*...*...* Depend On *...*...*
「……今夜はどうするんだ?」外はとっくに日が落ちて。
まばらに散っていた街の明かりも、ぽつりぽつりと消えていく。
時計の長針と短針の作る角度が少しずつ鋭くなって。
今日という日が終わろうとしている、とき。
俺はいつもに問いかける。
お互い、今日は学校が終ってから特に予定もなかったから、
じゃあ、メシでも一緒に食べよう、ということになって。
食べ終った今は、2人でこうして臨海公園まで足を伸ばして、浜辺の風に吹かれている。
「……ん? どうする、って……?」
今年も、もう終っちゃうね、と淋しそうに海を見つめていたは、俺の小さな声を探し求めるように振り返った。
「……今夜。……どうする、って、聞いてる」
俺は欄干を背に地面のアスファルトを蹴り上げながら、同じコトを言った。
こんな声の調子じゃ、怒っているように聞こえるかもしれない。
明るくて、優しくて。
いつも俺のこと一番に考えてくれてるおまえに、なにか不満があるみたいだ。
―― だけど。
「ん、と……。珪くん、……どうか、した?」
「……別に」
独りには、慣れていた。
静かな空間が、好ましい、とまで思っていたのに。
おまえを知ってからは。
一度、そのぬくもりを知ってしまってからは。
独りでいるその空間に、押し潰されそうになる自分がいる。
「…………。そろそろ行く、か?」
付き合いが長くなって。
の両親は俺とのことを公認してはくれているけど、
さすがに毎日のように、遅くに自宅に帰すのは、マズいだろう、と思う。
この頃では、特に。
帰さない日も。
帰せない日も、ある、から。
俺は、の背をそっと押し出すようにして歩き出す。
すると。
は、たたっと俺の前を遮ると顔を見上げて言った。
「もう、珪くん。……さっき、言いかけて止めたでしょ? なあに?」
「…………」
「ちゃんと、言って。……ね?」
「もう、いい」
「…………。目、逸らさないで!」
の瞳が、時々海岸線を猛スピードで走って行く車のヘッドライトに照らされて、ちかり、と光った。
日頃、穏やかなおっとりとした調子で話すの、突然の大きな声に驚いて目を合わすと、
は、厳しい表情で俺のことをにらんでいる。
と、思ったら、
「ご、ごめん……。どうして、もっと優しい言葉が出てこないんだろう。わたし……」
と、うっすらと目に涙を溜めてうつむいてしまった。
「……。悪い、俺……」
大事な言葉を途中で止めるのは、俺の悪いクセだ。
謝るためにの顔を覗き込むようにして少し腰をかがめると、突然は背伸びをして、俺の頭をふわりと抱きしめた。
「……こんな顔してるのに……。
どうして気づいてあげれなかったかのかな……」
「……」
「こうしてれば、いい?
こうしてれば、……珪くん、落ち着く……?
いつもみたいに笑ってくれる……?」
身長差のある、俺たち。
はた目から見たら、俺がを抱きしめてるように見えるんだろうけど、実際は、必死にが俺の頭を抱きかかえていて。
先日、『一目惚れして買ってきちゃった』と嬉しそうに言ってたのコートから冬の匂いがする。
の肩に顔を埋めながら2回、3回と呼吸を繰り返していくうちに、俺は自分の気持ちが徐々に穏やかになっていくものを感じた。
はそっと腕を解くと、その手を俺の両腕にすべらせて。
ふわりと微笑むと、諭すように言った。
「ね、珪くん……。
わたしにはなんでも言って?
わたしに出来ること、出来ないこと、それはそのときでないとわからないけど……。
いっぱい、甘えて?
―― オトコ、が甘えちゃいけない、なんて、ウソ。
きっと小さいときから、『男の子は泣いちゃダメ』って周囲から言われて、
知らないうちに辛抱することを覚えちゃったんだよ」
「…………」
「わたし、は……。
珪くんの力になれたらいいな、って。
いつもそう思ってる。
恋愛の、キレイな、良い部分だけを、見ていくんじゃなくて。
珪くんの、キタナイところ、イヤなところ、全部、受け止めたい、って……」
「呆れるぞ、おまえ……」
おまえに関しては、こんな女々しくて、感情的な俺。
見馴れてるはずのおまえにいつも惹かれるばかりの俺。
おまえは、会うたびにきらきらしてて。
昨日より、今日。今日より、きっと、明日。
いつも輝きを増してるんだ。
おまえは、俺がそんなことを言うと、
『も、もう〜、珪くん、買いかぶりすぎ!』
と、真っ赤になってちゃかしてしまうけど。
彼女が放つヒカリは、けして派手やかなものではない。
けど。
目が離せない。
彼女の言葉は、いつも、俺に新しい世界を広げてくれる。
だから、なおさら。
痛いほど、心惹かれるんだ。
俺の『呆れる』と言った言葉に、はくすりと笑って。
「あはは。いいな〜。少しは、珪くんのこと、呆れてみたいよ、わたし。
そしたら、少しは冷静でいられる、かな?」
……呆れてみたい、なんて、ドキリとすることを言う。
「……冷静?」
「……そう。……もう、こんなに……。ドキドキしなくてすむのかな……」
「……」
「……帰ろっか?」
は小さく微笑むと、俺の手を引いて、2歩、3歩と、歩き出した。
俺の少し前を歩く彼女。
少し、長くなった髪。
風が巻き上げるたびに小さく見え隠れする、赤い、耳。
コートの上からでもわかる、薄い肩。
その、いつもとは違う風景に俺は戸惑う。
。
俺にとって、おまえは、なんなんだろう?
恋人、と言うには、あまりにも甘えて頼りにしすぎてて。
でも、抱くたびに感じる身体は、熱いけれど、俺が守ってやらなきゃどうなるんだと思うほど、華奢で小さくて。
高校を卒業したばかりの頃でさえ、これ以上の存在はない、と思ってた。
だから。
そばにいてほしくて、手放せなくて、告白した。
それが、今では、姉、妹、母親……。
どんな、言葉でも、足りない。
―― 俺の、半身。
守りたくて、守られたくて。
甘えたくて、甘えられたい。
おまえと一緒の時間をたくさん積み重ねてから、俺の目に入る世界は、全て、おまえが基準になってて。
見るもの全てに、ヒカリが溢れてるんだと知った。
生きていくことも、実は。
楽しいことの方が多いんじゃないか、って思えるようになった。
でも。
おまえがいなくなったら。
俺の視界に入る世界は、どんなに歪んで見えるだろう?
勝手に1人で不安になっている俺の頬を、切るような横風が吹いて。
それは、今更ながらに冬が近づいてきてることを知らせる。
「……」
彼女の意識をこっちへ向けたくて、俺は、小さな手をくっと引っ張った。
「……珪くん?」
はゆっくり歩みをとめると、首をかしげて俺を見上げる。
こんな、俺の全てを包み込むような、穏やかなイロを、見慣れた顔の、見慣れた瞳の中に見つけて。
俺は彼女の肩をつかんで、そのまま引き寄せると耳元にささやいた。
「……帰るな」
そして俺は。
彼女の返事がこわくて、返事が来る前に口を胸でふさいでいた。
*...*...*
22時20分。おかしいの。
このごろ、珪くん、なにか、おかしい。
2人で会って、話して。
楽しい時間が流れて。
それが。
だんだん、今日という日からはがされてく時間になると。
珪くんの表情が曇っていく。沈んでいく。
わたしが普通に話しているのに、ぶっきらぼうな返事が返って来る。
……だから、わたしは言っちゃったんだ。
『ちゃんと言って』
『目、逸らさないで』
発した言葉は、消えない。
PCみたいにBackspaceが利かないこと、短くない人生生きてきて、十分わかっているのに。
言ったとたん、傷ついたようなイロをまとった珪くんにぶつかって、わたしは乾いた下唇をかんだ。
この人が、不器用な人だって、知ってた。
大人っぽい容姿の中に隠されてる、子供のような、傷つきやすいココロを持ってることも。
きっと、世界中の誰よりも、わかってるつもりでいた。
でも。
付き合いが、長く、深くなるにつれ、
慣れという空気が、重ねた時間が、いつしかわたしを変えていったのかな。
見えているはずのものが見えなくなっていたんだ。
こういうとき、どうすれば、いいの?
自分の持っている知識をフル稼働させて考えてみる。
けど。
……なかなかコレってものが見つからない。考えつかない。
本や、友達の話の中の恋愛は、キレイすぎて、明るすぎて。
違う。
今のわたしには、しっくりこない。
……珪くん。
……そうだ。
(こう、すれば、……いい?)
いつも珪くんが、わたしにこうしてくれるように。
『俺が、いる』
と、優しく、強く、抱きしめてくれるように。
珪くんが、こうしてくれると、どんなときだって、
わたしの心は、小さく丸く彼の手の中に収まっていくから。
(わたしは、ここに、いるよ……)
いっぱいいっぱい背伸びして、珪くんの頭を抱く。
髪をなぜる。
―― 必死だった。
でも、珪くんの頬は冷たくて。
いつもは、すぐ抱き返してくれる腕の力もそこにはなくて。
ただわたしのされるがままになってる。
……こんなとき。
わたしってホント、泣きたくなるほどバカなんじゃないか、って自分を恨みたくなる。
珪くんの力になりたいのに。
気持ちだけが空回りして、わたしは小さな子供みたいに、為すスベもなく同じことを繰り返してるんだ……。
しばらくそうしていると。
珪くんの身体の中で尖がっていた部分が少しずつ溶けて、いつもの穏やかな珪くんに戻ってきて。
わたしは、ほっと安心すると抱きしめてた腕をほどいて。
今度は珪くんの手を引いて歩き出した。
いつもは。
わたしの右斜めの、ほんの少し先を歩く珪くん。
もう終わってしまった、夏の日差しも。
これから始まる季節の、頬が切れそうなほど寒い風も。
いつも、知らないうちに珪くんの影に守られてきたんだな、って。
冬の訪れを感じさせる風を真に受けて、今までそのことを当然のことのように受け止めていた自分に気づいた。
……また遠くで、風が生まれる音がする。
どうか、その風、全部が、……自分だけに当たるといい。
そう思いながら、わたしの足取りは、いつも行く方向へと向かっていた。
*...*...*
部屋に帰ってきて。「さっきは、情けなかったな、俺」
と照れたように笑う珪くんに、わたしはニコニコと笑い返して言った。
「……でも、嬉しかったりして」
「ん?」
「今度、負けそうになったとき、わたし、今日のこと言って、からかっちゃうんだから。
いつも珪くんが昔のこと思い出して、わたしをからかうように」
わたしが、珪くんに勝てるなんて。
そのときのことを想像していたら、なんだか勝手にワクワクしてきた。
「……へぇ」
珪くんはわたしのそんな顔をちらりと見ると、濃い茶色の上着を脱いでソファに置いて。
「……やれるものならやってみろよ」
と不敵に笑う。
「……なんか、さっきとは別人……」
あまりの変わり身の早さに、そそそれはないんじゃないかなっ、と2、3歩後ずさると。
「……おまえが、いるから」
元気になった、となんの翳りもない笑顔で言う。
―― わたし。
珪くんのこういう顔に弱いなあ。
…………。
今日も家に帰れないこと、お母さんになんて言おう?
けど、でも、いいんだ。
お母さんも、きっと知ってるはず。
自分を必要としてくれてる人の、そばにいることの心地良さ。
お母さんも、わたしや尽を育ててくれたとき、その素敵な感情、味わったでしょ?
わたしは珪くんを見つめる。
言葉もなく、見つめる。
―― キミが笑ってくれるなら、わたし、なんだってしちゃうよ?
無理矢理笑った顔を作ってみよう、と、珪くんの口元に両手を伸ばしたら、その手は、彼の頬に触れるか触れないかで、あっさりと捕まって。
手を外そうとあたふたしてるわたしに、珪くんは意地悪く微笑むと、
「さっきの、お返し。
……俺、もらいっぱなしっていうのは、性に合わないんだ」
と、とても嬉しそうに身体を引き寄せた。