*...*...* 願い *...*...*
 朝、目が覚めると、あたりはシン、と静まり返っていた。

「ん……?」



 見慣れない天井、わたしの部屋とは違う、すっきりとした白い壁。



 ……あれ……? ここ……?

 明らかに人の手によってかけられたと思われる薄いベージュのタオルケットを、
 そろっと外しながら周囲を見渡す。



 珪くんの部屋。


 月明かりの中で見たのとは全く印象が違って。
 白い光が部屋中に溢れ、わたしが無理やり置いた観葉植物も心持ち元気そうに見える。


 少し体を起こすと、シーツがカサっと音を立てた。
 自分の身体が、……自分のものではないみたいに、けだるくて甘い。


 ……わたしの身体って、こんなに柔らかかったっけ……?



 キオクの中の薄い雲のようなものが取れてきて、わたしは昨夜のことを思い出す。





 昨日のわたし、どうかしてた……。
 まるで小さな子供のように、何度も珪くんにしがみついて声を上げた。



 でも、そのたびに珪くんは、「待ってた」って。

がこうなるの、待ってた」……て、かすれた声で。



 珪くん……。どこにいるの?





 突然、わたしのケータイから聞きなれた音楽が鳴り始める。
 あ、これは、……わたしの大好きな人。


「はい!」
「……俺」

 いつものように少し困ったような、それでいて嬉しそうな声が、すぐ近くで聞こえる。

「ん……。おはよ。……ごめんね。見送るなんて言って、結局、見送れなくて」


 珪くんはからかうような口調で言う。


「ゆっくり休めよ。……昨日のおまえ、少し暴れすぎ、だから」
「……!! ……って、朝からどうしてそんなこと言うかな?」


「……どうして? 別に隠すことじゃないだろ? ……俺、知ってるし」
「……でも、でもね! も、もう!! …………返事に困っちゃうよ……」


 絶句しているわたしに、珪くんはさらに言葉を重ねる。


「続きは、帰ってから、な?」
「!!」



 ……きっと今、おまえ、真っ赤になってるんだろうな、と珪くんは小声でつぶやきながら、
 今度はやや改まった調子で、ボソリと言った。




「おまえは、笑ってろよ。……いつも」
「……………………」


「すぐ戻る」
「……ん」



 泣きそうになる前に、小さく返事をして、急いで電話を切る。





 どうしてかな? どうしてこんなに好きなのかな? どうしてこんなに切ないのかな?

 自分の好きな人に好きって言ってもらえるのって、本当はとても嬉しいことなのに。




 多分、わたしは分かってるんだ。

 ……珪くんが言う、永遠、が、二人の間に存在し続けるのが、とても難しいってこと。
 お互いがお互いを、同じ重さで愛していける、ってことは、とてもとても難しくて、
 でも、大切で、いとおしくて。

 ……絶えず、相手のこと思いやる気持ちを持ち続けなきゃ、
 永遠を続けていくことなんてできやしない、ってことを。





 大切なものだから守りたい。



 今のわたしにできる精一杯の力で。



 ……珪くんもわたしも不器用だから、なかなかうまく伝えられずにここまできちゃったね。


 そんなことを考えてわたしは苦笑する。

 ……なんだか珪くんの口下手が、わたしにもうつっちゃったみたい、だ。
*...*...*
 シャワーを借りようかと思ったけど、珪くんの香りや、身体を伝った指の感触を
 そのままにしたくて、わたしはすばやく服を着ると、外に出た。




 外は……梅雨の晴れ間、っていうのかな?
 もう夏のようなすっきりとした日差しと、気持ちいい風と。





 広げた手が、風を受けて。


 つかもうとした空。




 珪くんのいる街まで、つながってる空。





 こうやって少しずつ、わたしらしく……、ココロもカラダも、珪くんに馴染んでいければいいな。




 身じろぎするたびに、珪くんの香りがまとわりつく。

 髪の毛から。……首から、指から。


 わたしは、自分の身体がこの上なくいとおしいものに思えて思わず抱きかかえた。




 大好きな珪くんの横に寄り添っていられるわたし。



 どうか願わくば、わたしも。

 彼にふさわしい、強さと優しさを持ち続けていられますように。
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