*...*...* Period for us *...*...*
ケンカ、した。

きっかけは、とてもとても些細な、こと。
ほんのついさっきのことなのに、
思い出すのにはちょっと時間がかかるほど、
つまんない、こと。

「やめろ……」

冷たい声、と、やや強引にはがされた手が、
彼の怒りを伝えてくる。
振り仰いて彼の顔を確かめたいのに、
それができない。

(コワい……)

彼と一緒にいくつもの季節を過ごしてきたのに、
手を伸ばせばすぐそこにある彼の存在は、
まるで初めて会う人のように冷たくて。

わたしは珪くんとつきあい始めてから、
彼のわたしを否定する言葉を
聞いたことがないのに気付いた。

いつも、どんなときも、
気遣ってくれる。抱きしめてくれる。
10の愛情が欲しいとき、
10以上の溢れる愛情で返してくれる。
だから……。

いつしかわたしは、
自分でも知らないわたしが顔を出して、
こんなにも甘えん坊になった。

2人でいると、
無防備に、甘えたくなる。触れていたくなる。
目で見て、匂いを嗅いで。
声を聴いて、そして触れて……、食べて。
5感の全てを使って、彼に浸りたくなる。

……こういうのを、
『重い』っていうのかな?
わかんないよ、わたしには。

初めての恋で、較べるものがなくて。
誰に対して、何と較べて、
わたしがどのくらい重いのか軽いのか、
全く見当がつかないよ。
でも……。

わたしはぼんやりと、
このケンカの始まりを思い浮かべてみる。

小さな息が白く立ち昇って
空に還る季節の公園のベンチで。
人がまばらにいる場所で。
いつもみたいに、
珪くんのすんなりとした手をもてあそんで。

『もっと、ぎゅって、したいな……』

って、思ったことを口に出しちゃったんだ。
そしたら。



―― 熱を帯びた、彼のミドリに遭った。












わかってない。
こいつ、全然わかってないんだ。

俺が、おまえの手を払いのけた訳。
何度も言ったろ?

『これ以上、煽るな』

って。

そのときは、ん、わかった、
なんて簡単に返事を返すくせに。

ちょっとすると、また猫みたいにすりよって来る。

赤ん坊のような顔して、ふにゃって笑って。
ほどけるように柔らかく溶けていく表情で、
ちょっとのけぞるようにアゴを上げて笑う。
その下の白くなまめかしい首筋がゆっくりと波打つ。

俺をきゅと握りしめる手は頼りないくらい柔らかくて、
俺はその先に続くおまえの匂い、ぬかるみ、
すべてを味わいたくなる。

そんな風に、なんのためらいもなく甘えてこられると、
俺は一瞬、自分がどこにいるのかがわからなくなるんだ。


すぐ届くところにおまえの存在を感じながら、
人目が気になって押し倒すこともできない。
胸の中に囲い込むこともできない。


―― おまえに関しては、自制が利かない。


「ごめ……。もう、触らない」

怒ることで自分をなだめていた、俺の耳に届いた言葉。


「……?」
「も、……触れない、から……。許して?
 えへへ、ちょっと頼り過ぎてた、かも……」

……いくら背中向けて、バレないようにしてたって、
今どんな顔してるかってことくらい、その鼻声で分かる。

「……こっち向けよ」
「……や」
「俺を見ろよ」
「……見ない」
「どうして?」
「見たら……。きっと触れたくなるもん」
「…………」
「そしたら、……また怒られちゃう……」

珪くんのイヤがることしちゃ、ダメだもん……。

そう呟くと、小さい身体をさらに縮こませて、
俺とは反対の方向に視線を投げかけてる。


「一生、俺に触れないつもりか?」


肩がピクリ、と震える。

「俺の気持ち……、わからない?」

無言の背中を抱きしめて
目の前にある白い襟足をそっと舐め上げた。

「あっ……」

首を左右に振って返されるかすかな拒絶。


「おまえが触らないなら……」


―― 教えてやりたい。
俺がおまえをどれだけ欲しがってるかってこと。
言葉では伝え切れない、言葉以上の思いを。




「俺が触る」
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