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 待つ。
 吉報を待つ。凶報を待つ。待つことは祈ることにも似ている。
 一日千秋の思いで、彼女との出立を、待つ。
 今までの僕はそのような感情を絵巻物の中だけのことと思っていたし、自分がそのような状態に陥ることなど想像したこともなかった。
 僕が京を離れていた数日間。
 男女がともに会えない時間を過ごすというのは、自分または相手の気持ちを沈静化するのに役立つと思っていたけれど、どうやらそうでもないらしい。
 逆に会えない時間が絆を深めることもあるのだと知る。
 僕以上にきびきびと働く背中や、見上げてくる瞳。白い首。その先に続く華奢な肩。
 ──── 参ったな。愛しいという想いがこれほど深くなることを今まで知らなかったんだ。
 僕は駆けよってきた望美さんに話しかける。
 
「今日もたくさん薬草が採れましたね」
「ええ。これなら一月分くらいは確保できそうです。……望美さん?」
「はい?」
「……いよいよ、明日ですね」  
*...*...* 何度でも呼んで *...*...*
 鬱陶しく降り続いていた長雨も止み、この調子なら明日からの道程は気持ちいいものになるだろうと思える初夏の夜、望美さんは旅の支度に余念がない。
 
「えっと、着替えと、飲み物と、あと途中で簡単に食べられるもの、と。……これでよし。弁慶さん、準備完了です」
「ありがとうございます。以前と違って京の治安もだいぶんよくなってきていますから、必要なものは道中で求めましょう」
「はい!」
 
 望美さんは満面の笑みで僕を見上げてくる。彼女の周りを取り囲む空気まで清浄な輝きに満ちている気がして、僕はふと伸ばしかけた腕を元の位置に戻した。
 
「なんだかね、遠足みたいでわくわくします」
「遠足、ですか?」
「はい。ん−、どう言えばいいかな……。『遠足』はね、近所の同い年の友だちと、いつもなら行かないようなちょっと遠いところに行く、遊びみたいな行事のことです」
 
 普段よりも饒舌になった彼女の唇が、言葉を紡ぐたび艶を増していく。瑞々しいまでの桃色はほのかな灯りの中でもひときわ目を惹く。
 
「遠足は、同じ年に生まれた子どもたちだけで行くんです。だから……。いつも、私と将臣くんが遠足に行くのを譲くんが泣いて追いかけてきて」
「そうですか。そんな譲殿を『可愛い』と評しては、彼に叱られてしまうかな?」
「あはは、そうかも。……お土産を買って渡してもなかなか機嫌が直らなくて。将臣くんは放っておけ、私は可哀相だよ、って最後にはケンカになっちゃって」
 
 ……懐かしいなあ。
 
 望美さんは掠れた声でつぶやいた。
 
 彼女がこの世界に残って約半年。その間、彼女は滅多に元いた世界の話をしたことがなかった。たとえしたとしても楽しい笑い話で終わる内容ばかりで。
 僕はさっき強引に引っ込めた腕を今度は真っ直ぐに彼女に伸ばす。ぴくりと肩が大きく揺れ、僕を見る目が潤んでいる。
 
「……寂しい、ですか?」
「え……?」
「僕と、こうしていても?」
「う、ううん、そんなこと!」
「では、どうしてそんなに目を潤ませているのですか?」
 
 強く袖を引っ張ると、彼女の身体はあっけなく僕の腕の中に収まる。僕の身体の寸法に合わせて誂えたかのような彼女の身体が今は愛しくてたまらない。僕の膝の上、彼女の髪だけがさらりと床を覆う。僕は彼女の髪に指を通すと幾度もその感触を味わった。
 
 待つこと。待つことを楽しむこと。これは僕が彼女から教えてもらったものの一つだと思う。
 抱かれることに控えめだった彼女が、時折我を忘れたかのように乱れること。
 そんな状態の彼女に自身を埋め込み、宥めるように腰を進めること。
 再奥で見つけた彼女の弱点。僕の先端がかすめるたび、彼女はさらに僕を締め付けてくる。
 僕自身からその状態を作り出すのは簡単だけど、──── 今日は、求められたい。僕が彼女を必要だと感じている以上に、彼女にも僕が必要なのだと感じたい。
 
「……弁慶さん、あのね……。私、今、幸せです。きっと幸せすぎて怖いんだと思います」
「望美さん」
「──── 今、もし弁慶さんがいなくなったらどうしよう、って。……や、な、なに……?」
「ふふ。君が安心できるかなと思って。話はちゃんと聞いてますよ?」
 
 僕の手は彼女のしなやかな髪に触れているだけでは足りなくなったらしい。柔らかなふくらみを持ち上げるようにして愛撫を始めた。
 女性のこの部位に触れていたからと言って、男は達するほどの快感に巻き込まれるわけではないけれど、僕は彼女のここに触れるのが好きだった。自分にはないものだからだろうか。それとも少しずつ彼女の強ばりが溶けていくのを見るのが好きだからだろうか。
 
「……君は今日も可愛いですね」
 
 快感から逃げるように彼女は身体を反らす。僕は背中に回した腕に力を入れると、白い首筋から鎖骨へと唇を這わす。僕は明朝の彼女の抗議を予想しながらも、彼女の首を思い切り吸い上げた。
 
「あ……っ」
「簡単に痕が付く身体だから……、僕は止められないんですよ」
 
 肌の薄い彼女首筋から始まり、鎖骨。胸の膨らみ。あらゆる場所に口を付け、朱い印を付けていく。
 今日は僕から求めるのではなく、彼女から求められたい。そう思っていたのに。少しずつ乱れ出す望美さんは美しく、つい我を忘れそうになる。
 
「弁慶、さん……、あの、わ、私……っ」
「どうかしましたか?」
「やぁ……」
 
 華奢な背を腰から肩へと撫で上げる。途中敏感になっている脇腹にも触れる。荒くなった彼女の息を自身に取り込むように吸い上げる。刺激を与えるたびに彼女の腰が僕の腿の上でぴくりと揺れる。
 今までなら彼女のそういう状態を察して、彼女から言われる前に指や舌でなだめてきた。腫れ上がった花芯は指で触れるのが可哀相なほどだったし、ほころび始めた花びらからはとろりと甘い蜜が溢れ、僕の指の侵入を許してくれた。
 そこまでわかっているのに。今夜の僕はおかしい。彼女の困った顔を見て喜んでいる。愉しんでいる。
 手は巧みに彼女の中心を飛び越えて、隙間の空いた膝や痙攣を繰り返すように揺れる腿をさすっている。
 
「弁慶さん……っ。や……」
 
 僕は褥に彼女の身体を横たわらせると内腿や足首にも唇を這わした。彼女の身体はどこも温かく、弾力に満ちていて、愛撫のたびにぴくりと揺れる腰が、僕の行為を許してくれているような気がする。もったりと首を持ち上げてきた二つのふくらみを甘噛みすれば、彼女は泣き出しそうな顔で僕を見上げてきた。
 
「弁慶さん、どうしよう、褥が……」
「ふふ、僕にどうされたいですか?」
「弁慶さんは、ひどい……。わかってて聞くんだもの」
「……僕は君に求められたいですね」
「ん……!」
「君の心も、……身体も、僕を求めていると感じたい」
 
 僕が冗談で言っているのではないことを感じたのだろう。 こくりと彼女の喉が鳴る。
 
「そうしたら自分を認められる気がするんです。……僕はこの世界にいていい人間だって」
「弁慶さんは、どうして、そんな……」
 
 快楽の波に揺られていた彼女は、一瞬痛そうに顔を歪めた。違う。僕は彼女にこんな顔をさせたいんじゃない。
 ようやく平安を取り戻した京を守り続ける。それが僕に課せられた贖罪であり、責任で。そばで一緒に生きていく。そう言ってくれた彼女にこれ以上のことを求めるのは僕の咎だとわかっているのに。愚かな僕の口はさらに愚かなことを口走る。
 
「──── 君にとって僕が必要だと思わせてください」
「弁慶、さん……」
 
 行為を中断するような僕の言動に、彼女はどんな行動に出るだろう。怒るだろうか。呆れるだろうか? 興が逸れたと膨れるだろうか。考えれば考えるほど、どの結果も当然の理だと思えてくる。現に今、腕の中に収まっている身体は自ら揺れるのを止めている。
 彼女の顔を直視できない。どうしようか。明朝の出立が早いから、と言い含めて、このまま彼女を抱きしめて眠ろうか。それとも……? 脳内がせわしなく働き続ける。
 
「望美さん……?」
 
 ふと思考を中断する手の動きに瞼を開ける。細い二本の腕は僕の背中を撫で、小さい子を言い含めるような、母親のような優しい声が耳元で、する。
 
「……私には、弁慶さんが、必要です」
「望美さん?」
「ずっと、ずっと、必要です」
 
 僕の予想のどれでもない答えに改めて彼女の顔を覗き込めば、そこにはあどけない笑顔があった。
 ──── まだ彼女には僕の知り得ない、未知の部分がある。こんな幼さを残した彼女の、一体どこにこんな強さがあるのか。
 愛しさを押し込んで彼女の口内に忍び込む。上下の歯列。弾力のある頬の内側。柔らかな舌を絡めて引っ張れば、彼女は再び腰を揺らし始めた。……もう、止められる自信がない。
 
「弁慶さん、私……」
 
 僕の求めている言葉を察しながらも、どうにも恥ずかしさが抑えられないのだろう。彼女の頬に赤味が走る。
 
「……欲しいの。弁慶さんが、欲しい」
 
 涙目の彼女を焦らすのも難しい。僕は早急に彼女の膝を割ると、甘い香りが立ち始めている中心に指を差し入れる。あっさりと受け入れられた二本の指を前後に揺らすと、彼女はある場所で大きく震えた。
 
「あ……っ」
「これ以上焦らすのは本意ではないけれど……。指でも君のことを味合わせてくださいね」
 
 再奥の、さらに奥。そこが彼女の子を育てる部屋への入り口なのか、他の部位よりも固い場所がある。執拗に指先で擦り上げる。僕の行為を許すかのように蜜が滴って手首にまでやってくる。
 
「君はここが好きですね。……感じてください。恥ずかしいって気持ちを捨てて」
「弁慶、さ、ん……っ。や、……もう、私……っ」
 
 拒絶なのか、賛同なのか。僕の手を覆う形で彼女の手が重なる。
 梅の蕾のような突起に指を当てるとゆっくりと転がすと、やがて彼女は押し流されるように大きな波に乗った。
 指が動かせないくらいに、彼女の内部が締めてくる。
 
「そう……。そんな風に何度でも僕の名を呼んでください。そうすれば……」
(僕は自分を認められる)
 
 君に求められる自分を通して、この世界と繋がれる自分。この世界に必要とされている自分を。  
 とくりと彼女の中が荒い呼吸をするかのように揺れている。彼女の震えが止まるようにと、僕はもう一本を指を滑り込ませた。
 切なげな、それでいて満足げなため息が聞こえる。
 その息さえ愛しくて、僕は幾度も口づけを繰り返した。
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