に、自分の手の痕をつけてみたい。
 それくらい、こいつの雰囲気は親しみやすさの中、ふとした弾みに壊してみたくなるような不思議な魅力があった。
 俺は手持ちぶさたに、サイドテーブルのタバコを探しながら、そうだった、こいつの前では吸わないと決めたことに気づく。 諦めて手を香穂の背中に落とすと、そのまま額に口づける。

「そんなの、別に俺に断る必要ないだろ〜? 気をつけて行ってこいよ」
「本当?」
「ホント、ホント。別にゼミのみんなでなくたって、お前さん一人でも行ってこいよ。そのシューマンさんのところにさ」

 この可愛い存在を2週間もの間、手元に置けないのは残念だが、仕方ない。
 つぅ、と華奢な背中をなぞる。なぞりながら考える。そして考えながらも忠実に俺の目は、こいつの背中の羽根の痕を探している。
 ──── 俺はこいつを縛りたくない。いつでも羽ばたける準備をしておいてやりたい。
 いろいろなものを見、ついばみ、味わい。その結果、俺という巣から新しい世界に飛び立つのも、いい。俺は、こいつの未来の邪魔をしたくない。
 なんてしおらしいことを思いながらもやりきれない。だけどそんな女々しいことはとても口に出せないから黙ってる。

「金澤先生?」
「紘人」
「はい?」
「この前、名前で呼ぶようにって、言ったよな。……おしおき」

 くるりと体勢を替えて、こいつの口の中を蹂躙する。さっき美味しそうに飲んでいたアイスティか? 甘い香りが蜜伝いに広がっていく。

「……お前さん、そういえば、ウィーンに行って、会話の方は大丈夫か? あっちの公用語はドイツ語だ。英語は通じないぞ?」
「はい……。私たちが行く間ね、月森くんが一緒に合流してくれることになっているんです」

 だから、大丈夫です。腕の中にいる女は一瞬うっとりと目を細めて笑う。
 年の功、っていうのか? 人よりも一歩引いた自分の立場に甘んじていることが、俺にとって当然となって数年。 俺は、月森がどんな気持ちで香穂を見ていたのかを知っていたし、ある意味、あの堅物の思いは今も継続しているだろうとも察しも、つく。
 そして、ふと、考える。
 ──── 俺が腕に抱いているこの子は、俺と、月森。どちらを選んだらより幸せになれるのだろうか。

「紘人、さん?」
「あ? あー、なんでもない」
「2週間です。……あの、たくさんお土産買ってきます! だから……、待っててください」

 口に出さないっていう俺のささやかな努力は、こいつには、いつもたやすく見破られるらしい。
 香穂は白い腕を伸ばすと、俺の髪をかき上げて困ったように微笑んだ。

「2週間かぁ……。俺はまあなんてことないが、お前さんは? お前さん自身は、耐えられるのか?」
「はい……?」
「お前さん、俺のが好きなんだろ? コレを2週間も入れないで平気なのか? って思ってさ」

 普段なら、ウッカリしたフリして、わざと外して。こいつの懇願を聞いてから入り込むっていうのに、今の俺には余裕がない。我を忘れたようにこいつの中に忍び込む。
 さっきよりも湿り気を増した秘所は俺の三分の一を残したまま受け入れようとしない。俺は彼女の脇から腰のあたりをゆっくりと撫で上げながら、胸の頂きを舌で転がした。その途端、女の身体は伸縮を繰り返して俺のすべてを飲み込んでいく。

「ひゃ……っ、やだ、深い……」
「……いい子だ。もっと、俺を受け入れてくれ」

 ギリギリまで腰を引き、その次は、こいつの最奥にまで突き立てる。さっきよりもこいつの中が下がってきているのか、俺の先端は簡単に香穂の底を探り当てた。

「紘人さん、一緒に……。お願い、一緒に」

 香穂は俺に揺らされるまま鳴き声をあげる。
 限界が近づいてくることを感じながら、俺の感情の一部は冷静にこいつとの未来を考える。


──── 俺はこいつを、手放せないくらい好きで、手放せるくらい好きなのだと。
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