*...*...* Pellow Talk 〜絢の場合〜 *...*...*
朝、目が覚めると。は俺のパジャマを羽織って、鼻歌まじりに部屋のすみのベンジャミンの手入れをしているところだった。
小柄ながら形の良い脚。
脚に続く、丸みのあるそれが、かがむたびにぶかぶかのパジャマの裾から見え隠れしている。
俺は、俺が起きたことに気づいてくれないことにちょっとムッとしながらも、
きっと起きたことを知らせないで、こうやって盗み見している俺のことを知ったら、
もむっとするかもな、なんてぼんやり考えたりしていた。
こんな。
なんでもない風景。
たくさんの時間。
がこの部屋にいる、という景色に俺はすっかり慣れきって。
この少しひんやりとした10月の空気さえも、すがすがしいものに感じられた。
は愛おしそうにそのベンジャミンの樹を眺めながらも、
けっこう残酷に、もう枯れて残念な状態になっている葉を次々ともぎ取っていく。
そして最後にくるりとひとなぜすると、少し離れて満足そうにそれを見つめた。
すると、薄い朝の日差しの中、ベンジャミンは以前の姿からは想像つかないほど、
凛(りん)とした強さをたたえていて。
。
と一緒にいれば。
―― 俺は大丈夫。
この樹と同じように。
この部屋の空気と同じように。
たえず刺激を受けて、元気になれる。
突然、弾けるようにそう思った。
「ん?」
かさりと音を立てたシーツに俺は舌打ちをする。
はその音と気配を感じたのだろう。
ゆっくりとベットの方を振り返ると微笑んだ。
「珪くん、おはよ」
「……ああ」
「よく、眠れた?」
「ああ。……こっち、来いよ」
10月のシーツは冷たい。
かと言って、毛布を出すにはまだ曖昧な、季節で。
が来ない夜は、寝返りをうつたびに俺はがそばにいてくれたら、と、ずっと思っていたから。
はベットのそばで立ち止まると言った。
「……やめとく」
「ん? どうしたんだ?」
「……べつに」
「…………」
「…………」
見るとは、今にもふき出しそうな茶目っ気たっぷりの顔で、俺のことを見てる。
。
こんな関係になってからも、根に持ってるんだよな。
『出会った頃、けーくん、冷たかった』
って。
俺の口調をマネたつもりで、からかっているんだ。
「。知ってるか?」
「え? なにを?」
「……朝起きたら、一番にすること」
「……ん。顔、洗う、とか?」
……まだからかってるのかと思って、の顔を見れば。
じごく真面目に返事をしている。
―― 仕方ない、よな?
こんなに大人っぽくなって、時には俺を惑わすくらいイロっぽくなっても。
時々こんなにニブくて、あどけないところ。
そんなところも含めて、好きなんだから。
「……教えてやる」
そう言って、俺はのスキをついて手を引っ張ると、
は不意を付かれたのか、ぱふっと俺の胸の中に入ってきた。
「ダダメっ!」
「……キス、だけだから」
「だって、きっと、それだけじゃやめないんだもん」
「やめる。……たぶん」
「……ね。どうしてキスだけなのにボタン外すの?」
はそう言って、くすぐったそうにくすくす笑ってる。
俺はパジャマをの肩からするっと落としながら訊いた。
「……知らないのか?」
「ん。なにを?」
「……キスって、唇にするだけのものじゃないってこと」
俺は、を抱く、という行為そのものよりも。
唇でのいろいろなところに触れて、
がくすぐったがったり、気持ち良さそうに目を細めたりしている表情を見るのが好きだったりする。
を形作るもの、全て。
が吐き出す、熱も、声も、体液も。
全部、俺の中に取り入れてしまいたい。
そんなを見ていて、抑えきれずに結局は……、ということがほとんどだったりするけど。
「あ、あのっ。朝、だしっ。ほら、窓も少し開けちゃったから……っ」
くるりと身体を反転させ、の背中をスプリングに押し付けると、
は思い切りあわてた声で抵抗してくる。
「……窓?」
「そ、そうっ。あの、外に聞こえちゃうと恥ずかしい、よ……」
「……なにが?」
「……っ。なにが、ってっ、なにがってっ!!」
「冗談。……じゃ、声、出すなよ?」
「そんなの……」
「ん?」
「ムリ、って、わかってるでしょ?」
は微笑みながらそう言うと、俺の首に腕をまわした。
の体温に安心しながら。
の反応に目を奪われながら。
漏れる声を殺すためのキスを幾度となく繰り返して。
俺はの中へゆっくりと入っていく。
身体を突き上げるたびに、切なそうにため息をつくを見て。
この思いは。
――いつになったら渇(かわ)くのだろう、渇くことがあるのだろう、と頭の片隅で考えていた。
きっと、渇くことはないんだろうな。
、は、俺の、原点。
に、愛し方も愛され方も教えてもらった。
今は、それを、返す、番。
俺なりの方法で。
「……予定、狂っちゃった、ね?」
「……そうだな」
口では不満を洩らしながらも、そっと寄り添ってきた。
俺はその華奢な身体に手足を絡ませる。
は、も、もう〜、苦しいよう、と言いながら布団から飛び出して、ん? と首をかしげた。
「珪くん。……どこからかキンモクセイの匂いがする……」
「そうか?」
「……珪くんって、素敵な季節に生まれたんだね。……わたし、10月って大好き!」
そう言って、は俺の頬にキスをした。