*...*...* 妻トシテノ笑ミ (勇) *...*...*
 ……わかっておる。わかってはいるのだ。
 
 俺はほのぼのと明るさを増した部屋の中で時計を探す。
 明け方の伍時。
 宮ノ杜家はまだ夜が続いているような静けさだ。
 
 わかってはいるのだ。
 剛志が元気な声で泣くことも。
 はるがそのたびにあたふたと、抱き上げ、おしめを替え、あやし。
 それでも泣き止まぬとわかったときは、母の自信で胸元を広げるのも。
 すべては我が息子、剛志のため。ひいては、国民のため。日本帝国のためなのだ。
 
「あ、勇様、おはようございます。もう少し、眠っていていただけますか?」
「あ、ああ……。はる」
「剛志。まだ伍時よ? もう少し静かにね。昨日はお父様、お帰りが遅かったでしょう? お疲れなのよ」
 
 剛志はむしゃぶりつくかのように 妻の胸に吸い付いている。
 結婚したころは、どちらかといえば小ぶりだった此奴の胸は、今は、痛々しいほどに盛り上がって。
 透き通るような白い肌の表面に、青い静脈が透けて見える。
 
「よしよし、いい子ね。少しベッドで待っていてね」
 
 慣れた手つきで はるは剛志の背をさすると、そっとベッドに戻す。
 その一連の動作に俺のつけ込む隙さえ、ない。
 
「はる。いいからこちらへ来るのだ。早く」
「で、でも……。剛志の機嫌のいいときに、朝食の準備をしようかと……」
「そんなことは、ほかの使用人に任せておけばよい」
「あの、昨日、勇様、お酒がすすんだでしょうから、今日は食べやすいものがいいかと思って。
 湯豆腐と、白身魚の葛寄せ、用意しておいたんです。勇様、お好きですよね?」
「そんなものより。……ええい、いいから、早く来い」
 
 俺は強引に はるの手を引っ張ると、華奢な身体をベッドに張り付ける。
 此奴の心遣いは嬉しかったが、身体の奥で疼いている熱は、どうにもならない。
 一晩中、はるの匂いを感じ、胸に抱きながら眠ったツケが、今ここになって現れている。
 
「もう……。その、大丈夫なのだな?」
「はい……?」
「お前を抱いても、大丈夫なのだな?」
 
 子どもを産んで、これで一月。
 お産は正常だったというし、昨日も病院に行き、一ヶ月検診は問題がなかったとは聞いた。
 ただ、問題がない、というのは、剛志のことなのか、はるのことなのか。それとも両方なのか。
 報告を受けたときは、ほかの使用人もいたし、千富もいた。
 こんな閨のことなど聞けやしない。
 
「どうなのだ? はる」
「あ、あの……。もう、大丈夫です。……多分」
「多分? 多分とはなんだ。医者はお前の身体についてなんと言っておったのだ」
「はい……。その、旦那様の好きにしていただいてかまいません、と」
 
 その医者の口ぶりが恥ずかしかったのだろう。
 はるは耳まで赤らめて小声で言う。
 
「……そ、そうか。どうしてそのことを早く言わぬのだ!?」
「は、恥ずかしくて、そんなの無理です!」
「産は女の一大事ということは、トキからもよく聞いておる! だ、だが、男にとっても一大事なのだ。わかるな!?」
 
 俺の言葉に はるは不思議そうに首を傾げている。
 
「た、たしかに! お前が剛志を産むとき、俺は軍にて射撃の訓練を受けてはいたが!」
「……ですよね?」
「き、気持ちは、お前と剛志の方に飛んでいたのだ。
 ……無事に身二つになってくれるだろうか。
 お前は元気か。赤ん坊は元気だろうか。生まれくる子は、男だろうか、女だろうか、と」
「はい……。剛志の性別も確かめずに、また軍にお戻りになりましたよね」
「む……。あのあと、どうしても抜けられない会議があったのでな」
「女の子の名前をたくさん考えてくださるし」
「い、いいのだ。お前が無事だと分かれば、それで良かったのだ!」
「はい」
 
 腕の中、はるはくすくすと笑っている。
 甘酸っぱいような、乳の匂いが鼻につく。
 さっきのはるの言葉が頭に浮かぶ。
 ──── そうか。この身体を再び俺の自由にしてよいのか。
 
「……待ったぞ。俺は、待った。一大事とはこういうことだ。
 なにしろ半年もの間、お前の身体が抱けなかったのだからな」
 
 何人か、軍部を通して金で解決できる女を紹介してもらったが、
 それだけではどうにも俺の中の渇きは癒せなかった。
 抱きながら、たしかに身体だけは摩擦の数だけ熱を放出したが。
 そのあとの倦怠感は、隣りで寝ている女への嫌悪感に繋がった。
 同じ女を二度抱いたことはなかった。すべては一度きりだ。
 
「はる。……お前は、俺の、妻だ。……俺だけのものだ」
 
 口づけを深くしながら、合わせ目から手を入れる。
 頂きの形が以前よりも大きく、固くなっている。
 指の動きが稚拙だったのだろう。
 はるは辛そうに眉根を寄せた。
 
「俺たちの間で遠慮は要らぬ。正直に思ったことを口に出せばよい。いいな、はる」
「はい……、んんっ」
「辛いなら辛いと、気持ちいいなら気持ちいいと、ちゃんと俺に告げるのだ。
 俺はお前が気持ちいいと思うことをしてやろう。いいな?」
 
 再び、はるの口内を楽しむかのように舌を押し込む。
 熱を持った小さな舌先は、俺に絡め取られるように形を変える。
 身体の中心が勢いを増して突き出てくる。
 ……早く、此奴の中に熱を解放しなくては、俺の身が保たない。
 
「……怖い、です」
 
 十分に濡れていることを指で確認し、自分の下着を取り去ったとき、ぽつんとはるが呟いた。
 
「は? なんと……?」
「私、子どもを産んで……。胸でさえ、こんなに、変わっちゃったんですよ? その……」
「ここか?」
 
 はるの中心にある毛並みを指の腹で撫でる。
 蜜で湿ったそこは、俺の為すがままに流れを変える。
 
「……ちゃんと、勇様に、満足してもらえるのでしょうか……?」
「……まったくお前は」
「勇様」
「そういうのを取り越し苦労と言うのだ」
 
 自分とて、子を為した女と睦み合うのは多分初めてだが、ここではるを不安にさせるわけにはいかない。
 
「いくぞ」
 
 もう一度 はるのぬめりを指で確認したあと、指の線を辿るように、自身を はるの中に埋める。
 吸い付くような内襞が分身に求応し、絡みつく。
 強引に根本まで押し込むと、俺はようやく息をついた。
 
「……安心するがよい。お前はなにも変わっていない」
「本当、ですか?」
「いや、変わっていないというのは正しくないな」
「はい……?」
「──── 前より、いい女になった」
 
 腰を揺すりながら、はるの内部を確かめる。
 ひくひくと波打つ肉は、噛みつかんばかりに攻めてくる。
 気を抜いたら、一気に此奴の中に熱を注ぎ込んでしまいそうだ。
 
「あ……っ」
「ん? なんだ、はる。なんでも言うがいい。辛くないか?」
「いえ……」
「はる?」
「……気持ち、いい、です。すごく」
「そうか」
 
 ため息混じりに言われ、俺の達するのを咎めていた決意が解かれる。
 俺は限界を超えるべく、自分の動きを加速させた。
 
「はる……。幾たびも俺とこうして、幾たびも俺の子を産むがいい」
「勇様……」
「お前が……、手放せない。……手放す気など毛頭ないが」
 
 
 
 最後の刺激を与え、ともに果てるときの はるは苦しげながらも幸せな笑みに満ちている。
 それがひどく嬉しくて、俺は果てたあとも、じっとはるの上に留まっていた。
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