『ね、ここで、きみにお祝いして欲しい。今、ここで2人きりのときに』

 今より、少しだけ幼い声と、熱かった頬。
 一緒にコンサートをやるみんなに、誕生日を祝ってもらった帰り道。
 おれは香穂ちゃんと2人きりになれた交差点で、彼女にわがままを言った。
 今から考えれば、おれ自身のどこに、あんな勇気があったんだろう。

 もし、気まずくなっちゃったら? とか。
 もし、香穂ちゃんにおれ以外に好きなヤツがいたら、とか。
 きっと、次の日からの練習でお互い気まずい思いをするんじゃないか、とか。
 考えてる余裕なんてまるでなかった。

 あのときのおれは、ただ、香穂ちゃんに言って欲しかったんだ。

 おれは、ここにいるよ、って。
 ここにいて、香穂ちゃんと、同じ時代を生きていて、同じ空気を吸ってる。
 おれの存在そのものを祝って欲しいって思ったんだ。

 ──── あのとき初めて、おれはおれ自身になれた気がする。  
*...*...* Star 1  (hihara) *...*...*
「香穂ちゃん! 久しぶり!!」
「ごめんなさい。火原先輩、遅れました!!」

 香穂ちゃんは、小走りでおれのところまで走ってくると、すまなそうにおれに向かって頭を下げる。
 付き合って、もうすぐ1年になろうとしているのに香穂ちゃんは案外律儀だ。
 だけど、香穂ちゃんのそんなところも、おれのお気に入りのところ、だったりもする。
 もっと2人の時間を重ねていけば、もっともっと香穂ちゃんのいろいろな面が見えたりするのかな、なんて。

「元気だった? あー、なんだか、また香穂ちゃん可愛くなった気がする」
「ひ、火原先輩……? いきなり、なに言って……」
「ん? なに?」
「ちょっと、その、恥ずかしいです!」

 周囲を見ると、おれたちの様子を見てクスクス笑っているOLさん。
 それに、やれやれといった風に首をすくめているサラリーマンの視線に気づく。
 あ、あれ? おれ、なにかおかしいこと、言ったっけ?
 えっと、ありのままのこと言っただけなんだけど。

「えーっと、こうして香穂ちゃんに会えるの、3週間ぶりかな?」
「はい! そうですね。……正確には、3週間と3日ぶりかな?」

 香穂ちゃんは細い指で日付を数えると、2週続けて合宿があったから…、と申し訳なさそうにつぶやいた。

 確かに、毎日のように会えないのは少しだけ寂しいけれど。
 香穂ちゃんも高3の受験生だから仕方ない、よね。

 香穂ちゃんが目指している大学はおれと同じ星奏学院芸術学科のヴァイオリン科。
 頑張ってる香穂ちゃんを見ると応援したくなる。がんばれー、ってさ。
 だから今は、香穂ちゃんに会えないのはちょっとだけ辛抱して。
 香穂ちゃんが大学に入学した春、思い切り2人きりを満喫すればいいよね、と自分を納得させる毎日だったりする。

「どう? 受験勉強、進んでる?」
「う……。頑張ってるつもり、です。だけど、どれだけやっても足りない気がして」
「そうなの?」
「はい……。その、音楽史とか、音楽理論が……」

 香穂ちゃんはため息まじりに返事をする。
 3週間ぶりに逢う香穂ちゃんは、どこかまた儚げになった気がする。頬の線が華奢になってる。

「って、ひょっとしてムリしてるんじゃない? 遅くまで勉強とか!」
「はい……。でも、受験までもう少しだもの」

 香穂ちゃんは目の端を指で撫でると、おれを見上げて微笑んだ。
 なんの励ましにもならないかもだけど、おれは香穂ちゃんの頭を小さな子にするみたいにそっと撫でる。
 香穂ちゃんは一瞬驚いたように眼を細めて。
 そして、おれの手つきに安心したように笑う。
 そんな香穂ちゃんを見たくて、会えば必ずするハグと、キスと。
 それに香穂ちゃんの頭を撫でること。
 これらは3つセットで、おれが彼女に会ったときに絶対すること、だったりする。

「っと、あれ?」

 自分が羽織ってるジャンパーの袖口が少しだけほつれている。
 おれ、結構、雑に扱うからなあ。
 これもそろそろ替え時なのかも。

 香穂ちゃんの視線が柔らかくおれの表情を見守っている。
 って。あーー、おれ、ちょっとカッコ悪いところ見せちゃってるのかも?
 おれは彼女の頭に乗っかっていた手を急いで下ろすと、香穂ちゃんの顔をのぞきこんだ。

「そうだ! 今日はおれ、香穂ちゃんの気分転換に付き合うよ。どこがいい? 遊園地? 動物園?
 バイト料も入ったし、ショッピングも付き合うよ?」
「わぁ……。いいんですか?」
「もちろん! きみの気分転換に付き合うのが、カレシとしての仕事だもんね。ね、どこ行こうか?」

 おれは定位置でしょ、と言わんばかりに香穂ちゃんの手をおれの腕、ヒジの内側に乗せる。
 小さな、ぬくもり。この幸せを手に入れてからもうすぐ1年目の冬が来る。
*...*...*
 ──── なんて。
 ホント、おれって『こらえ症』っていうのがナイ。

 香穂ちゃんと一緒にご飯を食べて。彼女が行きたいって言ってたショップで、彼女の帽子を買って。
 その間、おれは彼女の滑らかに動く唇や、細められて微かに震える眉尻を見て、
 ずっと2人きりになったときの彼女を想像していた。

「ごめんね。きみの気分転換に付き合うって言ってたのに」
「ううん? ……火原先輩、ちゃんと、付き合ってくれたもの……」

 息も切れ切れに口を開く香穂ちゃんが、どうしようもなく可愛くて、おれはそっと彼女の唇を自分のそれでふさぐ。

「ごめんね。ムリさせちゃったよね」

 気遣いだとか、配慮だとか、頭の隅にも置いていないような。
 おれからしてみれば、香穂ちゃんに言い訳ができないような自分よがりの行為がすんだあと、
 おれは香穂ちゃんを脇に抱えて思い切り息を吐く。
 ソウイウコトをするためだけにに作られたラブホテルは、やけに装飾が目にウルサイ。

 ダメだな、おれ。

 1年前、彼女という未知の存在に勝手に憧れていた頃。
 彼女ができたら、あんなことしてあげたい。こんなところに連れていってあげたい。
 なんて、いろいろ計画を立てていたっていうのに。

 実際に愛しい存在ができた今は、ただひたすら、彼女を近くに感じたい、ってそればかり思っちゃう自分がいる。
 彼女の中に自分の分身を埋めて、切なそうな声を上げる彼女を見ていたい、って。
 彼女が辛そうな様子を見せても、もっと、もっと、したいって。気が狂うくらいしたいって考えてしまう。

 温かくて、柔らかな肌。初めての時より、一回り大きくなった胸。
 先端をすっぽり口に含んで転がすと、少しだけ固くなる。

 おれは香穂ちゃんの枕になっている手と反対の手で、香穂ちゃんの胸を手の中に収める。
 ふわふわとした柔らかな質感は、もう一度おれの中心を熱くする。

「あー、もう。どうしてきみってそんなに可愛いの?」
「火原、先輩……?」
「いいよね、ハッキリ言ったって。お昼のときみたいに、誰かが聞いてるってワケじゃないし」
「そんな。私、普通です……。顔だって、体型だって」
「そうだ、きみが1番可愛い瞬間、って知ってる?」
「はい……?」

 突然の質問に、香穂ちゃんは困ったように首を傾げる。
 微かに漏れる彼女の息が、柔らかくおれの首元に当たった。

「ん……。笑った顔、かな? 笑った顔ってみんな可愛いもの」
「ん−。残念だけど、ハズレ」
「え? そうなんですか?」
「……ね、香穂ちゃん。こっちにおいで?」

 おれは香穂ちゃんをそっと抱きかかえると、自分の上へと誘った。
 灯りを消してと懇願された部屋からは、冬の星が6つ、静かにおれたちを見つめている。
 豊かな胸から続く細い腰は、薄暗い空気の中、陶器のような白いシルエットを作っている。

「上は、その……」
「香穂ちゃん?」
「ちょっと怖いです。どうしたらいいか分からないもの」
「大丈夫だよ。おれがリードするから」

 香穂ちゃんの怯えたような顔に少しだけドキリとする。
 だけど、それ以上に、どう猛な思いが浮かんでくる自分に呆れる。
 もっと、彼女の中におれ自身を残したい。
 体位。刺激。行為。いろんなことを香穂ちゃんに教えたい。押しつけたい。
 おれはやや強引に香穂ちゃんの腰を掴むと、自分の頂点に彼女のスリットを合わせて、腰を進めた。

「や。あっ……」
「いいよ。自分で動いてみて? 自分のイイところ、ちゃんと見つけるんだよ?」
「……奥、に、当たる、の……」

 おれは2本の腕を伸ばしてを香穂ちゃんの両胸に当てる。
 ゆさゆさと揺れる頂きは、腫れ上がったように朱くて、このまま上下に揺れ続けていたら、先っぽだけ飛んで行きそうなほど。
 今にも泣きそうな目。半開きの唇。
 八の字に寄せられた眉根は、苦しみを堪えているようにも、快感を追いかけているようにも見える。

「……今、だよ」
「先輩……?」
「おれに抱かれて、感じてるときが、香穂ちゃんは1番可愛い」

 限界が近いのか、香穂ちゃんは小刻みに身体を震わせる。
 辿り着けそうで、辿り着けない。そのもどかしさが、さらに香穂ちゃんを追い詰めていく。

「先輩、もう、私……。私っ」

 おれは胸に当てていた手をそっと外す。

「火原、先輩? どうして……?」

 そして香穂ちゃんの身体のラインを何度も撫でたあと、細い腰を掴んだ。

「香穂ちゃん。こういうときはおれのこと、なんて呼ぶの?」
「……それは……っ」
「そっかー。まだ、辛抱できるの?」

 香穂ちゃんの華奢な腰で遊んでいた手は、彼女の敏感な部分を避けるようにして、再び脇腹に戻っていく。
 最後の律動を求めるかのように、彼女の中がぎゅっとおれを締め付ける。

「あ……っ、いや……、いや……」
「おれのこと、なんて、呼ぶの?」

 何度もそんなやりとりを繰り返したあと、香穂ちゃんは、おれが教えたとおりの言葉を口にした。

「和樹、先輩。……お願い、最後まで。最後まで……、して」



 おれは香穂ちゃんの腰を掴むと、彼女の動きを手助けする。



「……いいよ。最後まで、してあげる」

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