*...*...* Pellow Talk 〜珪くんの場合〜 *...*...*
 ベンジャミン。

 この前、自宅でネットをしてたときに、あるリンクから、お花屋さんの通販のページにたどりついて。
 ふわっとしたその柔らかい立ち姿と、深い緑色が気に入って、
 わたしはその場で注文すると、翌週には珪くんの家へと運んでいた。

 あらかじめ話をしておいたけど、この樹を運んだときは、
 あまりに大きな荷物に、珪くんは、困ったように口に手を当てていた。


「ねね、いいでしょ?」
「……なんて言うんだ? これ」
「ベンジャミン。なんかね、一目で気に入っちゃったの。この恰好も、この色も」



 この色。
 珪くんが、ちょっとむっとしたときの瞳の色に似てる。
 そう思って、わたしは一人くすくす笑う。



 だってね。
 珪くん、からかいがいがあるんだもの。

 出会った頃の無表情は、実は彼のポーカーフェースで。
 この人は本当は、根はとても陽性なんじゃないか、と思う時がある。


 それは、日本人とは違う瞳のイロのゆえ、かも知れない。
 ネコの目のようだ、なんていう表現が日本語にはあるけれど、
 珪くんの瞳の色は、本当にくるくる変わる。

 珪くん本人の感情によっても。見ている景色によっても。




 わたしを見る、珪くんの穏やかなイロ、が好きで。
 嬉しそうに目を細める仕草、が好きで。



 そんな彼の瞳には、いつもとびっきりの自分が映っててほしい、なんて思う。




「ん〜。さむっ」




 珪くんのおうちでお泊まりした、朝。
 わたしはひんやりした空気で目が覚める。
 ぼんやりと周囲を見回すと、窓際に置いておいたベンジャミンが真っ先に視界に飛びこんで来た。



 わたしは珪くんのパジャマを羽織るとベンジャミンのそばに行き、窓を少しあける。

 運ばれて来たとき中に同封されていた説明書には、
 水やりも週に一度くらいで、ほとんど手間いらず、なんて書かれてたけど、
 届きたてのころと較べるとちょっと元気がないように見える、かな?




「……待ってて、ね」


 ベンジャミンンの葉をさわさわと撫ぜながら。
 やっぱり、見てくれる人がいなくちゃ、このコも張り合いがないのかな、なんてちょっと考える。


 わたしが珪くんと一緒にいて、とても居心地が良いように。
 珪くんに触れられて、とても気持ちが良いように。



 誰かのために、ある自分。



 それが、お互い、一緒、であったら、嬉しいよね?





「……ごめんね」



 せっかく買っておいて、1週間会わずじまい、だったものね。

 わたしは枯れている葉をさっさともぎとって、
 樹の立ち姿を確かめると、最後に子供の頭を撫ぜるみたいにふわっと撫ぜた。




「ん?」


 なんとなく視線を感じて振り向けば、たった今起きた、って感じではない珪くんが
 枕を背に当てて、じっとわたしとベンジャミンを見ていた。



 ……よく見ると……。





 ……膨れてる?






 少しすねたような声で、わたしをベットへと誘う。
 からかうわたしを、軽く腕の中に押さえ込む。





 いつも、いつもね。

 分かりきってる手順。安心する流れ。
 でも、その時ごとに変化する想いが、ここにあるの。

 それは、たえず、右肩上がり、で。
 これ以上珪くんのこと、好きになれないって思ってる自分が、あっけなく覆(くつがえ)される。



 他愛(たわい)もなくスプリングの上に抱きかかえられて。
 ―― 珪くんの唇に翻弄される、自分。





 わたし、ずっと。
 珪くんって、猫みたいだって思ってた。

 控えめな雰囲気も。
 首を少しかしげる仕草も。
 足音がしない歩き方も。
 その孤高な美しさまでも。



 でも、こういうときの珪くんは『仔犬』みたいだ、って思う。
 わたしが母犬で、珪くんが、仔犬。
 じゃれて、かんで、くすぐって。




 わたしの全身を、わたしの触れたこと無いトコまで。
 全ての反応を確かめるように、少しずつ侵食していく。





 ……なんてね、余裕のあるのは最初だけ。
 そのうち、自分で自分が収拾つかなくなってくる。






 知らないうちに上がる声を、なだめるようなキスでかき消されて。







 わたしは珪くんを身体の中に感じながら尋ねた。

「ね……、珪くん。
 『好き』とか『愛してる』とか……。
 そんな言葉じゃ足りない、それ以上の思いを伝えたいって思った時……。
 人はどうしたらいいのかな……?」



 愛の、出し惜しみ、なんてしたくないから。

 わたしは自分の感情が、そう、と教えてくれたときには、
 その時々に、珪くんに思いを伝えてきた。



 言いながら、涙があふれてくる。



 ―― ね、ちゃんと伝わってる?



 わたしの、精一杯。


 珪くんは。
 かけがえのない人だってこと。




「……こうしてれば、いい……」



 珪くんは乱れた髪を後ろに流すと、穏やかな目でわたしを包みこんだ。




「こうやって……。俺の腕の中で、ほら、いつもみたいに笑ってみろよ?」
「ん……」

「ちゃんとわかってる。……の気持ち」



 いつも珪くんの言葉はわたしをイタくする。
 イタくして。
 何も知らなかった子供のように、無防備に甘えたくなる。




 そうして。
 不安が取れて、身体が自分じゃないみたいに柔らかくなって。
 わたしと珪くんの境い目がなくなったとき。



 2人一緒に終焉を迎えるんだ。






 ふと、かすかにキンモクセイの香りがする。




 来年もその次も。
 わたしはキンモクセイの匂いを感じるたびに、今朝のことを思い出すのかな?




 そう言ったら。
 珪くんはわたしを抱く手に力を入れてつぶやいた。






「ああ。……来年もその次も……。ずっとここにいろよ」
「……ずっと?」




「もう、離せないから」





 そう言うと珪くんは、穏やかに目を閉じた。