*...*...* Happy Cx2 Join Project ++ Kei's Side ++ *...*...*
 昨日からの雨がウソのように止んで、いつもより木々が輝いて見える日。
 その日俺は桃香に誘われて買い物に出かけた。


 ……以前は買い物なんて好きじゃなかった。
 人ごみも、ファンに追っかけられるのも大嫌いだったから。

 でも……、こうして高校を卒業し、桃香と付き合うようになってからは、
 そんなことはあまり気にならなくなった自分に少し呆れてる。

 桃香の笑った顔、困った顔、怒った顔、恥らう顔……。
 すべての表情を見ていたい……そう思うんだ、今は。




 突然嬉しそうな声を出して、ショウウィンドウに駆け寄っていく桃香。
 ……ん? おまえ、何見つけたんだ?

 見るとそこには、すっきりとしたデザインのウェディングドレス。
 真っ白で光沢のある生地に、春の日差しが柔らかく反射している。


 桃香に、似合いそう、だな。

 俺はそう思ったことを表面には出さず、さらりと言った。



「こういうの好きなのか? おまえ」



 ガラス越しにピタリ、と張り付いて動かなくなった桃香。
 あ、今、俺が横にいること、忘れてたろ?


 桃香は、そのことを隠すように、一瞬くるりと目を動かして慌てながら言う。


「うん。女の子! って感じの可愛らしいドレスも好きなんだけど、
 こういう、ちょっとシンプルなデザインも好き。
 清楚な感じがして、お嫁さんって感じがするもの」



 お嫁さん、か。



 今まで仕事でたくさんのドレスも見たし、
 それをまとった綺麗な女も見てきた。

 けど、それは単なる、仕事、で。
 お嫁さん、だとか、・・・結婚、だとか、考えたこともなかった。

 それに……、俺は家族でありながらバラバラに暮らしている
 自分の環境にも疑問を持っていた。


 あんな思いはもうたくさんだ。
 期待して、待って、待って……!!

 人と深いかかわりを持つのは、できれば避けたいと思っていた。



 ……けど、おまえ、となら。



 上気した頬、夢見るようなうっとりした目で、数あるドレスに見入る桃香。

 俺もつられるように、ドレスを見る。
 そこには桃香が、良いと言ったドレス以外にも、
 たくさんの色が溢れ返っていた。



「ん?」



 ふと左下から視線を感じて返事を返せば、


「な、なんでもないよ!」


 少し元気の無い声。

 ……俺、何かまずいこと、言ったか?
 ……それともまた、言葉が足りなかったのか……?
 このクセ、で、一番大切に思ってるおまえだけは、傷つけたくない。


 あれこれ思いをめぐらせていると、いつものとおり元気な声が返ってくる。



「白もいいけど、うすーいピンクも可愛いよね」
「ピンク、か?」
「うん。最近流行ってるんだって。ピンクのウェディングドレス」



 ピンク……。おまえの名前のような、おまえの頬のような、優しい色。
 おまえなら、どんな色でも似合うだろうけど……。けど。



「おまえは、白の方が……似合う」
「え?」



 ガラス越しに見るおまえは、春の日差しをたくさん集めて、
 いつもより儚(はかな)げに見える。

 ……おまえのまっすぐな瞳は、ちょうどこんな季節の中、
 初めて出会った頃と、ちっとも変わらないんだな。



「ドレス。白の方が、イメージ」


 まだ、なに、にも染まってない色、白。
 清楚で、高貴で、なによりもおまえに似合う色。


 おまえが俺の世界に色を与えてくれたように、
 俺もおまえのこと、少しずつ染め上げていけたら……。

 ……いや、おまえが変わっていくその瞬間、瞬間に、
 俺も一緒にいられたら…、それでいいんだ。


 とたんに、おまえの頬が真っ赤になる。


「……珪くんがそういうなら」


 すっと髪の毛を流す仕草。
 おまえがそういうことするのって、いつも恥ずかしがってる時、だから。
 そんなおまえを見てたら、俺の方まで恥ずかしくなった。




 まだ、大学に入ったばかりの二人。

 これから二人にはたくさんの出会いがあって……。
 こんな愛らしくて、一生懸命で、優しい性格のおまえなら、
 俺よりももっといいヤツに出会えるかもしれない。


 不安、なのか?俺……。

 けど、俺はもう決めているから。




「いつか……」
「え?」



「……俺の隣りで」



 勇気を出して言った言葉。


 ……でもあいつは自分の感情に精一杯みたいだな。
 あいつの表情を見てればわかる。……聞き漏らしたってこと。


 桃香は、心の奥底を覗き込むような透明な視線で、俺を見つめる。
 俺は赤くなった顔を見られたくなくて、少しムッとして歩き出した。




「珪くん!」


 慌てて俺のシャツをつかむ桃香。

 その小さな力に、なぜかいつもほっとさせられる、自分がいる。
 ……おまえにとって俺は必要な存在でいられることが嬉しくて。

 思わず桃香の手を握りしめた。


 五歳の時から探して探して、ようやく見つけたおまえ。
 こうして、隣りで歩くことが当たり前になってからも、
 それでもなお、不安でいる俺。

 おまえが、ニブくて痛いのは、仕方のないことなんだろうか……?
 でも、ここまで言えば、おまえに伝わるんだろうか……?

 思いを込めて、桃香の手をひっぱると、あいつの頭が俺の背中に当たった。

 ……この繋いでいる手、から、ぶつかった頭、から、
 俺のこの思いが全部伝わればいいのに。
 俺がどんなにおまえのこと想ってるか、大切か、手放せないか……って。



「たっ……」
「白、好きなんだ……俺」
「あ、珪くんも?わたしも白好きなんだ。やっぱり、自分の時は白、かなあ」


 自分の時、じゃなくて、わたしたちの時、だろ?
 俺は軽い脱力感を覚えながら、つい言ってしまう。



「やっぱりおまえ……鈍すぎ」



 俺は小さく溜息をつくと、再び歩き出す。





 俺が言った言葉と、今の態度のワケを必死に考えている桃香。


 ……悪かった、な。鈍いなんて言って。

 おまえが、俺のことについていつも一生懸命で、
 俺のすべてを受け入れてくれる、その姿勢、明るさ。
 そんなおまえが、俺は……、たまらなく愛しいんだ。


 ワザとムッとした表情を続けていると、
 更に桃香の表情もめまぐるしく変わっていくから、
 俺は思わず吹き出してしまう。



「何で笑ってるの〜〜っ?」
「いや、別に」


 笑えば笑うほど、桃香の頬が膨らんでくるから、余計にイジめたくなる。



「珪くん、最近意地悪だっ!」
「じゃあヒント、やる」



 桃香の肩を抱き、顔を正面に向けさせる。
 怒る桃香をなだめるように見つめ、言葉を紡ぐ。


 俺、おまえしか考えられないから。



「何年か、先に」




 あいつの目をしっかり見ながら伝える。……とても大切なこと。





「俺、おまえと結婚するから。……そのつもりで」




 その時、二人の間に暖かい風が通り過ぎた。



 聞こえなくてもいい。俺の気持ちは変わることはないから。


 桃香。

 俺、きっと、おまえがそばにいてくれれば、どんなことも力に変わる。
 ずっと見守っていくから、俺のそばでいつも笑ってて欲しい。



「珪くん?」
「ほら……行くぞ」



 繋いだ手は、もう離さない。後悔するのはイヤだから。
 おまえと一年一年、歳を重ねて、この世界がもっと光り輝くところが
 見たいんだ。

 生きてる、って、スゴイんだ、って、
 毎日のなんでもない日々に感謝するような、
 ありきたりな日常、を、おまえと過ごしていきたい。

 一緒に永遠を作っていこう、な。
←Back