*...*...* Fake ? *...*...*
「あ、あれ? なんだろ……?」

 突然 目の前をヒカリが駆け抜けていく、と思ったら、その主は、意外にもショーウィンドウの中にあった。
 スポットライトを浴びたアクセサリーたちが、お互いを引き立て合うように輝いている。

 女の子って誰でもキラキラしたモノが好きなのかな。
 ガラスに息がかかるくらいの距離で、1人の女の子が中を覗き込んでいる。
 そんな彼女さんを、後ろのちょっと離れた場所で見守っている彼氏さんらしい人。
 私に苦笑を向けながらも、彼女さんが可愛くて仕方ない、って感じで、小柄な背中を見つめている。
 彼女さんのハイヒールの高さは、彼女の脚をすごくキレイに見せている。
 ウェーブのかかった柔らかい髪と、えくぼのある片頬。
 可愛い人。冬海ちゃんをちょっと大人っぽくした感じの、愛くるしい人だ。

「急に立ち止まってどうしたの?」
「あ、ごめんなさい。あ、あの、見てください」

 9月の良く晴れた休日。
 今日は、久しぶりに練習を見てあげると言われて、午後からの数時間、柚木先輩と一緒の時間を過ごした。
 柚木先輩にとっては高3の秋。
 受験シーズンまっただ中にいる、というのに、私と一緒にいるときは、まったくそんなことを感じさせないような優雅な時間を過ごしている。
 ときどき心配になって尋ねると、
『じゃあ、お前が代わりに受験してくれる?』
 なんて意地悪な笑顔で言い返されるから、それ以上はなにも言えない。

 だけど、たとえ今の柚木先輩の実力が100パーセント合格範囲にあっても。
 ううん。この人のことだから120パーセント大丈夫だ、って先生が太鼓判押しても。
 私は柚木先輩の受験日まで、それこそオリに入れられたクマの子みたいに、そわそわと心配し続けるだろう、って思えてくる。

 柚木先輩は私の見ている先に目をやると、納得したように1人頷いた。

「ああ。これに見とれていたの?」
「はい! すごくキラキラしてて可愛いです」

 まっ黒な首のパーツだけのマネキンのつるりとした胸元の上、何重もネックレスがかかっている。
 本当なら首の上にあるはずの顔がない。存在の不在は、却って想像力をかき立てられる。
 一連のちょっと地味なネックレスには、私の顔を当てはめることもできるし。
 象牙でできた大振りのチョーカーは、天羽ちゃんに似合いそうだ、って思ったとたん、
 顔があるはずの空間には、天羽ちゃんの元気な顔が浮かんでくるから、面白い。

 ウィンドウにクギヅケになっていた彼女さんは、私の隣りの人を見て、ハッとしたように頬を染めた。

 わ……。彼氏さんがいる人でも、やっぱり柚木先輩って目を引くほど綺麗な男の人、なんだよね。
 ほとんどの場合、女の子の視線は、柚木先輩に集まり、やがて、柚木先輩が見ている私に集まってくる。
 学院内を歩いていれば、親衛隊さんたちの視線が。
 外を歩けば、親衛隊さんたちの視線を心配しながら、そして一般の女の子の視線も一気に浴びなきゃいけなくなって。
 そのたびに私1人がまごまごしていたり、する。

 柚木先輩は彼女ににっこり目で微笑んだあと、そっと私の耳元に口を寄せた。

「ここはフェイクジュエリーの店だよ」
「フェイ、ク?」
「そう。本物の天然石を使っているなら、ここまでお安くはならないだろうから」

 私は改めてウィンドウの中を覗き込む。
 これが、ニセモノ……? こんなに輝いているのに?
 目をこらしてよく見る。
 って、そもそも私が見たことがある本物のジュエリーって、お母さんの結婚指輪だ。
 働き者のお母さんの指についている指輪は、ちゃんと正面を向いていることがない。
 いつもくるりと内側に回っている。
 石も『もらったばかりの頃は輝いていたのよ』って言うとおり、今は、元気がないみたい。ちょっと曇ってる感じ。
 なのに、目の前の石たちはなんの汚れもなく光り輝いている。

「まさか天然石だと思ったの?」
「はい……。というか、天然石、ってあまり見たことないかも、です。だけどこの子たちもキレイだと思いませんか?」

 そうだ……。
 確かに本物かニセモノか、って大切な特徴の1つかもしれないけど、
 好きか、好きじゃないか、っていうのも、もしかしたらそれ以上に大切なモノなんじゃないか、って思う。

 ── あれ、
 この感じ、どこかで話をしたことがある。しかもわりと最近。確か、ヴァイオリンに関すること。
 月森くんの神経質そうな眉が浮かんでくる。

『どれほど旋律が美しいと感じても、俺はクライスラーという人間を好きにはなれない』

 過去の有名な作曲家の名前を冠詞して、自分の曲を発表し続けたクライスラー。
 確かにその行為は許せないモノだと、私も、思う。
 そして、音楽について強い意志を持っている月森くんがそういうのも、もっともだ、ということもわかる。
 だけど。ボッケリーニの様式によるアレグレットなんて、私も、志水くんも大好きな曲だ。

 だから思うんだ。
 私は、本物でも、ニセモノでも、『好きなモノは好き』って……。ダメ、かな。私、甘いかな。

 柚木先輩は私の顔を面白そうに見つめたあと、ふと私とウィンドウを見比べながら口を開いた。

「ふうん。よく見たら本物の宝石も混ざっているみたいだ」
「本当に?」
「1つだけだけどね。……さて。お前に見つけられるかな?」
「が、頑張ります!」

 からかうような口調に、私は負けずに言い返す。

 なんだろ、柚木先輩に勝てるなんて思ったことは一度もないクセに。
 挑むように話しかけられると、つい『頑張る』って返事を返してしまう。
 本当に些細なこと。たとえば、さっき一緒に食べたランチだってそう。
 食後にアイスティを飲んでいるとき、今年はどの茶葉が当たり年かなんて質問をされて、
 私はお店の人が勧めてくれた紅茶の名を挙げた。
 そうしたら柚木先輩は黙って微笑んで、自分の飲んでいる紅茶を飲ませてくれた。

 紅茶の専門家が勧める紅茶よりも、好きな人が好きっていうモノの方が美味しく思えるのが不思議だったっけ……。

「ま、せいぜい頑張るんだね」

 柚木先輩は楽しそうにそう告げると、すぐ後ろにある背もたれが気持ちよさそうなベンチに腰掛けた。

 ううう……。
 まるで、『どうせ見つけられないに決まってる』的な、柚木先輩の態度が、な、なんだか、クヤしい!
 口を尖らせて柚木先輩を見つめたあと、私は改めてショーウィンドウの中を覗き込む。
 ええと……。ここの中で1つだけ。って、全部でコレ、何個アクセサリーあるんだろ?
 20個、より、もっとある。50個も、ない、かな?
 学校の簡単な4択問題さえ、華麗にハズす私が、50分の1の確率で当てる、って……。無理、かも。
 あれ、さっき『お安い』とか言ってたっけ。だとしたら、1番お値段の張るコが、本物なのかなあ。

 降参の旗を振っていると思われたくなくて、私は気付かれないように、と祈りながらそっと柚木先輩を振り返る。
 すると待ち構えていたように、先輩の唇が動く。

『……コウサン?』

 う……。な、なんか、余計、クヤしい、かも!
 私はウィンドウの方にくるりと向き直ると改めて、1つ1つアクセサリーをにらみ続けた。
 あの赤いコは、赤すぎるから、きっとフェイク。あの、蒼いコも、たぶんフェイク。
 色のついてないあのペンダントトップは、……本物?
 あれ? 似たようなコが何個もある……、ってことは、やっぱり全部ニセモノなのかなあ。

 私がべったりと貼りついているからだろう。
 街行く女の子たちは、特にこのジュエリーショップに足を止めることなく、笑いさざめきながら通り過ぎる。
 ちょうど西日の当たったショーウィンドウは、さっき私がフェイクだと決めつけたコまで、燦然と輝かせている。
 ── ね、一体どれが本物?

「あ……」

 不意に大きな影が差した、と思ったら、頭の後ろを支える手がある。
 夏の終わりの日差しに、帽子もかぶらずに当たり続けていたからだろう。
 柚木先輩は私の髪の熱さに眉をひそめた。

「まったく。お前はいつまでたっても人を疑うことを知らないんだね。感心するよ」
「へ? じゃあ、あの、1つだけ本物、っていうのはウソ……?」
「嘘じゃないさ」
「はい??」

 ワケがわからないまま柚木先輩の口元を見つめていると、形の良い唇がなめらかに開いた。

「ここにある、たった一粒の天然石はお前だよ」
「へ?」
「もっとも? まだ磨いていない原石だから、そのへんの石ころと見分けはつかないけどね」
「はは……」

 私の複雑な表情を楽しむかのように、大好きな人は話し続ける。

「お前は磨けばそれなりに見られる素材だよ」
「それなり……、ですか?」

 石ころ、で。それなり、で……。
 柚木先輩の言葉って、褒められているのか、けなされているのか、よくわからない。
 ── ううん。それだけじゃない。柚木先輩の言うことって、よくわからないことが多い。
 フェイクジュエリー。ニセモノ、っていう意味。Fakeは『ニセモノ』
 じゃあ、今私の目の前で微笑む柚木先輩の心は? 本物? それとも、Fake?

 からかいを帯びた目が、急に鋭く光る。
 不思議に思って顔を上げると、そこには真面目な表情を浮かべた柚木先輩がいた。

「だけど、お前の輝きが増していくところは誰にも見せたくないね」

 私の、輝き?
 今までだって、……そう。リリにヴァイオリンをもらう前まで、私は人の注目を集めたことなんてない、普通の女の子だった。
 最近は、少しだけ人が見てる、って感じを掴むことができたけど。
 それは、私自身の力じゃない。魔法のヴァイオリンのおかげだ、ってわかってた。
 今だって、街行く人が見ていくのは、私自身が光ってるからじゃない。隣りに柚木先輩がいるからだもの。

「だから、お前は俺に付き合うんだよ?」
「はい……?」
「時間はかかるだろうけど、お前の輝きを引き出していくのは面白そうだから」

 艶っぽい目の色に私は、柚木先輩が言っている行為の意味を知る。

 上手く言葉が繋げなくて、しかも柚木先輩の顔を見ることさえできなくて、私は黙ってウィンドウに触れている柚木先輩の指を見る。
 私の身体の奥。掴めそうで掴めない火の玉のような熱。
 それがもしかしたら今日、わかるのかもしれない。
 だけど今の私は、この気持ちをどう伝えていいのかわからない。

 耳朶に柔らかい声が降ってくる。





「だから、観念して? 今日も素直に俺に身を委ねるんだね」
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