*...*...* Pillow Talk 〜あなたの場合〜 *...*...*
 たとえばね。
 白い薔薇の額(がく)の部分から、虫喰いの花びらが音を立てて落ちるように。

 たとえば。
 あなたの唾液がわたしの口から溢れて、胸の谷間を伝うように。



 自然に、自然の流れで。
 あなたのこと、愛していけたらいいな、って思う。


 わたしたちが産まれ落ちるずっとずっと前から。
 繰り返され続けてきたこと。

 それを、若いから、結婚してないから、って
 否定する権利は誰にもなくて。



「もっと、して?」



 以前は恥ずかしくて口には出せなかったことを。
 今のわたしは、思いのまま口にのせることができるようになった。

 そんなわたしを、あなたは嬉しそうに見ながら言うんだ。


「こう、か?」


 押さえ切れない身体の震えを止めるために。
 わたしはあなたに懇願する。
 いつもなら、わたしの言うことをなんでも聴いてくれるあなたは、



「まだ、ダメ」



 ちょっと意地悪く、唇の端をあげて笑う。


 ねえ。
 どうして?
 どうして、わたしがもうすぐだ、ってこと、充分わかっててそんなこと言うの?



「ひどいよ。もう……わたし」



 あなたの腕の中で、この意識を手放すことができたら、どんなにラクだろう。


 見えないものをつかむようにして、持ち上げる、手。
 それはほわっと空を切って、何もつかめずにあなたの肩に落ちる。


 ……もう……。
 こんな状態で、とどまることなんて、……できないよ。



「ね……、お願い、だ、から」



 なんとかこの熱を、自分の中に手繰り寄せたくて。
 わたしは脚に力を入れる。
 ――もう、これ以上ないくらい、そば、に、行きたい。

 むせ返る程のあなたの匂いにもまれながら、あなたの首に腕を回すと。




「可愛い、おまえ」




 いつもと変わらない静かな声がする。

 ねえ。
 狂ってるのはわたしだけ、なの?



 いつもより濃さを増した碧の石をのぞき込むと。
 そこにはまるでなにかに囚(とら)われてるようなわたしが映っていて、思わずため息をもらした。



「ひどいよっ! わたしばっかり……っあ……」


 あなたはそんなクレームさえもあっさりスルーして、いきなり、腰を進める。



「俺、……男で良かった……」
「……っ……?」

「おまえをこうやって愛せるだろ?」




 切れ切れの思考回路の中で、あなたの言葉を繋ぎ合わせてみる。


 男、で。……女?
 愛せる。……愛してる。
 あなた、を。


 この意識を手放す前に、これだけは伝えたい。

 アナタ ト オナジ コト イイタイ。




「わたしも、……一緒」



 揺さぶられるたびに浮かぶ、熱も、想いも、快感も。
 全部、あなたが引き起こしてるんだよ?


 あなたが、こう、するから。
 わたし、生きていけるんだってこと。




 でもね。
 身体を繋げあって。
 これ以上ないほど傍にいても。




 ―― 時々、泣きたくなるほど不安になるのは、どうしてなんだろう?



 かすれた声や、まなざし、形のいい唇や、汗。
 今、この瞬間のあなたは。
 全部全部、わたしのものなのに。


 受け入れている部分は少しでも。




 L'essentiel est invisible pour les yeux.
 (大事なものは目には見えない)




 そんなこと言ってたのも。
 昔読んだ絵本の中の王子さま、だったっけ……。
 ヘンなの。目はモノを見るためにあるのに、見えないモノがあるなんて。



 あなたに抱かれていると。
 わたしは目に見えないモノを、ずっと探してるような気持ちになる。


 どうなのかな?
 ほかの女の子たちも、みんなそうなのかな?
 あなた、も、そんな風に不安になったりするのかな?



 今、こうしていること。
 まるでなにもなかったかのように、
 明日になったらあなたはシャツを羽織って、この背中の痕、を隠すのかな。






 揺すられるたびに、いつも自然に涙が流れ落ちるから。
 それにまかせて、わたしは瞳を閉じる。
 するとあなたは困ったように涙をすくいとり、綺麗な指でまぶたをなぞる。



 そして。
 絞りだすような声で耳元にささやいた。





「ちゃんと、自分の目で確かめろ」
「……え?……」


「俺がおまえを愛してるところ。……今、おまえにこうしてるのは、俺だってこと」



 ……伝わってるんだね?
 こんなにもあなたに依存して。
 幸せの頂点にいるわたしが、ときどき不安に駆られてること。



「いつでも……。おまえのそばにいるから」
「……ん」
「心配するな」



 ……やっぱり。

『大事なもの』は『目には見えない』んだ。





 こんなわたしの、心の動き。
 それを受け止めてくれる、あなたの、思い。






「もう、お願い……」



 ときどき暗くなる視界の中、あなたにそれだけのことを口の動きで伝えると、
 あなたは、とても……。とても嬉しそうに笑った。
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