*...*...* Three 1 *...*...*
 俺は理事長室へと足を向けながら、昨日の吉羅とのやりとりを思い出してみる。

 秋が少しずつ深まりつつある季節。
 ここ森の広場も、少しずつ立ち枯れの風情を見せている。
 あいつは来年度の予算が締結したとかで、いつもより軽快な口調で話しかけてきて。
 俺はといえば、相変わらず最低限のことを最短でやる、というふざけた目標を立てていた教師だからな。
 毎度、どんな時もノンキなもので。

 なんだ? 仕事が順調な男というのは、女の方も順調なのか。
 行きつけの小さなダーツバーで、吉羅はいつになく饒舌に日野のことを話し始めた。
 日野の可愛さ。素直さ。音楽への熱意。
 2人でいるときにはどんな風に甘えてくるのか。
 って、女の顔を知らないときは、こんな話もふんふんと聞けたもんだが。
 相手の顔も性格も知っているヤツとなると、よこしまな考えに向かうたび、方向修正しなきゃいけないのが厄介だ。

「金澤さんもそろそろ落ち着いてはいかがですか?」
「ははっ。よく言うぜ? 自分が順調だからって他人が順調とは限らないだろ?」

 カウントアップという簡単なゲームで、吉羅が投げる緑の矢は確実に点数を増やしていく。
 後攻の俺の赤い矢は、緑の矢を引き立てるかのようにふらふらと周囲に散っていく。

「かーー。また俺の負けってか。今日はツいてないぜ」

 圧倒的な点数差で3勝した吉羅は、よほど嬉しかったのだろう。それでも口先だけは淡々と結果だけを告げる。

「……また私の勝ちでしたね」
「あーあー。どうせ俺の負けだよ。なんだ? 仕事も順調、女も順調。
 それでもって勝負事も順調なんて、そんなヤツ、実際いるんだなー」
「……金澤先輩はいつも『本気』というのものを出さない。
 本来の実力の半分くらいで諦めるからタチが悪いんです」
「はは、それはお前の買いかぶりだっての。さて、もうそろそろ引き上げるか?」

 掛け時計は12時を軽く回って、2時の前。
 客が今、自分が置かれている時刻を知って、酔いが醒めるのを避けるためだろう。
 バーの時計は、黒い背面の上、糸のような細い短針と長針がウロウロしている。
 こんな非実用的な商品が、なるほど、こんなときにはきわめて有効っていうことか。

 目を凝らしながら考える。
 明日、いや、今日か。今日の予定は……、特にない。
 渓流釣りに行こうかと思っていたが、天気予報が面白くなくて諦めたんだった。
 俺は色を失った水割りを一気に飲むと、肩で息をする。
 深酔いはしてないようだが、ちょっと床が回って見える。

「いいえ、金澤先輩。私とラストゲーム、と行きましょう」
「は? 吉羅?」
「最後にもう1度だけ勝負しましょう。お互い1番大切なものを賭けの景品にするというのはいかがですか?」
「って、まだやるのかよ?」
「ええ。これで、最後ですから。……私は香穂子を景品として出しましょう。金澤先輩は?」
「は? って、言ったろ? 俺は、お前みたいに賭けるモノはねえよ。……あ、賭けるなら猫のウメさんくらいか」
「金澤先輩」

 ぴりりと吉羅の口調が厳しくなって、俺は我に返る。
 もうそろそろお開き時、ってのもあるしな。ここはとっとと終わらせるか。
 なにか、あったか……。なにか。俺の1番大切なモノ。

 冷静な風を装っているものの、吉羅もかなりのピッチで飲んでいたから、相当参っているのだろう。
 いつもより数段湿り気を増した声で絡んでくる。

「私ばかり、というのはフェアではありませんから。金澤先輩も出してもらわないことには、条件が同じにはならない。
 私は、そうだな。1日、香穂子を自由にする権利、と言ったところでしょうか」
「よし、じゃあ、今度都内にやってくる『椿姫』のプレミアチケット。それでどうだ?」
「いいでしょう。では私からやりますよ」

 そう言って吉羅は鋭い目つきでダーツボードの方向に目を向けた。
*...*...*
「やれやれ……。やっぱ、なんだ? あいつにハッキリ言ってやるか。今回のことは水に流そうってな」

 俺はポケットに入れっぱなしになっていた腕時計に目を落とすと時間を確認する。
 夕方18時、5分前。
 この前妹から『最近の流行なのよ?』と言って渡されたデジタル時計。
 なるほど、秒数まで大きな字体で出てくるが。
 3分前、だとか、8分後、のような、曖昧な時刻の角度までは知らせてくれない。
 俺はため息をつきながら白衣のポケットに押し込むと、もう片方のポケットから古びた時計を取り出す。

「くたびれた俺には、やっぱコレがピッタリ、ってか」

 そしてガラス面にハァーっと息を吹きかけると、白衣の端で丁寧にこすった。
 イタリアの年代物。今度壊れたら部品がないって言われているがどうにも手放せない。
 って別に俺が、この時計をくれた過去の女に未練があるってワケじゃないんだが。

「おーい。吉羅、いるのか?」

 軽くノックをして、2回。
 耳を澄ましても、吉羅の気配はない。
 ま、あいつの気が変わってくれるならこっちはこっちで助かるってもんだ。

『約束は約束だ。1日、金澤先輩に香穂子を好きにする権利をあげましょう』
『って、お前さん、待ってっての。あんな賭けは冗談だ。ジョークだ。気にすんなよ』
『いいえ。それでは私の気が済まない。香穂子にはよく言い聞かせておきますから』
『って、人のオンナを好きにしていいって言われても、一体どうしろっていうんだ?
 まさか抱くわけにもいかんだろ?』
『──── 言いましたよね。香穂子を金澤先輩の好きにしていいと』

 そうさな。あれは吉羅の売り言葉。いくら押し売りされたからって、俺が買うこともない。

 改めて時計を覗き込む。
 嫌々歩いてきたからだろう。
 普段なら森の広場から校舎まで、5分くらいで辿り着けるのに、今日は7分と少し。
 直立していた分針は少しずつ傾き始めている。

 吉羅との待ち合わせは6時、理事長室。
 お互い酔っぱらったときの約束だが、日にちも時間も、場所も間違っていない、か。
 ……ま、あの賭けの話が冗談なら、俺はそれでいいんだ。

「ったく、吉羅、いるのか? 入るぞ〜」

 後ろ手にドアを閉め、改めて理事長室をぐるりと見回す。
 大きな一枚板の机。
 几帳面な性格のあいつらしく、3本のペンはペン立ての中、真っ直ぐに天井に向いている。
 横には、来客用か? 3人掛けのソファーが2つ。小振りなテーブルを囲むように配置されている。

 部屋の端にあるコート掛けに、男物のコートと、女生徒用のコート。
 これは、日野、か? ……が、寄り添うように掛けられている。
 配置のせいか、まるで吉羅が香穂子を抱きかかえているような形に、おやおやと俺は眼を細める。
 ったく人間ってさ、いろんな想像ができてしまう動物なんだよな。

「……ん? なんだ、これ。こんなのあったか?」

 ちょうど死角になっている部屋の角に、今まで俺が知らなかった細身のドアが付いている。
 その奥から小さな布擦れの音が聞こえたような気がして、俺はそっとドアを開けた。
*...*...*
「お前、たち……?」

 小さな明かり取りの窓から晩秋の夕陽が見える。
 理事長室に、こんな部屋があったのか? それとも吉羅が理事に就任してから作ったのか。
 いや、そんなことはどうでもいい。
 今、俺の目の前では、2つの肉体がなにかの儀式のような敬虔さで交わっていた。

「……金澤さん、遅かったですね。私たちは先に始めていましたよ」
「……金澤、さん? ……金澤、先生……?」

 2人の中のどんなルールかは分からないが。
 日野とおぼしき女生徒は恥じらいを隠すためか助長させるためか、白い目隠しをされている。

 別に、この年になれば、高校の時ほど、オンナが欲しいとは思わなくなる。
 そんな自分の状態にある程度の自信もあった。諦めもあった。
 だから、別に賭けの話を鵜呑みにする気もなかった。

 なのに……。

 乱れた制服のまま吉羅に抱かれて顔を歪ませている日野は、いけないモノを見てしまった罪悪感と背徳に満ちている。
 柔らかそうな胸が吉羅のそれに当たって、思いのままに形を変える。
 熟れたイチゴのように色づいた頂きは、ますます固くなり突き出してきた。

「金澤さん、……ここに、早く」

 吉羅は繋がったまま、座位の格好になって日野を抱きかかえると、小さな隙間を目で示して、そこに座れと言う。
 このときの俺は何かに操られるように、言われるがままの場所に脚を進めた。
 日野の匂いだろうか? って若い女ってのは汗さえもこんな甘い匂いがするのか。
 息をするたび、自身のモノが勢いよく立ち上がっていく。

「……香穂子は、……私のだけでは足りないようでね」
「あーー。もうわかったよ。俺にどうしろって?」
「下の方は私が。上は……、金澤さんに」

 細い腰を掴み、吉羅は自分のいいところに日野をあてがおうとゆるゆると腰を揺する。
 時折奥を突かれるのか、日野は声を出すのも辛そうに身体を震わせる。
 俺は背後から日野を抱きかかえる形になると、露わになった肩の線を噛み始めた。
 真っ白な肌の上、面白いように俺の歯形が付いていった。

「あ……。や。あ、熱い……」
「お前さんさー。お前さんの恋人によーーっく言っとけっての。大事な恋人を賭けの景品にすんな、ってさ」
「けい、ひん……?」

 日野の背後から、もったりと持ち上がった胸を可愛がる。
 ふわふわと柔らかくて瑞々しくて。
 そういえば、こいつの誕生日っていつだった?
 今は高3。18歳か、17歳……。ホントだったら抱ける歳じゃないよなあ。

「……先日私は、ちょっとしたゲームに負けてしまってね」
「吉羅さん……? あ、そこ……っ」
「そうか。君は感じるのに忙しくて、私の話など聞いていられないだろうな」

 吉羅は最期が近いのか、日野の中へ強引に抜き差しを繰り返す。
 日野はといえば、吉羅のペースが速すぎて追いかけるのに精一杯、というところか。

「日野」
「ん……」

 乱れた息の中、日野は俺の声のする方へ顔を向けた。

「……お前は、感じることだけ考えてろ」

 赤くなった耳朶を舐めながらそういうと、俺は日野と吉羅が繋がっている部分のスグ上にある突起に人差し指をあてた。

「や……。そこは……!!」
「いいぜ? 吉羅、動いても」

 よりいっそう勢いを増して吉羅自身が入っていく。
 丸く、弧を描くように。優しく。そう、これはアンダンテのリズムだ。
 より腫れたように膨らんだ日野の突起を宥めるように、指を動かす。
 お互いの終焉が近いのだろう。
 吉羅と日野のブレスの隙間がなくなっていく。
 直立に立ち上がった俺のモノは、日野の尻にぶつかっては先端を濡らしていった。

「そろそろだ、香穂子」
「……一緒、に。私……っ、もう、待てない」

 最奥を貫かれながら、突起を弄られることは初めてだったのか?
 日野は全身をピンク色に染めて果てる。
 吉羅はといえば、日野が果てるのを見届けたあと、2、3度腰を振って日野の中で自身の生を吐き出した。
 

「お待たせしました。……次は金澤さんがどうぞ」

 男ってのは盛り上がるのも早いが冷めるのも早い性なんだよな。
 日野がまだ全身を震わせているっていうのに、吉羅は腰にタオルを巻いた姿でベッドから離れる。
 って、こうやって余韻が残ってる女ってのは。
 ──── 自分がその女を好きな場合に限って、だが────  すごく愛しいモノなんだが。
 吉羅には、そんな女に寄り添うだとか、身体に触れる、という考えはないのか。
 はたまた、俺への遠慮があるのか、
 日野の髪を一度だけ撫でると、場所を移動する。

「って、俺は、パスだ。ここまでやっといてなんだが、人の持ち物に手を出すのはナシだろう?」
「私がかまわないと言っています」
「断る。入れるのはちょっとな。こいつの合意が取れてないだろ?」
「ほう。金澤先輩がそんなに繊細な人間だったとは私は知りませんでした」
「これでも俺、女とは合意なしにソウイウコトはしないようにしてるんだぜ? 一応」
「……それはそれは」
「ってお前、俺の言うこと信じてないだろ」

 日野はこのときになってようやく、ハズれかけていた白い目隠しを取る。
 そして、吉羅を見、俺を見て、弾けるような素早さで近くにあったシーツを手繰りを寄せた。


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