*...*...* Beside *...*...*
ほわりと白いカタマリが俺の肩下から立ちのぼる。それはやがて形を変えて、俺の頭上を越える頃には空の青さに吸い込まれていく。
冬の森林公園で、俺は立ち枯れのような木々に目をやると、ぼんやりと深雪と出会ってからの3年を思い出していた。
なあ、深雪。
この3年間、俺たちは何度この場所に足を運んだんだろう?
1年の時は、深雪から誘われた。
まだあどけなさが残る深雪の横顔を追うのに精一杯だった。
こいつ、俺のどこが良くて誘うんだろう? 俺といて楽しいのか? と自問ばかりしていた。
2年の時は、俺から誘った。
冬なんて大キライな季節だったのに、たった1年のことで、あいつの名前と、あいつが隣りにいてくれるという温もりに馴れて、いつしか、2月は好ましい季節へと変化していて。
そして、3年。
一流大学の受験も終わり、あとは卒業式を待つばかりの今、どちらから誘うでもなく、俺たちはこの場所に来ている。
「今日も寒いね〜」
そう言って恥ずかしそうに身を寄せる深雪。
寒さを理由に、深雪と俺の距離がゼロになる、季節。
見ると、深雪は薄桃色になった指先に息を吹きかけながら口ぶりとはうらはらに温かそうな顔して微笑んでいる。
「……そうか?」
俺の曖昧な返事に、珪くんは? 珪くんは寒くないの? とくるっと大きな瞳で聞き返してくる。
深雪の表情は、名前のとおり雪のように白い肌に、でも頬だけはうっすらと赤らんでいて。
そのコントラストはちょうど今の季節、冬から春への到来を教えてくれるかのようだった。
「いや……。俺は平気」
いい気なものだと自分でも思う。
でもどんなに寒い日でも、深雪に会えると思うと、そんなのは全く感じない自分がいる。
俺、以前、おまえに言ったろ?
おまえ、赤ん坊が握ってるタオルみたいだ、って。
でも今は違う。
俺にとっておまえは、そんな手の中に納まるタオルのような小さな存在じゃなくなったんだ。
―― もう、どんなものだって深雪を形容することはできなくて。
(おまえがいてくれて良かった)
この3年間。
おまえはどれだけたくさんのものを俺に分け与えてくれたのだろう。
絶え間なく、光溢れる世界。
一つのものを見るのに、陰の視点からだけで判断してはいけないということ。
人って本当はすごく温かいもので、もっと信じてもいいのだ、ということ。
そして。
俺は、俺のままでいいのだ、ということ。
(そのままの珪くんが大好きだよ)
ふたりきりの夜。
おまえの表情が見えなくて、声と指だけでおまえの存在を感じているとき、深雪、いつもそう言うんだ。
『大好き』という言葉の響きだけで強くなれる気がした。
深雪がそばにいるだけで、自分の存在を許せる気がした。
人の肌の温もりがこんなに心地良いことも、俺は今まで知らなくて。
深雪を通して得た、俺の世界。
寒々しいばかりで好きではなかった冬の木々も、よく見ればかすかに薄緑色の葉が芽吹いている。
「でも、冷たいよ〜」
暖めてあげる、と、そのまま小さな両手が俺の手を包む。
深雪の口元から生まれる白いカタマリは、一度俺の手にバウンドした後、ゆっくりと空に昇る。
俺は、もう二度と、この手を離さないですむのだろうか?
一緒に、大学に入って。
大学を出て。
それからも、その先も。
おまえの横で、俺は俺のままであり続けられたら。
手から少しずつ深雪の温もりが伝わってくる。
でもまだ足りなくて、俺は空いてる方の片手を広げてわがままを、言う。
「深雪……。こっち、来いよ」
「え?」
「こっち」
深雪は目を潤ませると、俺の後ろの芝生に目をやったり、俺の肩あたりに視線を投げたり、している。
深雪が恥しがっているときの、クセ。
おまえ、照れると視線がフワフワするからすぐわかるんだ。
それでその次には、囁くような声で俺に抗議するんだろ。
「……こんな人がいっぱいいるところじゃ恥ずかしいよ」
……やっぱり。
俺は小さく笑うと、繋がっている手に力を込めて引き寄せた。
「……暖めてくれるんだろ?」
「……うん」
冷たい春風が、俺と深雪の間をすり抜けていく。
その温度が、よけいに俺たちを離れさせなくする。
えへへ、珪くん温かい〜、と笑いながら馴れた場所に納まる深雪の髪を撫ぜて、願うこと。
それはいつも文章にはならずに、単語だけが駈けめぐるんだ。
深雪……。
これからも。
―― ずっと、ずっと。
おまえと、ともに、あるように。