*...*...* Merry ! (1) *...*...*
クリスマス前の祝日。わたしは片手に3つの紙袋を抱えて、珪くんの家にやってきた。
「……また、たくさん買ったな」
「うんっ。お邪魔しますっ」
はば学を卒業して、初めてのクリスマス。
去年までの理事長の自宅で過ごしたクリスマスパーティも素敵だったけど。
やっぱり、恋人同士になってからの初めてのクリスマスっていうのは特別で。
ホテルで食事、とか、2人で旅行、とか。
珪くんはいろいろプランを立ててくれてたけど。
わたしは、ちょっとだけ考えてからその提案に首を振った。
(ケイクン ヲ カンジラレレバ ソレ デ イイ)
豪華な食事や、高級なホテル。
そういったものも素敵過ぎるほど素敵だけど。
違うの。
珪くんと過ごせる。
聖なる日、特別な日に大好きな人と過ごせる。
それだけで満足だから。
だから、わたしはその話があったとき、珪くんの手を弄びながら返事をしたんだ。
「ね、わたし、……珪くんの家で過ごしたいな」
「それで、いいのか?」
「ん。……それで、十分」
「……欲の無いヤツ」
珪くんはちょっと困ったように微笑んで、わたしの髪をくしゃりと撫ぜた。
そんな話をしたのが、12月の初め、で。
そして、今日、12月23日。
とてもシンプルだけど、ちょっと別の言い方をすればやや殺風景な珪くんちのリビングを、
『クリスマスらしくしよう?』
とわたしがリクエストして、
今こうして持ちきれないほどのクリスマスグッズを珪くんの家に運び込んでいるんだ。
「えっと、この赤と白のポインセチアをここに置いて、でね、ちっちゃなモミの木も買ってきたよ?
これにほら、銀色のモールを巻きつけて、……わわっ。ツリーがあるだけで、
急にクリスマスらしくなってきたね? どうかな? 珪くん」
「ああ。……だな?」
珪くんは、わたしがあれこれ配置を悩みながら落ち着きなく動き回っているのを面白そうに見ている。
「珪くん、このツリー、どこに飾ろう……? ね、一緒に考えて?」
「いや……。おまえの楽しみ奪っちゃ悪いだろ?」
まーた、からかってる。
彼はいつもそうなんだ。
こういうのって、幼な友達の延長上、と言うのか、単なる小動物の扱いというのか、
女の子として見てくれてないないんじゃないか、って時々悩んだりもする。
わたしは思ってることがすぐ表情に出る。
小さい頃はその事実に気付かないでいたけれど、
こう、大人へ少しずつ近づいてくる年頃になると、
心の中にいっぱい浮かんでは消えてく感情を、
さらりとカッコ良く隠せる女性になりたいなあ、なんて思うんだもん。
そしてやっぱり思ってた通り、わたしの気持ちは簡単に珪くんに伝わって。
珪くんは、わたしの脹れた頬をつつきながら、
両手で持っていたツリーをひょいと片手で持ち上げた。
「ほら、どこがいいんだ?」
「ん、えっと、良く見えるところがよくて、……あ、ここ、どうかな?」
ソファとソファのコーナーとして使われている、サイドテーブル。
やや小ぶりなコだから、床に置くよりも断然見やすくていいよね。
ちょこちょことクリスマスカラーの植物を置いただけで、
とたんにクリスマスらしくなった部屋を見回して、
わたしは自然に頬が緩んで来るのを止めることが出来ない。
珪くんは、コトリとツリーをコーナーに置くとわたしの顔を見て笑った。
「楽しそうだな。おまえ」
「うんうんっ。とっても!」
訊かれたら、答えない理由はない。
「だってね。だってね。また、珪くんと一緒にクリスマス過ごせるんだよ?
一緒にケーキ食べたり、美味しいお料理食べたり。
ね、クリスマスだから特別だよね、シャンパンも用意しちゃおうかな?」
あ。
言ってからしまった、って思ったんだ。
思わず、あ、って口に手を当てたのも。
わたし、なんだか食べることばっかり言ってるみたいだ。
みたい、じゃなくて、言ってる、よね? これ……。
へどもどして、ちらりと珪くんの顔を見上げると。
……やっぱり。
一瞬運び込んで来たモミの木と同じ色をした瞳が見開いた、かと思ったら、
それは見る見るうちに細くなった。
「食い気ばっかり」
「いいのっ。珪くんと食べるとわたし、なんだって美味しいんだから」
「……俺も、だな」
「でしょでしょ?」
わたしは、少し下がり気味になっていたモールをそっと見栄え良く直した。
「ね、珪くん。これでだいたい飾り付け終わったよね。ちょっと一休みしよっか?」
「って言うと思って、俺が準備しといた。おまえはそこで待ってろ」
珪くんはソファを指さして、キッチンへと向かう。
「あ、うん」
わたしはとん、と端に座ると対面キッチン越しに珪くんを眺めた。
珪くんは、カチャカチャと手際良くコーヒーを淹れてくれている。
―― いいなあ、こういうの。
静かな静かな空気が。
少しずつ彩りを加えていく。
その中に、良い香りや温かさまで含んでくる。
その中心にいる、彼。
(ありがとう)
口に出して言うのがなんとなく照れくさくて、わたしは黙って珪くんの姿を追っていた。
しばらくすると、珪くんは小さなマグカップを2つ持ってリビングに戻ってきた。
伏せ目がちになると、その特徴的な瞳が隠れて、
その代わりに長い睫がこの頃シャープになった頬のラインにまで影を落とす。
この人に汚い感情なんて、まるで似合わないんじゃないかなって思わせるような、白い、白い頬。
……わ、格好良い……。
「ん?」
珪くんはわたしの視線に気付いて、伺うように首をかしげる。
そして小さく微笑むと、物慣れた様子でわたしの横に腰掛けた。
そんな、何気ない立ち振舞いでさえ、彼のまとっている空気が塗り替えられるように眩しくて。
卒業してからもなお珪くんのそばにいることが出来る自分が、なんだか不思議に思えることがある。
いつも珪くんは、まっすぐわたしだけを見ててくれる。
それはわかってる。
けど、珪くんの周囲は以前に増して慌しくて。
その容姿のゆえに、普通のことを普通にすることが許されない、人、なんだなって思う。
はば学にいたころは、2人でいることを温かく見守ってくれてた周囲も。
一流大学に入ってからは、
全ての人がわたしと珪くんの仲を容認してくれてるってわけではないことが分かり出してきて。
『ウザーい』
『珪のまわりをウロウロしないで』
冬休みに入る直前に、大学の構内ですれ違いざまにささやかれた言葉。
それは。
……高校の時、ファンの子たちに投げかけられた言葉と同じ温度をしてたっけ。
―― イタイ。
「……?」
「あ、美味しいね、このコーヒー……」
汚い、どろどろした感情。
人を妬んだり、貶めたり。
―― キライ。
そんな感情、キライだ。
恋をするってことはキレイな感情ばかりじゃない。
想いが強くなればなるほど、ふとしたはずみにきゅっとくる切なさもまた特別で。
でも自分だけは、そんな汚い想いを抱かないようにしよう、なんて思ってた。
けれど、ときどき目の当りにする、周囲の感情。
そんなものを直接モロに受け止めるわたしは、その度に汚れていくような気がする。
元気な時は笑い飛ばせるけれど、もちろんそうでない日もあって。
いつか。
いつか珪くんが、わたし以外の誰かに心惹かれた時、
わたしも、自分がキラっているそのほろ苦い感情を心の中で持て余すんだろうか。
わたしは珪くんの穏やかにコーヒーを飲んでいる横顔を見ながらふとそんなことを考えたりする。
珪くんは、いつも隠し事はするな、って言う。
なんでも、おまえが感じてること、俺に話してくれ、とも。
わたしも初めはそういうものかな、って、些細なことでも伝えてきたけれど、
このごろは、伝えるばっかりがわたしたちのためじゃない、とも思えてきてて。
2人にとってハッピーじゃないことは伝えないようになった。
自分だけ辛抱してればいいことだもん、なんてカワイ子ぶるつもりはないけど、
わたしが出来る、出来るだけのこと、してから。
それでも、どうしてもダメな時。
―― 手を伸ばせばいいんだもん。
それに、ね。
わたしの気持ちは、そんなことじゃ揺るがないよ?
なんて。
この一年近く、珪くんのそばにいることで、
わたしは、強く、……悪く言えば図々しくなったんだろうな。
いぶかしげに見つめる珪くんの視線を受け止めながら、わたしはにっこりと笑った。
「あ、じゃあ、わたし、明日、夕方くらいにまた来るね。
食料品やシャンパンの他に、なにか欲しいものってあるかな?」
「……おまえ」
「ん? なあに?」
「……おまえとの時間。だから、明日の夜はおまえを家へは帰さないから」
なんとなく絡み合っていた視線が、やや強くなったように感じた。
それと同時にわたしの頬も熱を増す。
どうしてわたし、いつまで経っても珪くんの言葉にドキドキするんだろう……。
「! っう、うんっ、……っあ!!」
「あ、おい!?」
まるで、DVDがコマ送りされているかのようなゆっくりとしたスピードで手にしていたマグカップが落ちて行く。
わたしはソファを汚したくなくて、思わず流れ落ちる熱いコーヒーを素手で握りしめた。
「バカ、大丈夫か」
「……っつっ」
珪くんは一瞬厳しい顔をして。
でも確信に満ちた動作でキッチンに戻る。
カツンと氷を砕く音がする。
そしてそれをタオルに包んでわたしの手と一緒ににぎった。
「……どうだ?」
「……ん。もう、平気」
恐る恐る手を広げるとそこには、生命線のちょうど真上あたりに、
地図のような赤い網の目が広がってるのが見える。
「大丈夫。コーヒーもそんなに熱くなかったし、ね」
珪くんはため息をついた。
「……おまえの『大丈夫』は全然アテにならないからな。……それに」
「ん?」
「俺、おまえの身体に傷が残るのイヤだから。ほら、手、出せよ」
珪くんは火傷の後に軽く薬を塗ると、くるくると包帯を捲いた。
ホントにバカ。
わたしは、包帯をぐるぐる巻きにされて、
まるで真っ白なミトンをはめたような自分の左手をひらひらさせてみた。
なにもこんな日にケガしなくてもいいのに。
こんなんじゃ、料理を作るのにも珪くんにそっと触れるのにも不便だ。
「……ね?」
思いを込めて見つめると、珪くんはあの独特な表情を浮かべて笑った。
「明日は俺がフォローしてやる」