*...*...* Sakura 3 *...*...*
「今日はどうもありがとうございました。柚木先輩のお父さんと、お……、あ、あの、雅ちゃんに会えて嬉しかったです。
雅ちゃん、また綺麗になったみたい……」
車の中。
香穂子の礼を無視して俺は車の外の景色を見ていた。
春分を過ぎて、毎日少しずつ日没が遅くなっている。
街並みの景色はまだ残照を得て、どこか華やかさを保ち続けていた。
「お花もありがとうございます。……いい香りがしますね。
今度、こんな感じの香水、探してみようかな。天羽ちゃんがすごく詳しいんですよ?」
── さっきの香穂子の態度が気になる。
あんな風に俺自身を受け入れなかったのは初めて、で。
今、車の中で感じる香穂子の態度に反抗的な様子はない。
むしろ膝に抱えたピンク色のラナンキュラスは香穂子の白い頬に良く映えて。
いつものヴァイオリン姿の香穂子とはまた違う可愛らしさを見せている。
「お前、俺に言う気はないの?」
「え?」
「さっきの中庭のときのこと」
「……ごめんなさい。今は言いたくない、です。……許して」
香穂子は表情を引き締め、それだけの言葉を口にすると頑なに唇を引き結んだ。
優しいくせに、こうと決めたら、絶対譲らない。
こんなやつだから、音楽科に転科して半年で、ヴァイオリン専科の中でも月森と並び評されるくらいの腕前になったのだろうとは思う。
けれど。
── 俺は予感に震える。
多分、香穂子が俺を拒否した理由。それは……。
……なるほどね、お祖母さまも芝居が上手い。仮病だったってことか。
曖昧な立場を取り続けるであろう母を不在にし、気の弱い父に対応させ、香穂子一人の時を突いて、か……。
なかなかやるもんだね。
香穂子に雅を付けておけば良かったかと一瞬思ったが、あの祖母のことだ。
雅を追い払うことは何の造作もないだろうから、意味がない、か。
俺は横目で香穂子を捉えて切り出した。
「香穂子。お前が言えないのなら、俺が言ってやろうか?」
「はい?」
「中庭でお祖母さまに会ったんだろ? で、いろいろ言われた、と」
「え!? どうして? あ、見てたんですか?」
「馬鹿。見てたら止めに入ってる」
「ん……。あ、あれ? この道……?」
先に田中に告げておいた通り、車は香穂子の家を通りすぎて、いつもの場所へと向かっている。
香穂子は身体を強ばらせて俯いた。
「あの、柚木先輩。今日は、……その」
「なに? 抱かれたくない?」
「ごめんなさい。今日は帰りたいの……。お願い、柚木先輩。家に帰して」
香穂子はそう言うと、救いを求めるように運転席に目をやった。
田中は、ルームミラーから不安げに俺を覗き込む。
そして俺の顔色を読み取ると、深くアクセルを踏み込んだ。
「……却下。まだお前、俺の質問に答えてないだろ?」
*...*...*
ホテルの一室。そこは春の夕焼けがまだ色濃く残る窓から、オレンジ色の日差しが忍び込んでいた。
香穂子は俺の勢いに虚をつかれたように黙り込むと、心を決めたのか、一歩俺の後をついてくる。
そしてベットの白さに目を細めると、のろのろと奥にある窓に顔を向けた。
「明るい……。カーテンを閉めないと」
「駄目だね。今日はおしおきだから」
「おしおき?」
「そう。お祖母さまのことちゃんと自分で話せなかっただろ? そのおしおき」
「……いや……」
香穂子は怯えたように首を振ると、後ずさっていく。本気で香穂子が怖がっているのがわかる。
俺はじりじりと壁際に追いつめると、香穂子の身体を囲んだ。
必死にもがく両手は頭の上でひとまとめにして。否定の言葉を乗せる口を自分のそれで塞ぐ。
ベットに押し倒す。そしてそのままブラウスの前を広げて、香穂子自身に見せつけるように頂きを取り出した。
「尖ってるよ。……ラナンキュラス、か? そのつぼみみたいだな」
「いや……ぁ……」
「で、なんて言われたの? お祖母さまに」
甘噛みする先端からは、花以上に甘い香りが立ち上る。
俺は執拗に攻め続けた。
「ああ。明るいとよく見えるな。こっちももう大変なんじゃない?」
するりとスカートの中に手を伸ばす。
部屋が明るいことを意識してか、香穂子は下半身だけは見せまいとするかのように身体を捩らした。
「や、見ないでください」
俺は身体を香穂子の脚の間に滑り込ませると、動かないように固定した。
そして性急に下着の中に指を入れる。
「いつもより濡れてるよ。俺に見られてた方が感じるの?」
「違うの……っ。あ……」
少しずつ、身体が溶けていく。俺も香穂子も。
執拗に指を入れ、出す。溢れ出る蜜も一緒に引き出す。
静脈が浮き出ているような白い下腹部と淡い茂みを目で追って、舌を這わす。
乱れた白いシャツから見える白い肌。
俺が吸い尽くした頂きだけは朱くぷっくりと腫れ上がっている。
こうして身体中の体液を全部 身体の外に掻き出したなら。
── 香穂子はもう泣かなくてもすむのだろうか?
舌と指で虐め続けた後、ぐったりとした香穂子の身体を開いて身を委ねる。
俺の形に作られたそこは、なんなく俺を受け入れると すがるようにヒクヒクと収縮を始めた。
「先輩……っ」
今、香穂子を貫いているのは、間違いなく俺で。
香穂子の身体も、そして、心も、抱き寄せられる場所にあるというのに。
── この湧き上がる切なさの源は、一体どこにあるというんだろう。
「香穂子」
「ん……」
「俺に黙って一人で泣くな」
香穂子は一瞬目を大きく見開くと、耐えきれなくなった雫が溢れ出す。
もう押さえてる必要はないと自由にした両腕は、俺の背中に回ってきた。
じわじわと、香穂子の弱いところを突いて尋ねる。
こんなやり方は狡猾だが、今の香穂子にはこうするより他に方法もないだろう。
俺はゆっくりと体重をかけていった。
「で? 言ってごらん? 言わないとずっとこのままだよ」
「先輩はひどい……っ。もう、……」
「なんて言われたの?」
「や、……熱い……」
「ほら。……言える?」
── あと、少し。
俺は、香穂子が達する直前で中を揺らすのを止める。
香穂子は耐えきれなくなったように小さく叫ぶと、はらはらと涙をこぼした。
「私……っ。……ふしだらだ、って……。娼婦だ、って」
再び律動を開始する。
俺が揺するたび、涙は頬や鼻へと散っていった。
「こうやって、先輩を感じることは、ふしだら、なの……? 気持ちいい、って思うことは間違ってるの?」
「香穂子」
「娼婦だから、……お金で、なかったことに、できちゃうの……?」
突き上げる分だけ、香穂子の口から言葉が飛び出す。
「柚木先輩は、……いつか、いなくなっちゃうの?」
身体は便利だ。繊細な楽器たちを奏でることもできるし。
こうして香穂子を慰めることにも使える。
「娼婦? ── 上等だ」
「先輩……?」
「お前はいつだって俺だけの娼婦だろう? 俺をこんなに興奮させるのはお前だけなんだから」
「ん……。もう、私、私……っ」
「……いいよ。素直に声を出してごらん? 聞いててやるから」
香穂子は白い首をのけぞらせる。
俺は最後の刺激を香穂子に与え続けて。そして。
香穂子と同じタイミングで、香穂子の中で果てる。
離れる時間は十分あったはずなのに、俺は大きすぎる感情に飲まれるようにして全てを注ぎ込む。
こんなことは初めてだった。── 自分で自分の身体をコントロールできないなんて。
*...*...*
貪欲に求め合った後。乱れたシーツの上、香穂子はぴくりとも動かずに眠っている。
眠っていても溢れてくるのか、ときおり雫が頬を伝って大きな染みを作り出す。
もしこうやって強引に俺がホテルに連れてこなかったら、きっと香穂子は自分で感情に墓標を立てて。
今度会ったときには、いつもと変わらない笑顔で俺に接するつもりだったのか。
きっと香穂子が教えてくれたことは、祖母が発した たくさんの言葉の中のごく一部で。
祖母はもっと香穂子が悲しくなるような言葉をぶつけたに違いない。
「……香穂子」
詰めが甘かった自分に虫酸が走る。何よりも香穂子を一人にしたことが。
俺は香穂子の髪を撫で続けた。
泣きはらした まぶたは少し朱く、いつもの はち切れんばかりに艶やかな頬は、削げたように細くなっている。
俺が束縛し続けることで、香穂子が辛い思いをしているのなら。
── 今の俺はどうしたらいい?
一時、たとえ嫌われたとしても、すっきりと別れることの方が香穂子にとって幸せなのだろうか。
香穂子は俺を引き留めることはないだろう。
以前 一度、俺が別れを切り出したときのように、気丈に振る舞いながら、悲しそうに微笑むはずだ。
屈託のない火原の笑顔が浮かんでくる。月森の顔も。土浦の顔も。
誰を香穂子の隣りに置いても香穂子は馴染む。俺といるときよりも幸せそうな顔で微笑んでいるようにも思える。
『そばにいて』
意識を失う直前に香穂子が呟いた言葉を思い出す。
お前は、俺がそばにいて、幸せなのか?
「……ん……」
香穂子の口から小さな声が漏れた。
目が覚めたのかと思ったら、それは無意識だったらしい。まぶたは閉じたまま。
けれど、香穂子の左手が何かを求めるように空を切る。
「香穂子?」
手を、握る。
すると香穂子は安心したように微笑むと、俺の手を引き込んで。
そのまま身体を横向きにすると、握った手を頬の下に滑り込ませた。
── まったく。参るね。
こいつはいつも、今まで俺が感じたことのない感情を抱かせるから。
抱かせて。
たった今浮かんだ、俺の決心さえも揺るがせる。
俺は香穂子の身体を抱き寄せた。
そして、願う。
── どうか眠っている間だけは、香穂子が幸せであるように。