*...*...* Gelato 2 *...*...*
「……というわけなんです。すっごく楽しかったです。それにとても美味しかったです」軽く夕食を取った帰り道。
店を出たのは9時少し前だったから、今は9時を回ったところだろうか。
首都高は週末のせいか、トラックが地響きを上げて私の後を追ってくる。
助手席で香穂子は、ここ数日の出来事を楽しそうに話している。
とはいえ、人の記憶は曖昧な存在で、どんなに悲しいことも、またどんなに喜ばしいことも永遠に続くものではなく、
一昨日より昨日、昨日より今日の思い出が、上書きされるシステムになっているのだろう。
今夜の香穂子の話はといえば、昼休み、クラスメイトと学院を抜け出しジェラートを食べたという話題ばかりだった。
「私は、グレープフルーツの、加地くんは、なんだっけ、その、赤いオレンジの……。
あれ? どうしてオレンジなのに赤いんだろう……。確かブラッディオレンジ、って言っていたような」
「ブラッド(Blood)。血液、という意味から来ているのだろう。
ブラッディマリーというカクテルもある。もっともあれはトマトジュースがベースだったか」
「そうなんですね! そっか、血の色、って意味なんだ」
香穂子は言葉の意味を反芻するように何度か頷くと、首都高を流れていく光の線に目をやっている。
……やれやれ。今日はそれほどこの愛車を走らせるつもりはなかったのだが。
オレンジ色に光るメーターはすでに私の求める速度を振り切って、私の挙動を見守っている。
「少し、これを走らせる」
「え? もっと、ですか?」
「なにか問題でも?」
「吉羅さんが運転が上手なのは知ってるけど。……あまり速いのは……」
立て続けに、そしてやや強引に車線を替えることを不安に思っているのだろう。
香穂子はギアを持つ私の手にそっと触れる。
「そう言うのなら、君も私と一緒に運転すればいい」
私は香穂子の手をギアの上に置くと、上から自分の手をかぶせる。
夏だというのに、ひんやりとした香穂子の手は白い。
指から手、手から肘、肩へと繋がる身体が、こんな状況だというのに、無性に欲しくなる。
「あ、考えてみれば、理事長に、学院を抜け出した、ってお話をするのってよくなかったかも」
「いや。楽しかったようでなにより。だけど正直、君の話を聞いて、面白くないと思うのも真実かもしれない」
「面白くない、ですか?」
同級生。クラスメイト。
残念なことに私は、彼女が無邪気に口の端に載せた言葉のカテゴリー内に存在していない。
もっとも、恋人としてこの子の1番近くにいる、という認識はある。
だが、その小憎たらしいクラスメイトが、香穂子の身体を思うがままにできないように、
私も、香穂子と共に怠惰な昼休みを過ごすことはできない。
ましてや、2人して学院を抜け出すなどありえないのだ。
先ほど香穂子と行った、イタリアンの店を思い出す。
オーナーシェフは誇らしげに鼻をひくつかせながら、我々に出す料理の説明をしていたが。
どれだけ凝った高価な料理も、夏の正午のジェラートのシンプルさには適わない。
車内の狭さも手伝ってか、私の不機嫌さが香穂子まで伝わったのだろう。
香穂子は はっとしたように私の横顔を見つめると、申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「ごめんなさい……。そっか、すごく美味しかったから、吉羅さんも食べたいですよね。ジェラート」
「は?」
「じゃあ、今から一緒に行きましょうか? そのジェラート屋さんに!」
「香穂子、そうではない」
「あ、営業時間ってどうなってたかな……。あれ? 今って、もう、8時過ぎてますよね。もう閉まってるかな?」
この子は、こと音楽やヴァイオリンにかけては、素晴らしいとも言える勘の良さを示すのに、男女の仲には、とんと疎い。
いや、この考えは私の気の回しすぎに過ぎなくて。
香穂子は一緒にジェラートを食べた男をただのクラスメイトだと捉えているからこそ、こんな風に私に話をしたりするのだろうか。
私の不機嫌は、香穂子と同じ時間を共有したクラスメイトにある。
なのに香穂子は、そのジェラートやらを食べられなかった私が残念がっているとでも思っているのか。
──── まったく、幼い。
だけど、この子の身体はいつも敏感に私の愛撫に応える。
私は、そんなギャップに惹かれてると言ってもいい。
『吉羅。お前さんよー。10歳以上も年下の、しかも商品に手出すなんて犯罪だぞ? わかってるのか〜?』
『……それを言うなら、彼女に惹かれていた金澤先輩も、私と同類項、ということになりますが』
わからない。
私は、ただの愛玩物のように彼女を可愛がっているのか。
それとも、彼女のヴァイオリンをパトロネージし、この星奏学院の繁栄を願っているのか。
ただ1つ、言えること。
──── 音楽というフェイズの彼女も、音楽以外のフェイズの彼女も、どちらも私にとってはかけがえのない存在だということだ。
「私、今度、そのお店の営業時間を調べておきますね。……って、どうして吉羅さん、笑ってるんですかーー」
「いや。今日、また新しい君を知り得たと思ってね」
私の車は、小さなホテルの入り口に吸い込まれるように入っていった。
*...*...*
「今日は大丈夫だろうか?」「はい……。大丈夫、です」
月に1度。お互いの都合を照らし合わせて、私と香穂子とは朝まで一緒の時間を過ごしていた。
もっと頻繁に会いたい、という気持ちはないわけではなかったが。
香穂子も来週のコンクールに向けて忙しい時間を過ごしていたし。
私はといえば、次々と沸いて出てくる雑事に時間を奪われてばかりだった。
だが、時間と仕事量というのは必ずしも比例するものではないことも知っている。
香穂子に会える。その目的がある1週間は、いつにもまして仕事が捗るのがその証拠だ。
「あの、……汗をかいたみたいなので、私……」
「かまわない。今日はそのままの君を感じたい」
「吉羅さん。あの、どうしたんですか? 今日はなんだかヘンですよ」
「シャワーなど浴びたら、君の香りが消えてしまうだろう」
私はネクタイの結び目をゆるめると、まだ部屋の入り口にいた香穂子の手を引き、自分の腕の中に納める。
そして、部屋の隅で存在を消していたベッドに彼女をいざなった。
「私ももう少し、余裕のある男だと思っていたのだがね。どうやらそうでもないらしい」
「はい?」
「……君のクラスメイトが授業を受けている君を見ていられるように、私も私にしか見ることができない君を堪能させてもらう」
「あ……」
ようやく私の不機嫌な理由に合点がいったのだろう。
香穂子は恥ずかしそうにかぶりを振ると、私の胸を押しのけようとする。
「そんな……、加地くんはただのクラスメイトです。ヴィオラをやっているから、いろいろ助言もくれて、それで」
「ベッドの上で、他の男の名前を聞くとは思わなかった。……今の私がどうなっているか、君もわかっているだろう?」
私は香穂子の手を握ると自分の中心へと持っていく。
さっき車を運転していたときにギアを持たせた動作とよく似ている。
だが、無機質のあれとは違う私の身体は、香穂子が触れたことでなおいっそう硬く立ち上がった。
日頃私のものに触れたことのない香穂子は、怯えたように手を引っ込めようとする。
「つれないな。いつも君の中に入って君を喜ばせているものに対して」
「吉羅さん……」
「君が好きだ」
彼女の耳朶をゆっくりと舐めながら、私はそめそめと言葉を繋ぐ。
少し前。まだ春浅い頃、私はこの子に対して決めたことがある。
言葉の出し惜しみはやめよう、と。
浮かんでくる言葉のすべてを伝えよう、と。
──── 年の差や、学院内での立場。そんな些細なことで彼女が2度と不安にならないように。
「私も、吉羅さんが好き……。すごく、好き」
徐々に抵抗が弱ってくる身体の上に乗ると、私は始まりの合図のように、香穂子の胸のタイを取り去った。
「だけど、……よくわからないです。どうしてそんなに吉羅さんが私のことを、……その、気にかけてくれてるのか」
はだけたシャツの合間から見える肌は白く、うっすらと上気している。
下着を取り去ると、そこからは真っ赤に色づいた頂きが見えた。
Bloody。血の色。
白すぎる身体はどこか人形めいて儚いのに、頂きだけは、私の愛撫に敏感に反応して、薄桃色から血の色になって立ち上がる。
私は量感のある彼女の胸を手のうちに収めると、ゆっくりと指先に力を入れた。
私の愛撫を頻繁に受ける彼女の左胸は、右のそれと比べて、一回り以上も大きくなっている。
「ん……っ」
「私は君の前では素直になると決めたんだ。だから君も、素直に言ってくれてかまわない」
「素直に……?」
「気持ち、いいのだろう? 私にこんなことをされると」
なかなか口では言い出せない香穂子は、気持ちよくなると、そっと私に身体をすり寄せる。
私の口の中にすっぽりと入っている頂きが堅さを増すにつれ、香穂子は弓なりになって私に恥部を押しつけてきた。
日頃決して見せてはくれない彼女の秘部は、どんな色をしているのだろう。
血の色より朱いのか。それとも、彼女の性格そのものの、あどけない淡い色をしているのだろうか?
私は彼女の両足の間に身体を滑り込ませると、2本の脚を天井に突き上げる。
「……吉羅さん、止めて、お願い……っ」
「どうして?」
「恥ずかしい、です」
「……全部、見せてくれ」
そして明かりの元、ゆっくりと彼女の秘部と、甘やかな香りを追いかけた。