重みに耐え切れなくなったのだろう。
 空は、雪から雨に形を変えて、淡々と自身を降らし続けている。
 白すぎる雪の上、細かな雨脚が無数の孔を作っていく。
 おれは音を立ててカーテンを閉めると、ほっとため息をついた。

『香穂ちゃん、疲れたでしょう? 先にシャワーを浴びておいでよ』

 おれの言葉にピクリと肩を震わせていた香穂ちゃんは今、バスルームにいる。

『……今日はこれくらいで自分を押さえておこうと思って』

 なんて言った自分に呆れる。
 雨の音に紛れて、香穂ちゃんの肌を伝ったであろう水滴の音が、部屋中にこだましている。

 ── おれは今日、我慢ができるかな。
 あの子を、壊さないまま家に帰すことができるのかな。
 
*...*...* Ribbon 1 *...*...*
「ありがとうございました。先に使わせてもらいました」

 ホテルのガウンをまとった香穂ちゃんは、クリーム色のタオルで髪を包んでやってきた。
 上気した頬の色とは対照的に、ほっそりと白いうなじが露わになっている。
 ドキリ、と、おれの胸が慌てた音を立てているのがわかった。

 おれは、男ばかりの3人兄弟で。
 年の離れた弟2人は野球に夢中なせいか、すっきりと短い髪をしてるし。
 おれ自身は、弟たちより長いとはいっても、香穂ちゃんみたいに髪の毛をまとめたりするほどじゃない。

 そうか。女の子って長い髪をそうやって毎日メンテしてるんだ。
 でも多分、『メンテ』って、楽器に対するような言い方は、的はずれだ。
 もっと女の子らしい、ふさわしい言葉があるに違いない。

 女の子って、こんな風にして毎日少しずつ綺麗になっていくんだ。

「あの……」
「うん? どうしたの? 香穂ちゃん」

 おろおろと右へ左へと視線を動かしていた香穂ちゃんは、居たたまれないような表情でおれを見上げた。

「あの……。恥ずかしいから、そんなに見ないで? お願いします」
「どうして? 好きな女の子って、おれはどれだけでも見ていたいけど」
「はい。だ、だけど」
「ほら、おいで?」

 おれは返事も聞かずに香穂ちゃんの手を引っ張ると、そのままベッドに押し倒した。
 押し倒す、なんて、今まで小説の中の作り話だ、なんて思っていたのに。
 この子の前じゃ、考える余裕なんてどこにもない。
 ウィーンのコンクールでファイナルに進んだときだって感じたことのなかった緊張感が、身体中を駆け巡っている。

「香穂ちゃん……」

 どこに触れても柔らかい身体は、男のおれとは全然違っていて、怖いくらいだ。
 大切に扱わなくちゃ、簡単に壊れてしまいそうで。

『楽器の中の貴婦人』

 数ある楽器の中で、ヴァイオリンはその繊細さと優雅なフォルムから、そう評されている。
 だとしたら、おれは香穂ちゃんのことを、大事なヴァイオリンに触れるのと同じように、接すればいいのかな?

 おれの性急な動きが怖くなったのか、香穂ちゃんは必死に自分とおれとの間に手を入れて押し返してくる。

「あ、あの。さっき、王崎先輩、『今日は、しない』って……」
「うん。最後まではしない……、つもり。ちょっと苦しいけどね」
「はい……」

 香穂ちゃんは、憂いを含んだ表情で俺の目を覗き込む。

 ── おかしなものだよね。
 香穂ちゃんの笑ってる顔が1番好きだ、って知ってるのに。
 こんな風に、不安そうに頼ってくる表情がたまらない、なんて思ったら。
 もっとこんな香穂ちゃんが見たいから、って、おれは今自分がしてる行為を正当化してしまいそうな気がする。

 おれは香穂ちゃんの頬に口づけると、以前から考えていたことを告げた。

「きみのこと抱きたいけど。100パーセントの避妊はないっていうし。
 今、もしそうなったとき、おれはきみのそばにいてあげられないでしょう? だから今日は辛抱するよ」
「ありがとう、ございます。……ごめんなさい。まだ、なんだか不安で」

 ほっとしたような声とともに香穂ちゃんの身体から抗う力が抜けていく。

 考えすぎって言われるかも、だけど。
 クリスマスとお正月が過ぎたら、おれはまたウィーンへ戻り、香穂ちゃんは残り数ヶ月の高校生活を送る。
 これから先、4ヶ月くらいは会えない日が続く、から。
 そんなときに、香穂ちゃんに不安な思いをさせるのは、おれの方がイヤだ、って思ってしまう。

「だけど、ごめんね。今日はわがままを言わせて?」
「王崎先輩……?」
「香穂ちゃんを感じたい。── 触れても、いい?」

 頬に口づけて、手を重ねる。
 おれよりもずっと小さい掌と、それに続く細い指。
 ここから、香穂ちゃんの音楽が生まれるんだ。

 リリがいなかったら。
 香穂ちゃんがヴァイオリニストじゃなかったら。
 今のおれは香穂ちゃんにここまでの感情を持っていたかどうかわからない。

 世界にたった1つしかない、香穂ちゃんの指。
 おれは改めてその場所に口付ける。
 ── 返ってくるぬくもりに、幸せを感じながら。

「いいかな?」

 声に出して肯定の返事をするのが恥ずかしかったのか、香穂ちゃんはかすかに首を縦に振った。

 おれは恭しくガウンの前を広げると、香穂ちゃんの胸に口付けていった。

 石鹸の優しい香りがベッド中に広がる。
 2本の鎖骨が、まるで華奢な装飾品のように、香穂ちゃんの身体を飾っている。
 続く肩も薄く細く、おれは、ヴァイオリンが軽い楽器で良かったと心から思った。

 香穂ちゃんの骨格を覆う柔らかな肌は、瑞々しく、弾力があった。
 おれは、自分にはないふくらみをそっと持ち上げると、いただきを口に含んだ。

「ひゃ……っ」
「すごく可愛いよ。甘い味がする」
「そう、なんですか? んっ……」

 香穂ちゃんが敏感なのか。それとも女の子は誰でもそういうものなのか。
 ざらついたおれの舌を動かすたび、香穂ちゃんは小さな声を上げた。
 はらりと頭を覆っていたタオルが落ちる。
 お風呂上がりに髪につけたのだろう。
 髪の毛の一部は後ろで結わえられ、白いサテンのリボンが揺れている。

 何度も吸い上げては、手を離さないおれを不思議に思ったのだろう。
 香穂ちゃんは震える声で尋ねてきた。

「あ、あの! こういうことって、他の人もしてるんでしょうか……?」
「さあ、どうだろう?」
「王崎先輩?」
「おれはきみが初めてだから。ゆっくり可愛がってあげたいし」
「で、でも、なんだか、なんだか!」
「熱い?」
「分からない、です。だけど……」

 唇への口づけと、胸への愛撫。
 ただ、怖がらないように、痛がらせないように、と進んでいった行為に、
 香穂ちゃんの頬は、熱にうなされているかのように真っ赤になっている。

「あ……っ」

 堅く立ち上がってくるいただき。弓なりになる白い身体。
 おれは浮き上がった香穂ちゃんの背中に両手を差し込むと、赤味を増した実をついばんだ。

「気持ちいいの? じゃあもっとしてあげる」

 しっとりと湿り気の増した身体を抱きかかえて、おれはそっと舌を這わせ続ける。
 甘い声を響かせる香穂ちゃんは、ただただ可愛くて、どれだけ見てても見飽きることがなかった。

「あ、あの……っ」
「ん?」

 自身の猛りを押さえることができなくて、そのままにしていたら、香穂ちゃんは違和感を覚えたのだろう。
 困ったように身体をよじると、どうしたら、いいの? と小声で聞いてくる。
 そんな様子も愛しくて、おれは少しだけ身体を離した。



「ああ、これ? 気にしなくていいよ。……そのうちゆっくり教えてあげるから」

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