街の喧噪に、どこか華やかな色が混ざる12月。
 以前は特にどうといった感情も浮かばなかったこの季節が、どういうわけか今年は胸に迫ってくる。
 ──── 彼女と近しい間柄になって、かれこれ今月で1年が経とうとしている。  
*...*...* Joy 1 *...*...*
「……これでひとまず終わり、か」
 
 私はこめかみに指を当てると、はらりと落ちてきた前髪を後ろに追いやる。
 23時40分。
 まったく。この学院というのは理事という職権を酷使しすぎなのではないか?
 『理事職の勤務形態の改善と要望』という議事案でも、来年の理事会の草案に盛り込んでやろうか。
 
 すっかり冷め切ったコーヒーを飲み干し、窓の外を見る。
 知らぬ間に雪が降ったのだろう。冬枯れの桜の枝には、季節外れの白い花が咲いているようだ。
 
『お前さんさぁ、仕事は逃げないけど、オンナってのはイベントすっぽかすととっとと逃げちまうぜ?
 『だって寂しかったんだもの』とかなんとか言ってさ』
 
 取り立てて自分自身のスケジュールをおおっぴらに告げたことはなかったが。
 公人として、私の学院関係のスケジュールはすべて職員室のホワイトボードに書き連ねられている。
 平日の夜のみならず土日の夕方も詰まっている予定を見て、金澤さんはなにか感じるものがあったのだろう。
 今日の夕方、ひょっこり理事長室に顔を出した。
 
「それはそれは。金澤先生、経験談のご披露をありがとうございます」
「ってか、違うだろ? 相変わらず余裕たっぷりで面白みにかけるヤツだなー」
「学生時代を知っている間柄というのはいいものですね。自分を取り繕う必要もない」
「だーー。うるさいうるさい! まあ、お前たちのことにイチイチ口出す俺もどうかと思うがね。……見たんだよ」
「は?」
「……お前さんの秘蔵っ子の様子だよ」
 
 辛抱強く金澤さんの話を聞いていると、どうやら香穂子は、放課後の教室や、下校近くの音楽室、講堂で、何人もの男子から声をかけられたり、小さな贈り物を押しつけられたりしている、らしい。
 
「それで? 彼女の行動に何か問題でも?」
「いや、なにもない。あいつが悪いワケでもないだろうに、相手の男に律儀に断って、謝って、ジ・エンドだ」
「では、なにも問題ないのでは?」
「いや、俺は老婆心としてだなぁ。……あいつはいいヤツだよ。一生懸命で、真っ直ぐで。
 浮気とか、そういうのもしなさそうだ。だが、あいつが持ってて、俺たちにないものってなんだと思う?」
「……さあ。考えたこともないですね。逆に、我々が持っていて彼女が持っていないものの方が多いでしょうに」
「『若さ』だよ」
 
 金澤さんはあっさり言い捨てると、理事長室を見回す。
 そして目的のものがないことを知ると、つまらなそうに煙草が入っている左ポケットを指で弾いた。
 
「『若さ』ってのは可能性を示す指標である代わりに、危なっかしさの指標でもある。
 ……なんてエラそうなことを俺は思ってる。ま、自戒を込めて、かもしれんが」
 
 私が星奏に来て、1年と少し。
 金澤さんは、私立高校の一介の音楽教師であることに、不満などを言うところを聞いたことはない。
 だが、金澤先輩よりもむしろ私が、時折歯がゆくなるときがある。
 ふとした折りに見せる表情。低音の張りのある声。音楽に向ける独特なユニークな考えを知ったとき。
 ──── コンクールメンバーの中で、金澤先輩は誰よりも才能のある人だったから。
 
「って、お前さんなに笑ってんだよ。もう少し、慌てるとかだな、驚くとかだなー」
 
 私の反応が想像以上につまらないものだったのだろう。
 金澤さんは明らかに不満げな顔をしている。
 ひょうきんなその顔を見ていると、浮かんでくる皮肉さえ、喉の奥に引っ込めたくなる。
 私は微苦笑を浮かべると金澤さんのコーヒーを淹れるために立ち上がった。
 
「……金澤先輩、お気遣い、感謝します」
*...*...*
 12月に入ったばかりの日曜、私は珍しく休日に香穂子を呼び出すと、ドライブに誘った。
 香穂子は高3。受験生であることも考えて、なるべく平日に会えるようにやりくりしていたが、この季節は忘年会という名の会議が立て続いていて、なかなか自由な時間が取れない。
 今日も久しぶりに会えたというのに、夕方からまた会合がある。
 トランクに押し込んだ正装が、車の振動に共鳴するようにカタカタと憂鬱なスケジュールを知らせてくる。
 
 細切れの時間であっても、少しでもいい。彼女に会いたい。
 どうすればもっと私は満足できるのだろう。
 彼女に触れて、彼女の香りを感じて。気持ちを確認し合うこと。
 それが私のいうところの『満足』の指標に繋がるのだろうか。
 
 香穂子はクリーム色のモヘアのセーター。それに、ベロアって言うんです、と、この前教えてもらったか。
 光沢のあるベージュの短いスカートを身につけている。
 日頃制服ばかり見ているからか、彼女の私服はそれだけで愛らしい。
 
「すまない。ここのところ仕事が立て込んでいて、次に会えるのは2週間先になりそうだ。
 ちょうどクリスマスくらいのころだろうか」
「そう、ですか……」
 
 口では否定的な言葉を返さないものの、助手席の気配は明らかに落ち込んでいる。
 ──── 『若さ』、か。
 金澤さんの言葉がこんなときにひょいと顔を出す。
 自分はもう通り過ぎてしまった十代をこの子は生きていて。
 恋人と過ごす時間というのを、私よりも大きく捉えているのかも知れない。
 私自身も香穂子の気持ちに負けているとは思わないが、どうにも大人の しがらみからは逃げられない。
 
「君はクリスマスになにか欲しいものはないのかね?」
「うーん……。今までたくさんいただいたから、特に……。あ、そうだ、吉羅さんは?」
「うん?」
「欲しいもの、ありますか? 私にできることだったらなんでもします!」
 
 私は灯りがまばらなが海辺に車を停めると香穂子の手を握った。
 頭の中で残された時間を計る。
 会うまでの時間はやたらと長く味気ないくせに、会ってからの時間は矢のように早く甘い。
 この子に触れていられるのもあと2時間もない。
 
「私の希望か ……君と過ごせれば ほかにはなにも」
「そ、そんなの、ダメです。どうしよう……、なにか吉羅さんの喜ぶもの、考えなきゃ」
「最近、困ってることがあるんだ」
「はい?」
「……君が足りなくてね」
 
 金澤さんの言葉が心の端に引っかかっていたともいえるのか。
 私は香穂子の身体を引き寄せると、噛みつくようなキスをする。
 
 この子を見ていると、ときどき、自分の感情が制御しきれなくなるときがあることに、少し戸惑う。
 甘えて欲しい。甘えたい。可愛がりたいとも思い、苛めたいとも思う。
 私が必要だと。欲しいと懇願されたい。……いろいろあるな。
 たくさんありすぎて、どうしていいかわからなくなる。
 
「香穂子、力を抜くんだ」
「吉羅、さん。どうしたの……?」
「今日は……、いや、今日も、か。君の乱れた姿が見てみたいと思ってね」
 
 香穂子は不安げに私を見上げると、私の目にぶつかって真意を知ったらしい。
 性急な私の手の動きにぴくりと敏感に反応する。
 私はニットをたくし上げると胸の飾りを舐めながら、強引に彼女の膝に割り込む。
 羞恥からか固く閉まっていた脚は、咀嚼するたび少しずつ私を許すように開いてきた。
 下着の脇から指を忍び込ませ、滲み出した蜜をすりつける。
 何度か彼女の腫れ上がったところを弄ったあと、2本の指をゆっくりと押し込む。
 小さな悲鳴とともに、彼女の身体は柔らかく私に馴染んでいった。
 
「ダメ、です。吉羅さん……、これ以上したら……っ」
「君は奥がすごく感じるらしい」
「また、なの……、また、出ちゃうから……っ」
 
 車のシートを濡らすのがいたたまれないのか、香穂子の腰が持ち上がる。
 私は、もう1本指を増やすとバラバラに指を動かす。
 夜目にも、香穂子の頂きは痛々しいほど飛び出して見える。
 私はそれを痛いくらいに吸い上げると、幾度も音を立てながら甘噛みする。
 
「すまないが、今日は時間がなくてね。君だけでもよくなるといい」
「そんな……、私だけ、は、いや。吉羅さんも……」
「私の今日の分は、次の機会に堪能させてもらう。……いいから、私に集中しなさい」
 
 1本の指が彼女の天井を軽く引っ掻く。
 弾力のあるその場所は、彼女の最後の羞恥心を取り除く効果があるらしい。
 やがて香穂子の背はこれ以上ないほど弓なりになり、緩やかに弛緩する。
 私はトクトクと収縮する彼女の中に指を差し込んだまま、彼女が落ち着くのを待った。
 
 男の、どんな刺激に、どんな風に反応して。どんな風を求めるのか。
 男を受け入れる方法も、男の動きに合わせる腰の動きも、全部、私が教えたもの。
 わかってはいるものの、今目の前にある愛らしさに目が眩む。
 
「……やれやれ。そんな色っぽい顔をされたんじゃたまらないな。
 君は、私以外の誰かにもそんな顔を見せるのではないかと心配してしまう」
「吉羅さん以外の……? そんな人、私にはいないです」
「私の嫉妬だ。聞き流してくれ。24日は上手くいけば7時くらいには身体が空きそうだ」
「はい……。じゃあ、どこで待ち合わせ、しましょうか?」
 
 香穂子は荒い呼吸を繰り返しながら小さな声で聞いてくる。
 
 場所、か……。
 7時と言ったのは、私の希望的観測で。
 アルコールが振る舞われる場では、終わりの時間など目測に過ぎない、か。
 
 クリスマスの喧噪の中、この子をそのような場所に置いておくことに抵抗を覚えたのが1つ。
 さらに付け加えるなら、彼女に自分の場所を見せたくなった。
 ……見せたくなった、は正しくないか。共有したくなったといえばいいのか。
 
 私は少し前から用意しておいたマンションのキーを取り出した。
 
「私のマンションのキーだ。先に入って待っているといい」
「そんな、大事なもの」
「エントランスに入ると、テンキーがある。暗証番号は4桁。君の誕生日を入力すればいい」
 
 誘い。慣れ。倦怠。やがて何度か経験した別離を経て。
 女の不在に戸惑う自分が不愉快で、今まで付き合った女性は、誰一人として自分のテリトリーに入れなかった私が。
 
 この子が、欲しい。
 自分の場所に、いて欲しい。
 
 などと年甲斐もないことを思うのは、やはりこれもクリスマスの魔力だろうか。
 
 
 
 これ以上なく固く立ち上がった自身が香穂子の腰に当たっている。
 私はそのまま香穂子の呼吸が穏やかになるまで待ち続けた。
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