*...*...* timeless -Haduki's Side *...*...*
 しがみつかれるたび、嬌声が上がるたび。
 背中にできる痛みが、快感に変わるんだ。

 おまえに必要とされていることが嬉しくて。


 なんだろう、俺。
 自分が口下手だということは、充分わかってたけど。
 この、への感情、というのは本当にぴったりとした言葉が浮かばない。

 卒業の日、教会で、に伝えた言葉。

『愛してる』

 今思えばそれは、なんてちっぽけな感情だったのだろう。

 いや、あの時は決していいかげんなつもりで言ったんじゃない。
 でも、今のこの持ち切れないほどの想い、からしてみれば、
 それはとてもささやかなもので。

 言葉で伝えてもなお、伝わらないこの想いを持て余して。
 俺は俺の身体全てを使って、伝えきれない感情をに伝えたい、と思う。


 ……狂ってる、かも、な。

 笑ってる、だけでなく、
 恥ずかしがってる、
 怒ってる、
 ―― 乱れてる、
 その全ての表情(かお)が見たい、っていうの。

 おまえの中から、俺以外のこと、全部消してしまいたい、って思うこと。


……」

 顔を覆い隠すの両手を軽く握り締め、俺がゆっくりとの中に入っていくと、
は熱に浮かされたようなかすれた声でつぶやいた。

「こうして、珪くんに抱かれるの、……好き」

 ―― 好き。


『好き、なんだー』
『好きだよ?』
『好きなんだもん』
『……大好き!』


 会うたびに、抱くたびに、その時その時の声音で伝えてくれる、ソレ。

 この言葉の響きだけで、俺がこの1年どんなに強くなったかなんて、おまえ、 知らないだろ?


 今までの俺は自分にも、自分を取り巻く人間にも全く興味が持てなかった。
 ……どうでもいい、と思ってた。

 でも、本当は。
 本当の自分は、絶えず変わらない愛情を欲しがっていたのだ、と思う。
 幼い頃、じいちゃんが無条件に俺を愛してくれたように。

『もう、充分だ。……ごちそうさま』

 と言えるほどの愛情を。
 たった一度でいいから。
 ……求めていたんだ、と思う。


 でも現実は、そんなことを言える親も友達もいなくて。
 年を重ねるごとにヘンな不器用さだけを身に付けた俺は、人に甘える方法を忘 れてしまっていた。

 ……人に期待するなんてムダなことだ、と思っていた。


 そんな時、おまえと会った。
 忘れようとして、わざとキオクの中に押し込んだ、―― 幼い君。
 あんな、ままごとみたいな約束をずっと信じて……。
 時を経て、少女からオンナになったおまえが、ココにいる。


 な、
 ―― おまえに、甘えても、いいか?
 甘え方を知った俺は、何度も、同じことを繰り返す。
 それはとても簡単だったから。

 甘えたかったら。

 ―― 瞳(め)を見て、微笑むんだ。

 微笑んでる俺をとらえると、の瞳も嬉しそうに細くなるから。

 こんな幼な子でも知ってるような、簡単なこと。……大切なこと。
 が教えてくれたんだな。



……っ」
「け、い…くん……」

 水面を撫ぜるような音と、の泣いてるような声とが交錯する。
 穏やかな海の色のようなキャミソールと、その下にある青ざめたような白い肌。

 俺を受け入れて。
 受け止めて。

 何度もあえやかに上り詰めて。

 何のイロもついてなかった肌が、少し色づいた時。
 ―― 俺もようやく自分自身を解放するんだ。


 切なそうに肩で息をしているを見ていると、岸にむりやり打ち上げられてた、 サカナのようで、少しかわいそうになる、けど。


 それも俺を受け入れてくれた証だから。
 いつも嬉しさの方が勝ってしまう。
*...*...*
……?」

 俺はいつも感じている左手の上の重みがなくて目が醒めた。

 軽く髪の毛を後ろにやると、指からあいつの匂いが流れてきて、 俺はやりきれない寂しさが迫ってくるのを感じた。

 またこれから1週間、独りで暮らさなければならない。
 今まで当たり前だと思っていたことが、ぬくもりを知ってからは、 とても苦痛になっている。


 今まで、何度か、

『一緒に暮らそう』

とは伝えてきた。

 でも、返事はいつも、煮え切らなくて。

 自身がいないのなら、せめて匂いだけでも。
 ……これだけでもずっと俺にまとわりつけ、よ。
 今この瞬間から、この匂いは消えていく一方だから。


 すっかり、あいつに、依存、してる。


 俺は苦笑しながら、もう暗くなった部屋の中を見まわした。

「ん?」

 見ると、ベットの脇の床の上に俺がむりやり外した腕時計がそっと置かれていた。

『これね、お父さんが、大学の入学祝に買ってくれたの! 頑張ったから、奮発したよって』

 その時のの嬉しそうな声が、時計から聴こえてくるようだった。


 こんなに気に入っている腕時計を置いて帰ることはないだろうから、まだ、この家にいる、 のか?
 でもあんなに試験勉強のこと、気にしてたから、やっぱりもう帰ったのか…?
 いても、いなくても、複雑な思いをするのは分かってるけど。



 できればこの手でもう一度、確かめたい。―― あいつの存在を。

 俺はに触れるようにそっと腕時計を持ち上げると、階下に向かった。



 ……早く。
 時計なんて見なくていい日が、来れば、いい。

 そんなことを思いながら。
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