を抱きかかえながら、淡いブルーの華奢なミュールだけ取り去ると家に入る。
驚きと寂しさが入り交じった声で最初に発した言葉はそれだった。
「えへへ、夏バテ、かな? 残暑、厳しかったしね」
「バカ」
こんなときまで俺を気遣って強がりを言うに呆れる。
きっと俺との電話を聞いていた尽に説得されて、あわてて家を飛び出してきたんだろう。
白っぽい顔に薄いピンクのグロスだけが艶めいて見える。
俺はそのまま2Fの自室に上がると、を横抱きにしたままベットの縁へ腰掛けた。
「……どうして俺のこと、避けてた?」
「えっと、避けてたんじゃないの。あの、わたしもいろいろ忙しくて……」
「もう、キライになった?」
「! そんなことっ」
帰りがいつになるかわからないヤツ。その間一切連絡を取らない、というオトコに恋人と名乗る資格はないのだろう。
── こんなに痩せるほど、心配をかけるヤツには。
「珪くん、……珪くんだ……」
は胸の中で大きく息を吸い込むと、ほどけたようにくしゃっと笑う。
おまえ、この部屋が好き、って言ってたな。珪くんの匂いがいっぱいするから、一番安心する、って。
部屋の主がいなくなったら、当然、匂いも薄くなっていく。
おまえは安心する場所を一つ失うことになるんだよな。
なあ、。
……泣けたら、いいな。こうして、ふたりで。
もう、おまえに会いに行くことが叶わない、と悟った5歳の時のように。
以前より身体が大きくなって、ようやく会えると思った。引っ越してしまったと聞いてからも泣きながら何度も教会に通った幼い頃のように。
せめて今だけは。
おまえにどこまでも感じさせて。辛抱、なんて言葉を忘れさせたい。
寂しいなんて、口にするヒマもないくらいに。
俺は背中に回した手に力を込めながら、細い首に唇を這わす。
すぐに白い肌は湿り気を帯びてくる。
それはかすかに震えて、大したチカラを入れなくても簡単に痕がついた。
「……っん」
耳の付け根を強く噛むと、漏れる声を押さえるように、手の甲を口に当てる。
その切なそうな表情にまた煽られる。
……俺はこれからおまえにどれだけの辛抱をさせるんだろうか?
「我慢するな」
手を口から外させて、華奢な指一本一本を舐め上げる。
「……やっ……っ」
「全部見せろよ。おまえの……」
プチっと小さな音がするスナップを外して、白いキャミソールを脱がす。
身体も、心も。
すべて俺にさらけ出してほしい。
甘い声とともに、白い肢体が俺の前に現れる。
真っ赤に色づいた頂が誘うように立ち上がっている。
「おまえ、こうするの好きだったよな……」
見せつけるように持ち上げるとそのまま思い切り吸い上げる。
柔らかいばかりだったそこもざらついた舌を這わすたびに、確かな芯を持って俺の口の中でふくらみを増す。
「もう、わたし……っ」
いやいやをするように首を揺らす。その声も、吐息さえも逃すのが惜しくて、俺は覆い被さるようにキスをした。
(最低、だよな。俺)
欲しいモノがこうして今手の中にあるというのに。あってもなお泣きたくなる。
鳴くような高い声を上げる。
自分で自分の収拾がつかなくなっているような状態のにつけこんで、
(俺のことだけを感じて欲しい)
まるでエゴのような思いで責め立てる俺。
「……こわい、か?」
の瞳の中に映る自分を見て獣みたいだ、と思う。
── こんな風におまえと果てることばかり考えてる俺は。
(こわいって言ったら止めてやる)
震えが止まらないの中心に指の腹をなぞらせて。
声にならない声をあげているをじわじわと追いつめる。
するとは一瞬目を見開いた後、花が綻ぶように微笑んで。
「こわく、ないよ……? だから……」
「ん?」
「だから、……わたしのこと、覚えてて」
耳元で。消え入りそうな声で言う。
必死にすがりついてくる、熱い身体。
(……愛しい)
自分のことよりなにより、一番に俺のことを考えてくれるヤツ。小さい身体を投げ出して、俺自身を包もうとするヤツ。
ここまでしてくれるヤツに、俺は今までなにをしてやれたのだろう?
俺はの言葉に頷くと、その身体を左右に大きく開いた。
そこはもう、これ以上の愛撫の必要がないほど濡れていて、甘い香りを放っている。
「これだけ濡れてればいい。……いくぞ」
はこくりと頷く。
その様子がまるで今まで信じることを疑ったことがない幼い子どものようで、俺はまた泣きたくなる。
俺はの腰を引き寄せると一気にの中に押し入っていった。
小さな叫び声を上げては細い腕で空をつかもうとする。
そしてその手はやがて俺の肩の上に落ちてきて。でもいつもみたいに俺の首に手を回そうとしないで、むしろ俺の胸を押し返すような形で、一人で快感の波をやり過ごしている。
「……どうした?」
そのいつもとは違う行為に不安になる。顔を見て抱きしめればいいと思っていた。抱き合えばこの思いはほんの少しは解けていくのだと思っていた。
けど、俺との間にある小さな手がふたりの問題を解決するのを拒んでいるかのように思える。
は俺の視線を追って自分の手を見て。そしてバツが悪そうにその手を外すと今度はふわりと俺の両頬を包み込んだ。
「……ちゃんと、見とくの。……珪くんの顔」
「俺の?」
「……見て、覚えておくの。ずっと」
「…………」
「いつもみたいに抱かれちゃうと、珪くんの顔、見えないでしょ?」
恥ずかしそうにそう言って笑う。
別れの時間は迫る。
は寂しいとか、行かないでとか、俺を引き留めるような言葉を一切言わない。
けれど、態度の端々に、いろんなことがあらわれてくる。
俺の名前を呼ぶ声に。見つめ続けたら泣き出しそうな視線に。
それらひとつひとつの行為が、今日が最後だと言わんばかりの優しさに満ちていて、または、一つの決別の形態のようにも見せていて。
「……あとでイヤってほど見せてやる。……だから今は、ここ」
俺はの腕を首に絡ませると、さらに腰を進めた。
*...*...*
「今日はね、ずっと寝ないで珪くんとお話するんだ〜」なんて言ってたくせに、は安心しきったように俺の横で肩を丸めて眠っている。
よほど疲れたのか、むき出しの肩に口付けてもピクリともしない。
の自宅に行こうとして。家を飛び出したら思いもかけず尽がおまえを連れてきて。
まともな話もしないまま、今、こうしてひとつの空間にふたりでいる。
言いたいことはたくさんあっただろうに、何もかも押し込んで。
強い、ヤツ。
強くて、でも本当はとてももろくて。
「!」
俺はの首の下に腕を滑らせて、そのひんやりとした感触に驚く。
の頬を伝うもの。目の端に浮かぶもの。すべてを吸い取っていたつもりだったのに、それは俺の思い過ごし、で。
ほろほろと流れ続けたものは頬を伝って、耳下の髪までしっとりと潤わせている。
やるせない気持ちの中に、確かに息づくものがある。
(強く、なる)
おまえと、おまえの涙が教えてくれたんだ。
信じ合うことも。自分の気持ちの伝え方も、愛し方も。
これほど愛された、という思いが俺の中にあるから、俺はこの道を突き進むことができるのだろう。今の自分があるんだ。
今、おまえのために俺ができること。それは、いったい、なんなのだろう。
視線が、走る。
なにか、できることはないのか? ……今、ここで。
おまえが一瞬でも、安心できること。
俺は手を伸ばすとあるものを手に取った。