「今夜、ゆっくり溶かしてやる。……お前の身体も、こわいと思う気持ちも」
*...*...* Tears 3 *...*...*
 耳朶に低い声が注ぎ込まれる。

 背後から抱きしめれられてた身体。
 身動きする隙間もないような狭められた腕の中、湿り気の増した吐息を感じる。
 ゆっくりと伝う柚木先輩の指が、器用にパジャマのボタンを外していった。

「初めての時のようにお前を抱くよ。あの時、お前、可愛かったから」
「……恥ずかしい、です。もう、ずいぶん前のことみたい……」

 耳の後ろから、首筋へと熱い唇が落とされていく。
 ひんやりとした空気の中、背骨の形、1つ1つを確かめるように舌が這っていった。

「……お前、どこもかしこも綺麗だな」
「んっ。……そんなこと言ってくれるの、柚木先輩だけですよ?」

 伝っていく舌の感触がくすぐったくて、私は笑いながら言った。

「当たり前だろう? お前の身体は俺しか知らないんだから」

 時折、無意識のうちに、ぴくりと肩が持ち上がる。
 感じることがこわいのかな? それとも、これは感じてる、から?
 大きな手は突き出た胸をゆったりと持ち上げる。
 親指が硬くなってきたところを転がし出した。

 私は深く息を吸い込んだ。
 ── まだ、こわくない。

 私は、胸の上にある柚木先輩の手に手を重ねた。
 柚木先輩は私の指に気付くと、意地悪な声をあげた。

「ふうん。自分でやってくれるの?」
「は、はい?」

 そうして、私を抱え直すと、ピアノレッスンの時のように私の指の上に指を重ねる。

「ここだよ。お前の好きなところ」
「ん……」
「見ててごらん。そのうち尖り出すから」

 そう言うと、柚木先輩の指はするりと私の下着を抜き取った。

「ああ。こっちの方がお前、好きかな」
「え?」
「朱く腫れ上がってる。指で触れたら可哀想かもね」

 内腿の敏感なところを、舌が這っていく。
 と思ったら、それは瞬く間に 獲物を捕らえた鳥のように、私の熱を持った場所に吸い付いた。

「あっ、……や……っ」
「香穂子。手は止めないで。……そう。いいよ、そのまま」

 その言い方が、昨日ずっと練習していたピアノレッスンのときの口調、そのままだったからだろう。
 私の手は言われるままに自分の頂を摘み上げた。
 両方の胸と、身体の中心と。
 3つの熱は出口を求めて、荒れ始めてる。それは蜜となって溢れ出した。
 だめ。このままじゃ、私……。

 繊細な動きをする舌は、私の最後が近いことが分かったのか、なおさら緩慢な動きになる。
 その代わりに、形の良い唇に熱を持った場所全体をなぞられる。

「いや……。もう、いや……ぁ」

 甘い水の音を聴きながら、私は自分の胸を強く握りしめた。



「── 良くできました」
「は……っ。息が、できない……」

 柚木先輩は、2つの頂きを摘み上げたままになっている私の手を優しくさすった後、凄みのある視線を投げかけてくる。

「まだ、これからだよ。香穂子」

 私は返事をする余裕もなく、こくこく頷くと柚木先輩の腕を掴んだ。
 柚木先輩は私の膝裏に腕を通すと、固いものをあてがう。
 一度壊れちゃったからかな。身体全体が麻痺してる。
 強い目的を持った熱が私の中を突き進んでくる。
 その瞬間、背中を這うような強い快感が押し寄せてきた。

「ん……っ」

 柚木先輩に抱かれるたびに浮かぶ、この強い刺激はなんだろう。
 他の女の子もみんな同じかな……。それとも私だけ?
 だとしたら、やっぱり、私はあの人の言う娼婦なのかな。

 月森くんや土浦くん。火原先輩や金澤先生。クラスメイトの顔も浮かんでくる。
 ── 私、柚木先輩以外の人に抱かれても、こんな風に壊れちゃう身体なの……?

 柚木先輩は 波に漂いながらも、どこか行為に集中できてない私に口づけると囁いた。

「いいんだよ、香穂子。素直に感じて」

 そして、いたわるような視線が私の顔全体を包み込むと、ゆっくりと頬ずりをする。
 先輩のその仕草で、私は自分の頬が濡れているのを感じた。

「先輩……」

 ふいに、雫が大きさを増して首筋へと流れていく。
 先輩の汗……? ううん、違う。
 山奥にあるこの別荘は、つま先から微かな冷気が忍び寄るほど冷え込んでる。

 じゃあ……。これは……?

 雫の正体が何なのか思い当たったとき、私の中の呪縛が鈍い音を立てて壊れた。
 混ざり合った2つの涙は、頬を伝って耳元へと滴った。

 あの日からずっと。
 自分だけが傷ついたと思ってた。
 自分だけが可哀想で、自分だけが認められてないんだって思ってた。
 けれど、そうじゃない。
 自分の好きな人間のそうした姿を見ていたこの人は、自分の痛みと私の痛み、2人分 傷ついてきたのかもしれない。

 柚木先輩は私の一番弱いところを指で丸く揺らすと律動を深くする。

「や、……こわい、の……っ」
「大丈夫。── 俺だよ、香穂子」

 優しい声音が、飛びかけていた私の意識を現実に引き戻す。
 そうだよね。今、私を私じゃなくさせているのは、知らない人じゃない。柚木先輩なんだ。
 とても大切で、とても大好きな人。
 そばにいて欲しいと願った、初めての人。

 身体中の意識が繋がり合っている一点に集中する。
 行き場のない力が、胸の頂きと 柚木先輩が触れている赤い芽に注ぎ込まれる。
 それは、しっとりとした空気の中 弾けるように飛び出した。

「あ……っ。やっ……、んっ」

 誘ってるような、甘くて鼻にかかった声が口から溢れる。
 その声をも自分の中に取り入れるかのように、柚木先輩は口付けを深くしていく。

「お前は ふしだらじゃない。── 俺に従順なだけ」
「先輩……」
「お前は、俺とするから、こんなに気持ち良くなれるの」
「ダメ、もう……っ」
「俺以外のヤツとじゃ、こんな風になれない」
「んんっ……」
「……わかった?」

 つま先から身体が痙攣し始める。
 私の中が、柚木先輩自身を押し出そうとするかのように激しく収縮している。

 私の変化に気づいたのか、柚木先輩はそのままの体勢で私を抱きかかえると大きな波が過ぎ去るのを待った。



「……香穂子?」
「は……っ、ま、待って……」

 息が苦しい。
 達した身体のほてりを取るかのように、柚木先輩は身体のあちこちに唇を落としていく。
 ぴったりと密着した下半身は、生まれたときから自分はこういう身体を持っていたんじゃないかと思うほど、少しのすき間もないほど絡み合っている。

 私はうっすらと瞳を開いた。
 視線の先には、慈しむように細められた瞳があった。
 その中には、安心しきった表情を浮かべた私がいる。

「……どうして、こんなに、優しいの?」
「さあね……」

 柚木先輩は腰をいったん浅く引くと、それでも繋がったまま、私の髪を撫でている。

「あ……っ」

 ぴっちりと埋め込まれていた肉片がなくなったことで、私はまた声をあげた。
 柚木先輩はそのまま やわやわと胸に触れると、入り口だけを刺激するように腰を揺らしている。
 その動きは、達したばかりの身体には強すぎる痺れを生んだ。

「や……、だめ……っ。おかしくなっちゃう……っ」
「優しさの理由、か……」

 柚木先輩は、弓なりになって突き出ている胸の頂きをすっぽり口に含むと、ざらついた舌で転がし始めた。

「ん……っ」
「見えない糸で、お前のことを縛りつけておきたいから……、かな?」

 まるで身体中には電気が張り巡らされていて、それは柚木先輩と繋がっている一点へと向かっていくような気がする。
 頂きへの刺激は一瞬のうちに、内部を熱く波打たせた。

「や……っ」
「こら。そんなに締めつけないの。……俺が押し出されてしまうだろう?」

 元々繋がりが浅いからか、少し感じただけで柚木先輩と離れてしまうような感じがする。
 それがこわくて、私は柚木先輩の背中に腕を回して抱きしめた。

(こわい……?)

 抱きしめられるのがこわかった私が、今は、離れるのがこわい、なんて……?
 柚木先輩は、ほっと安心したような笑みを浮かべると私の髪をかき上げた。

「お前の身体、ずいぶん柔らかくなったよ。── もう、こわくない?」
「ん……」

 柚木先輩はずっと入り口の付近を漂ったまま、私の脇に指を這わしている。
 近づこうとしても柚木先輩の身体の方が重くて、上手く自分の身体を動かせない。
 その、与えられているようでずっと与えられない緩慢すぎる快感は、私の中で泣き声を上げた。

「違う……。もっと、……もっと奥なの、知ってるくせに……」
「── いい子だ。もっと ねだってごらん?」
「近くにきて。お願い……」
「へえ……。こわいんじゃなかったの?」

 その問いに、ふと、我に返る。
 そうだ、私。あの日からずっとこわくて、それで……。触れられるのもこわくて。
 気のせいだって言い聞かせて抱かれて。それでも気持ちが追いつかなくて。

 私の上にいる男の人と目が合う。

 その人は、全部分かって、受け止めて、ただ労るような目で私のことを見つめていた。

 その瞳を見ていて思い出すことがあった。
 音楽と一緒に約1年、彼と過ごした。その中で、いつも私の立場に立って助言をくれたことを。
 厳しいし、容赦ないし。賞賛も正直な代わりに中傷も辛辣だった。
 けれど、その後のこの人の態度は誠実だった。
 いつもこんな目をして、見守っていてくれた。

 ── もう、柚木先輩のお祖母さまが告げた言葉は忘れよう。

 その代わりに、今、ここにいる、この人の声だけを信じるんだ。
 信じて、そして彼の発するメッセージを心の耳で聴いていく。
 今、私が目指している音楽と同じ。
 受け止めるだけじゃない。
 彼の言葉を、ちゃんと自分の中で咀嚼して、溶け込ませて。

 ── もっと豊かに返せるように。

 私は先輩の目を見て微笑んだ。

「── もう、こわくない、です。……だから……っ」




 最後まで言葉を告げることなく一直線に貫かれる。
 微かに走る痛みまでも愛しい。
 私は、今 抱いている人をもっと近くに感じたくて 回した腕に力を込めた。
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