*...*...* Now and in the future *...*...*
「、明後日、また会おうね! そのときさ、教会でのこと、たっぷり聞かせてもらうから」「ちゃん、来週、いつもの場所で待ってるね、わたし……」
「うん! 奈津実ちゃんも、たまちゃんも。約束だよ!」
「……私の約束も忘れないようにしてね」
「あ、はい。志穂さんも、だよ?」
笑い声に縁取られたさざめきの中、親友たちと微笑みを交わして、一歩、校門を出る。
もう二度と来られない場所、というわけではないけど、今度来るときは立場が違う。
在校生ではいられない。卒業生としてだ。
手を振る。
春というにはまだ冷え込んだ空気の中、早咲きのジンチョウゲが鼻先をくすぐる。
校門の影、わたしの視線の先には、珪くんが立っているのが分かった。
珪くんは顔を上げて遠くの雲を眺めている。
白に近い淡い水色の空。彼にはなにか特別なものが見えるのかな。
珪くんの表情はそのまま天空に吸い込まれそうなほど綺麗で、どれだけ見てても見飽きる、という類のものではなかった。
「珪くん……」
「……」
名前を呼ぶ声が、昨日までとは違う響きを添えていてなんだか面映ゆい。
照れくささがジャマして、彼の目を見ることが出来ない。
わたしは視線を避けるようにして小走りに彼のそばに近寄った。
風を切って伸ばした指に、大きな手の平が開かれる。
そんななんでもない仕草の中に、わたしはわたしの居場所を見つけたような気がした。
「みんな、良かったよね……っ」
あんな、赤い目をした奈津実ちゃんを初めて見た。
いつも頼りないばかりだったたまちゃんが、殊の外、しっかりと現実を受け止めているのも。
元々しっとりとした大人っぽさを身につけていた志穂さんが、少女のような恥じらいを見せて守村くんの影にいるのも。
ミズキさんはどうなったのんだろう、と思わないでもなかったけど、わたしが教会から帰ったころには、彼女は三原くんととっくに車で帰った後だったみたいだ。
(ミズキさんのことは、またあとでたっぷり本人に聞こうかな?)
方法はいっぱいある。メールでも電話でも。
きっとミズキさん、『アナタが知りたいなら、教えてあげてもよくてよ?』なんていつものように、つよがりのフリをするんだ。
彼女の、そんな虚勢の中の純真さが好きだったよ、って言ったら、ミズキさん、なんて顔するかな?
「ずっと知ってたの……。みんながどれだけ相手のこと、想ってきたかを」
わたしは指先から伝わってくる冷たさを気持ち良く感じて握りしめた。
「なんかね、態度で分かるの! あ、そうなのかな……、って」
「……おまえらしいな」
珪くんはわたしの目を見て笑ってくれる。なんだか眼差しが優しくなったね。
女の子の態度って、言葉よりも雄弁だ。
奈津実ちゃんだけは、卒業式の前に姫条くんへの想いを聞かせてもらってたから、分かってたけど、たまちゃんや志穂さんの気持ちは、彼女たちの態度で推し量るしかなかった。
気持ちを宿らせた瞬間から、女の子って甘酸っぱい匂いを漂わせ始める。
そしてその気持ち、というのは、わたしもイタいほど、よく分かるモノで。
だからこそ、こうしてみんな卒業の日に成就した嬉しさも、とてもとても理解できて。
教会から帰ったわたしはたまちゃんから、みんなのハッピーエンディングの話を聞いた。
そのときの気持ちは、上手く表せない。
わたしは自分のこと以上に嬉しくて。
とろとろと、身体の中からじわりと何かが溶け出すような感じに襲われたんだ。
『カタオモイ』という世界から、これでみんな卒業だね。
「奈津実ちゃんも姫条くんも。たまちゃんも鈴鹿くんも! ずっと仲良しだといいね? 卒業しても……」
「……俺たちも、だろ?」
しっかりと捕らえられた指に力が入ったのが分かる。
「ん……。そうだといいな、って願ってる」
いつも珪くんと一緒にいられることを当然と思わないで。
珪くんが好きになってくれたままのわたしでいられますように、と。
この空間。
流れていく、時間。
珪くんを隣りに感じながら考える。
過去にとらわれない。未来を夢見過ぎない。
今は1つの点で。
その点が移動することによって、1本の長い長い線になる。歴史になる。
線の上では過去も未来も繋がっていく。
今が、過去も未来も作っていくんだ。
3年間の思い出とともに、大好きな親友たちの顔が浮かんでは消える。
ねえ、わたし、みんなの短所も知ってる。それ以上に長所ももっともっと知ってる。
みんなが悲しんだ顔を見るのはイヤだよ? 自分のこと以上に辛いから。
その代り、ハッピーな話はウェルカム。自分のことより嬉しいから。
だからわたしは祈るんだ。
(みんなとみんなの好きな人が、100年続きますように)
いつも笑ってて欲しいよ。
そのためにできることなら、わたし、なんでもしたいもん。
ストレス解消のショッピングも、喫茶店のハシゴも。
悩み相談ならいつでもオッケー。いつでもどんと来い、だ。
みんながわたしにしてくれたこと、悲しいことにわたし、まだ全部お返ししてないから。
「義理堅いんだな、おまえって」
呆れたような声が頭上から届く。
けど笑った色もまとっているから、わたしもつられるようにして笑った。
「ん、わたしね、まだ珪くんにも全部お返しできてないから。これから、だから。覚悟しておいてね!」
ピシリと大好きな人に指を差して、決意表明。
利子付き、ううん、倍返しだもんね、と口走って、我に返る。
この3年の間。ううん、わたしたちの子ども時代から。
今、目の前にいる大好きなヒトが、わたしにくれた思い出、って、量にしてどれくらいなんだろう?
きっとどれだけお返ししても、し足りない気がする。
わかっているのは、思い出すのも大変なくらいたくさんあるってこと、と、わたしがニブくて(って、今もニブいけど)思い出せないモノもたくさんあるだろう、ってことだけだ。
どうしたらいいのかな、と歩みを止めて考え込む。
ふと風が髪を巻き上げた、と思ったら、それは珪くんの長い指だった。
「な、なにかな?」
視線の先にある、綺麗な形の唇。
それがほんの数時間前、自分のそれと触れ合ったんだ、と思い出した瞬間、わたしの頬はまた赤くなった。
「……ここでまた『愛してる』って言ったら、おまえ、どんな顔するかと思って」
珪くんの吐息を頬に感じる。恥ずかしくて目を開けていられない。
耳元をかすめる声がくすぐったい。
笑い出したわたしの心の奥底で、さっき感じたような温かい気持ちがまた流れ始める。
(ミンナ ト ミンナ ノ スキナ ヒト ガ 100 ネン ツヅキマスヨウニ)
そして、わたしと、あなたも。