*...*...* Hard to say *...*...*
ため息って、退屈なときにだけするものだと思ってた。幸せの絶頂の中で、ため息による会話が言葉の数以上に大切な想いを伴って行き交うなんて、1年前のわたしは想像がつかなかったからだ。
「変えたの、珪くんだよ?」
「……俺?」
よく珪くんは、おまえに会って世界が広がったって笑ってくれるけど、それはわたしも同じことで。
会うたびに好きになる。心惹かれる。彼の、包み込むような穏やかな優しさに、吸い込まれる自分がいる。
『好き』という感情の、その先にある行為。
ため息による会話。
最初は迷った。
こういう想いは、普通の仲良かったころのお友達の関係の中では芽生えなかった感情だったから。
行為の途中で、何もかも見えなくなってしまうとき。
一人のときにはまるで考えられなかった高波にさらわれるとき。
痛いだけの繰り返しがいつしか、与えられる快感をひそかに心待ちにするようになったとき。
わたしは自分の知らない自分を知っているであろう目の前の冷静な表情を断片的にとらえるたびに、どうしていいかわからなくなった。
どんどん日は暮れていく。秋の日暮れは夏のそれよりも早い。でも日照時間の短さは日差しの強さとなって、2人の影を色濃くする。彼の横顔に夕陽が当たる。夏の日差しは爽やかさ全開の透明な黄色。けど、珪くんの誕生日が近づいてくるこの季節は、その黄色の上に、鮮やかな茜色が乗せられる気がする。
── 自分の変化をなかなか認められない。
変わった自分を受け入れることがひどく恥ずかしくて、わたしはその事実を目の前の人のせいにしたくなっていた。
「うん。わたしが変わっちゃったのは珪くんのせい。わたしのせいじゃないもん!」
「……すごい誘い文句だな。それ」
そっと伸ばされたしなやかな両腕がわたしの肩を包み込む。これじゃまるで彼専用の抱き枕だ。背中越しに感じる彼の息がくすぐったい。軽く身じろぎすると、なだめるような指が肌の上を滑ってくる。
そんな何気ない仕草に、ぴくりとわたしの内側が震える。
いつか、平気になるんだろうか?
いつか、彼の身体を余裕を持って受け入れて。
この、『好き』って気持ちしか誇れるモノがないわたしが、もっと、ずっと、いっぱい、珪くんのこと受け止めていけるだろうか?
「……なに考えてる? 今……」
掠れた声が湿り気と共に耳元まで届く。そのちょっと不安そうな声のトーンが切ない。
鋭い、人。
こんなときにそんな甘い声で囁くなんて、反則だよ?
背中越しで表情は見えないけど、今、彼の瞳の色がいつもより濃くなってることは簡単に想像することができて、わたしは余計に悲しくなった。
ね……?
今ここでわたしが、『永遠なんてないんだよ?』と小声で告げたら、彼はなんて答えるだろう?
本当は彼も分かってる。ううん、彼の方がよく知ってるはず。
永遠なんてどこにもないってこと。
時間は流れてく。すべての人に平等に与えられていく。
その中で、人もモノも価値観も、押し流されるようにして変色していくこと。
でも。
その『どこにもないもの』を、わたしたちは一番求めてる。
存在を確かめて、話して、笑って、……抱き合って。
その少しずつの時間の積み重ねが、いつしか永遠になる、って。
永遠なんてない、って考えることがイヤで、わたしは自分の定義で『永遠』を作った。
彼がわたしを見て笑ってくれるなら、それで、もう、いいんだ。
信じてるんだ。『積み重ねることが永遠だ』って。……ううん、信じたい、かな?
……そう、まるで祈るような気持ち。
「言えよ」
いつもより少し甘えた声が強要する。
「えへへ。内緒」
とても、言えない。ううん、言いたくない。
自分定義の『永遠』がちゃんと本当の永遠なるまでは。
わたしの身体を辿っていた指がふと止まる。行き場を失ったように一瞬だけ途方に暮れる。
でもそれは本当に一瞬のことで。
彼の手のひらは、脇の下を通りわたしのかすかなふくらみを押し上げるようにして、いつもの定位置に収まる。
快感を引き出すためではないゆったりとした動きが気持ちいい。
簡単に感じ取られそうな胸の鼓動。
ひんやりとした手のひらがわたしの体温で少しずつ暖まっていくその感じ。
(安心、する……)
わたしは彼に返事をする前にゆっくりと目を閉じた。