*...*...* 渚(Girl's Side) *...*...*
 わかってたの。わかってたんだ。本当は。

 本当は、珪くんが何を望んでいるかって。



 2週間前、映画を観に行ったときも。
 1週間前、夜桜を見に行ったときも。


 時折、視線が重なり合うときに見える、
 濃いグリーンの、瞳の中の想い……。




 この前奈津実ちゃんとアルガードで会ったときも、

「えーーー!! 葉月のヤツ、こーーんな可愛い子
 侍(はべ)らせて、なんにもしないなんて、おっかしいよねー」

 なんて言われちゃって。

「そ、そんな……。わたしと珪くん、まだ付き合って1ヶ月、だよ?」
「なーに、言ってるのよ。3年間もあーんなにベタベタしといて!」
「……や、やだ。奈津実ちゃん、声が、大きいよ……」
「……ったくさあ、わたしがオトコだったら、のこと、すぐ食べちゃうけどなっ」

「そんなっ! ……奈津実ちゃんは、コワくないの?」
「へ? コワいって、何が?」



「……ん、と。……そう、なること……」

 思わず真っ赤になってうつむく。


「……なに小学生みたいなこと言ってんのよー。
 全くはお子ちゃまなんだから〜。こりゃ、葉月も苦労するね」




 ひどっ! ……そんなこと、わかってるもん。

 すぐ、ムキになって怒るクセ。
 ちょっと、小柄な体型。
 ぺったんこの胸。



 ……そうか。だから、コワいんだ、わたし。

 ……珪くんと、そう、なることで、
 今まで以上に仲良くなれる自信がない、んだ……。
 それどころか今までより、嫌われちゃうような気が、する……。



「……ううっ」
「はあー。もう、なに暗くなってんのよ! 元気出しなって!」


「葉月はね、3年間、アンタだけを見てきたの。
 それはも同じことでしょ? 大丈夫、きっと上手く行くよ!」




 奈津実ちゃんは、そうやって励ましてくれたけど……。

 楽しそうに腕を組んで歩いているカップルを、  窓越しに眺めながら、わたしは溜息をついた。
*...*...*
 その日はいつものデート。

 大学で使う文具とか本とかを買い揃えて。
 森林公園で、お弁当食べて、お昼寝して。


 でも、いつもと違うところが一つだけあって。
 わたしはなぜか、珪くんに触れられるのを避けるように動いてた。



 珪くんが、わたしの頭をクシャと撫ぜる仕草。

 珪くんの手のひらから、優しさと温かさが感じられて、
 いつもは、大好きな仕草なんだけど。



「・・・おまえ、今日はなんだかヘン、だ」
「そ、そかな? そんなこと、ないよ! うん」

 珪くんの目を見ないで答える。うう、バレてる、かも。



 弱虫だ、と思う。意気地なしだ、とも思う。
 でも、嫌われたくないんだ。一番大好きな人に。


 わたしはこの場から逃げたしたくなって、  おどけたフリをして走り出した。

 ……けど、あっさりつかまってしまって。



 その時、一瞬だけ、交わされた視線。
 手から手へ伝わる、珪くんの気持ち。

 アレコレとわかんないことを言ってるわたしを包む、
 シトラスミントの香り。




 わたしの背中が壊れてバラバラになるんじゃないか、
 と思えるほどの強い力で抱きしめて、珪くんは言った。



「……今夜は帰さない、から」
*...*...*
 どうしよう。どうしよう。

 同じ言葉ばかりが、頭の中をグルグルする。
 部屋に入ってからも、周囲を見渡す余裕なんて全然なくて。
 わたしはドアの前で立ちすくんでいた。


 ……珪くんが、わたしに何か、聞いてる……?
 どうしてそんなこと聞くの?
 ちゃんと珪くんの声、聞こえてるよ。

 でもね、言葉が耳に入ってから、
 頭の中でちゃんと変換されないの。
 わたしはどんな言葉を返せばいいのかな……?



 ガチガチに緊張しているわたしの頭を、
 珪くんはいつものように、優しく撫ぜてくれる。

 わたしの大好きな仕草。


 ああ、わたしの望んでいたものは、これ、なんだ。





 わたしは今日初めて、自分の意志で、珪くんに触れた。
 ……もう、迷わない。







 珪くんの唇と手のひらが、わたしの身体を伝っていく。 
 そのたびに、漏れてしまう荒い息遣いと、声。




 どうして、こんなに珪くんのことが好きなんだろう?




 握り締める、お互いの手。
 繋げ合う、身体。





……!」
「……んっ」





 珪くんがくれる、全てのものが嬉しくて、
 わたしはまた、泣きそうになった。
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