*...*...* Later 1 *...*...*
コンクールがすんだあと。夜半に2人で戻ったアパートメントには、ところ狭しとばかりに色とりどりの花が置かれていた。
いつもおれのアパートメントの世話をしてくれる、管理人のメアリーもその量に驚いたのだろう。
走り書きのメモには、シノブには悪いと思ったが、寝室の方にも花を置かせてもらったこと、廊下にもいくつか置いてあること、
置ききれなかった分は、メアリー自身の部屋に持っていったことなどが、たくさんのお祝いの言葉と共にしたためられてあった。
「わぁ……。すごくきれい。それに、どれも良い香りがしますね」
香穂ちゃんは目を輝かせて、くるくると部屋中の花を見て回っている。
「あ、そうだ。メアリーさんへの連絡はどうしましょう?」
「さすがに今夜は遅いから、明日の朝、改めて挨拶に行ってくるよ」
メアリーには、なるべくすぐの返事をしたいと思いながら、おれは手にした携帯を見て諦める。
彼女は、おれの祖母ぐらいの歳。だとしたら、もうこの時間は寝ているに決まっている。
寝入りばなを起こすのは、お礼というより、むしろ迷惑に近いだろう。
「そう、ですね」
香穂ちゃんは時計を見て頷く。
午後10時を示す2本の針は、今日、家を出てからちょうど12時間が経過していることを伝えてくる。
なのに、どういうわけか、今日のおれは全然疲れを感じない。
もう一度、今日と同じスケジュールをこなすように言われても、軽々とやりきれそうな気がする。
香穂ちゃんは手早く荷物を片付けたあと、申し訳なさそうに携帯電話を持ち上げた。
「ごめんなさい。私、ちょっと両親に電話してもいいですか?」
「ご両親に?」
「はい。……王崎先輩が優勝したこと、伝えたいんです。すごかったの、って」
「香穂ちゃん……」
「私の大好きな人は、すごいでしょう、って」
香穂ちゃんがひどく誇らしげに笑う表情を見て、おれはようやく自分自身が優勝したことを認められるような気がした。
「もしもし、お母さん? ……うん、そうなの。王崎先輩ね、優勝したんだよ? ……あ、そうなんだ。お姉ちゃんにも代わるの?
……ごめんなさい。王崎先輩。少し、話が長くなりそうです」
「いいよ。気にしないで」
香穂ちゃんの弾んだ声を聞きながら、考えてみればおれは、自分の家に連絡をしていないことに気づいた。
母さんの呆れたような顔が目に浮かぶ。
これだから男の子ってつまらないわ。香穂子さんみたいな可愛い娘が私も欲しかったわ、って。
帰国すると、何度も同じ話を聞かされるから、ちょっと困るかな。
だけど、これからの帰国は香穂ちゃんがそばにいてくれるから、母さんの『娘が欲しかった病』は少しだけ改善されるかもしれない。
紅茶を淹れながら、香穂ちゃんの応対を聞くともなく聞いていると、
香穂ちゃんの家では平日の昼間だというのに、お父さんもお姉さんも仕事を休んで、
インターネットで中継されていたコンクールの映像に夢中だった、らしい。
最初にお母さんと話をしていたかと思えば、次はお姉さん、その次はまたお母さん、と聞かれるがままに丁寧に話をしている。
むせ返るような花の匂い。
薔薇がこんなに甘い匂いを持っているなんて、知らなかったな。
そういえば、ウィーンに来た香穂ちゃんに花の名前についていろいろ教えてもらったんだったっけ。
薔薇と百合の区別はつくおれに、もっといえば、薔薇はすべて同じ花に見えるおれに、
薔薇にもいろいろな種類があること。香りがあること。一重と八重の品種について。手入れの仕方。
おれの頭の中に、昼間作ったおれの旋律が浮かんでくる。
優しげな花の色と重なって、香穂ちゃんの笑顔も浮かんでくる。
そうだ、明日は……。
久しぶりに香穂ちゃんと一緒に遠出をするのもいいかもしれない。
彼女に心配をかけないように、と思ってはいたけれど、知らないうちに、おれの緊張が香穂ちゃんにも伝わっていたのだろう。
香穂ちゃんの屈託のない笑顔が見たい。
「……ん?」
背後からふいにシャツを引っ張られて、考えごとを中断すると、そこには申し訳なさそうな表情を浮かべている香穂ちゃんが立っていた。
「あ、あの……。王崎先輩、疲れてるのに、ごめんなさい」
「なに? 香穂ちゃん」
「その……。父が、王崎先輩に代わってくれ、って」
「お父さんが?」
香穂ちゃんのお父さんが、おれに?
数ヶ月前、香穂ちゃんの自宅に挨拶に行ったときのことを思い出す。
香穂ちゃんのお母さんとおれの母さんは楽しそうに談笑をしていて。
そしておれの父さんも、静かにそんな様子を見守っていたけれど。
香穂ちゃんのお父さんは、心ここにあらずといった様子でぼんやりとしていたっけ。
そのお父さんが……?
「お電話、代わりました。王崎です」
少しだけ緊張しながら電話口で名前を伝えて、そういえば結婚したというのに、こういう名乗り方でいいのかと一瞬焦る。
携帯は一言も発しない。
携帯の画面で電波と充電を確認する。……問題はないみたい、だよね。
「……もしもし? あの、王崎です」
「……香穂子から聞いたよ。今日はおめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「…………」
「…………」
距離があるからか、発した声が届くのも、お父さんの声が届くのも時間がかかるようだ。
言葉が重なっても悪いかと思い、お父さんが話すのを待っていると、やがて小さな声が聞こえた。
「──── 香穂子を、よろしく頼みます」
*...*...*
(……眠れない)ちょっと疲れてる様子の香穂ちゃんを早々に眠らせ、おれもヴァイオリンのメンテをすませ、少しあとにベッドに入る。
ベッドの中で目を開けると、日頃真っ暗な部屋の中に、2つ3つ、白い薔薇が浮かび上がって見えた。
隣りで香穂ちゃんは健やかな寝息を立てている。
コンクールが終わった日というのはいつもそうだ。
興奮が冷めなくて、寝不足だというのに、眠ろうとすればするほどやたらと目が冴えてくる。
アルコール、というのも悪くはないけれど。
どうやらおれの体質に、アルコールはあまり合わないらしい。
今日の睡眠と引き替えに明日の偏頭痛を引き受けるのは、あまり嬉しくはない、か。
おれはいったんキッチンに戻り、冷蔵庫にある炭酸水を飲み干して、再びベッドに向かう。
香穂ちゃんは伸ばした指先におれがいないことに気づいたのだろう。
薄闇の中、不安げに上体を起こして壁際の花を見つめていた。
「ああ、ごめんね、香穂ちゃん。起こしちゃった?」
「ううん……。先輩が、いないから」
「おれは、ここにいるよ」
「ん……」
どうやら香穂ちゃんは、まどろみと覚醒の間をゆらゆらとしているらしい。
おれの体温に安心したように微笑むと、再び夢の中に入っていこうとする。
仔猫のような柔らかい身体が胸の中に収まる。
──── ふいに、この身体が欲しくなる。
自分でも知らなかったどう猛な思いで、おれは香穂ちゃんのパジャマに指を這わした。
スナップの外れる音は、香穂ちゃんに代わって抗議をしてくるけれど、この目が舞うような興奮は抑えられそうにない。
「香穂ちゃん……。おれのことが好き?」
何度聞いても恥ずかしがって、なかなか答えてくれない問いかけ。
今、この瞬間なら、香穂ちゃんも口を開いてくれるかな。
露わになった胸の先を口に含む。
軽く甘噛みを繰り返すと、香穂ちゃんの表情が蕩けそうなほど柔らかくなった。
「どうなの?」
「ん……。好き。大好き」
「どんなところが?」
「……優しいの。すごく」
脇から腰のラインを幾度も撫でる。
うっすらとかいた汗のせいか、香穂ちゃんの肌はおれの指に吸い付くように艶を増している。
驚かせないように、とそっと足の付け根を確かめると、そこには熱い潤みがあった。
──── おれを、いつも許し、受け入れ、受け止める場所。
普段は身体をよじってなかなか見せてくれないけれど、今なら許してくれるかもしれない。
おれは香穂ちゃんの脚の間に身体を滑り込ませると、腰を大きく持ち上げた。
扉を開くと、甘い香りがすぐ鼻先から漂ってくる。
ぬらり、と輝きを増している朱い突起に唇を這わすと、彼女の身体が大きく震えた。
まるで呼吸をしているかのように、女の子の部分がうごめいている。
ひくひくと波打ってるのが可哀想で、おれは宥めるために2本の指を差し込んだ。
香穂ちゃんの中は、きゅっと締まるとやがて吸い付くかのように2度、3度、おれの指を咀嚼している。
「や……っ。な、なに?」
「ああ、香穂ちゃん、目が覚めた?」
「あの、どうしてこんな風になってるの……?」
「ごめんね。きみが可愛くて抑えられなかった」
おれはもう一度、やわやわと彼女の中心にある突起を口に含む。
ここは男の陰部と同じだ、と聞いたことはあるけれど、こうして口で愛撫をするのは初めてかもしれない。
「……い、いやぁ……っ。恥ずかしいの。止めて、お願い」
必死に抵抗する香穂ちゃんを可哀相と思わないではなかったけれど、
身体が示す反応に、おれは自分の愛撫を止めようとは思わなかった。
「言ってみて? おれが欲しいって。香穂ちゃんの言うとおりのことしてあげるから」
香穂ちゃんはつややかな声を響かせ続ける。
17世紀に作られたというこの堅牢なアパートメントは、防音の設備も整っていて、香穂ちゃん声が外へ響くという心配はない。
「だめ、私、おかしくなる……っ」
「いいよ。香穂ちゃん。先に良くなって?」
香穂ちゃんの蜜がおれの指を滴って溢れてくる。
やがて香穂ちゃんは身体を何度も激しく震わせて、おれが見たこともない表情を浮かべた。
苦しそうに息をしている香穂ちゃん。その理由を作ったのはおれだと考えるだけで、こんなに嬉しい。
おれは、香穂ちゃんをそっくり胸に抱きかかえると乱れた髪をかき上げた。
「おれ、君と結婚してよかったよ」
「急に……、どうしたんですか?」
「いいものだよね。……自分のことを、自分以上に喜んでくれる人がいるって」