*...*...* Merry ! (3) *...*...*
 カタンと風呂の引き戸が開く。

 珪くんはなにもつけていないわたしの身体を引き寄せると、胸を覆っていた手をそっと広げさせた。


「寒いか?」
「う、うん……」



 あれから。
 珪くんは、ためらってる私を時々きゅっと抱きしめながら、するすると服を脱がしていった。


 リビングよりやや薄暗いバスルーム。
 けど、その薄暗さが、わたしの身体を隠してくれるわけでもない。

 身体は、その場の空気と同化して、どんどん冷えてくるのに、
 頬だけは、キャンドルに向かっているように熱くて。


「待ってろ」


 珪くんはわたしのその頬にキスを落とすと、手早く服を脱いでいった。




 シャワーの音だけが鳴り響くバスルーム。
 やや熱めのシャワーを軽く浴びると、珪くんは、わたしを浴槽の縁に誘(いざな)った。
 そしてボディソープを手に取ると、くるくるとわたしの身体を洗っていく。


「……あ……」


 普通の、手、なのに。


 わたしは自分のさほど大きくない胸が、
 珪くんの指の動きによって自在に形を変えていくのを見て、目をつぶった。



 いつも見ている珪くんの手は、
 少しだけ、シルバー作りの工具を持つ部分が節くれだっているものの、普通のすんなりとしたきれいな、手。


 なのに、こうしてわたしの身体を滑べっていくときは、全く違う。
 なにか、意志を持った生き物のようで。


 わたしは身体のラインを確かめるように滑べる手と、
 声を上げるたびに抑えこむキスで、すっかりノボせてしまった。


「……っやっ。……珪、くん……っ。本当に洗ってる、だけ……?」
「ああ。……おまえは違うのか?」
「…………」
「なんて。意地悪だな、俺」
「ん……。やっぱり」


 わたしが口を尖らせれば、その先端に、軽くニラめば今度はまぶたにキスをしてくる。




、……そんなカオしても可愛いだけだ」




 こんなに。
 大好きな人から、自分の身体を慈しむように触れられる。キスされる。

 イヤらしい、とか、快感、とかそういうことの前に、
 わたしの身体の中は切ないキモチでいっぱいになる。



 切なくて。
 小さな子供のように泣きたく、なって。




 珪くんの手の中に収まってるわたしの身体……。
 それがとてつもなく、大切に大切に思えてくる。



 (愛してる)


 珪くんに触れられると、身体の中から、今まで知らなかった自分がとろりとある香りをまとって出てきた。



(オンナ ノ ブブン)


 珪くんが、オトコのコ、で。
 わたしが、オンナのコ、で。

 わたしは、受け入れること、珪くんは受け入れられることで、こんなにも満たされる。
 これ以上、好きになんてなれない、と思ってる自分が、毎日塗り替えられていく。





 すっかり泡だらけになったわたしは、まるでスノーマンだ。
 でも珪くんは別の想像をしていたみたいで、優しく手を動かし続けながら、

「……おまえ、なんだかさっき食べたケーキみたいだ。白くて、赤くて」

 なんて可笑しそうに言う。


「ヘンなの。……わたしは食べ物なの? ……ん、赤、って……?」


 白、はこのモコモコした泡のことだよね? 
 赤? んんん?


 珪くんはわたしの顔を見ながらくすっと笑って泡をのけると、胸の頂きを口に含んだ。



「……っやぁ……」
「……美味いんだ、コレ」


「も……、ヤだ。……もう、出る」


 こんなことしてたら、本当にノボせて倒れてしまう。
 わたしは、壁に手を添えてふらふらと立ち上がると珪くんは、


「ほら、頭も洗ってやるから」


 とその軽く肩を押さえつけた。




「いや……。一度洗ってみたかったし。の髪」
「そう、なの?」
「濡れたら、どんな風になるのかな、って思ってた」
「…………」
「きっと、あのときのおまえみたいにフニャフニャになって、俺の手に馴染んでいくんだろうなって」
「ああのとき、って……っ!」




 ……なんか、珪くん……。
 また楽しんでる。


 珪くんの言葉、で。
 わたしが赤くなったり、恥ずかしがってる様子を見るのが楽しくって仕方がない、って感じだ。
 そうとは分かっていても、頬が火照るのもどきどきするのも自分では制御できない。


 ……どうしよう……。
 うなじとか、耳の後ろとか。
 こんなにあからさまに珪くんの目の前にさらけ出すのは、やっぱり、いたたまれなくて……。


 わたしはもっと湯気が出るように、その湯気が自分と珪くんの身体を隠すように、と、
 背中の後ろに回した片手でシャワーの設定温度を2、3℃上げたり、した。

 でもそんな行動のワケも珪くんにはバレバレだったようで。
 肌が赤くなるから止めとけよ、とあっさり設定温度も戻されてしまった。



「ホント、わかりやすいヤツ」
「だって、だってね……っ!」
「ほら、立てよ」



 珪くんはわたしの腕をつかむと、ゆっくりとシャワーをかけ始めた。
*...*...*  *...*...*
「あの、えっと……、パ、パジャマは着ないの?」
「……どうせすぐ脱ぐのに、面倒だろ?」



 お風呂から出て。
 珪くんは大ぶりのバスタオルでわたしをくるむと、
 そのまま膝の裏に腕を回して抱きかかえた。



 そして。



 額にキスを落とすと腕に力を込めた。



……」
「ん?」





「おまえ、今日、眠れないと思う……」




 さっきみたいに茶化すことができないような、……強い、口調。意思。




 そんなものを感じて。



 それと同時に、身体中が羽化したようなこそばゆい羞恥心も感じて。

 わたしは黙って、珪くんの首筋に顔を寄せた。






 珪くん、に、抱かれる。


 そんな、そんなね。
 好きとか、愛してる、とか。
 もう、わたしたちの間では分かり切ってる事実を確認するためだけの行為であっても。


 わたしは、珪くんとそうすることが、愛しくて。




 無言の、言葉。
 恋をすると、人はため息による会話でその人のことを知る。



 たとえば彼の薄い唇がわたしの胸を美味しそうに舐めても。
 たとえば彼の長くて角ばった指がわたしの中を引っ掻くように侵食しても。



 わたしは、言葉にならない言葉で、そのときの気持ちを伝えるのに精一杯で。



 ベットのサイドテーブルに置いたキャンドルが最後の力を出して、ちり、っと大きく揺れた。
 それと連動するようにわたしと珪くんの影も一瞬大きくなる。
 と思ったら、それはだんだん小さくなって。

 それと反比例するようにわたしの中の熱は強さを増していく。
 そしてそれは、自分の中だけではやり過ごせなくなって身体の外に流れ出る。






 そう。
 わたしはもう、言葉の代わりに、身体の変化で大切なことを伝えるんだ。





 (ケイ クン ガ ホシイ)





「ね、……もう、……っ」
「……どうして、欲しい?」


 ひどいよ。
 ……分かっているくせに。



 こうなる前から。

 わたしが今日珪くんの家に来て、ぼんやりと冬の空を見上げていた珪くんの姿を見てから。



 わたしの視界は、珪くん以外、なにも映さなくなっているのに。


 こうしてベットの上で、わたしはますます狭くなっていく視界を、どうすることもできない。
 そしてそれはふと緩んだ、かと思ったら、涙となって頬に伝った。



 わたしからの、サイン。


 珪くんは口の端を少し上げて、嬉しそうにそれをすくうと口に入れた。



「ね、……おねがい……っ」


 行為の初めに感じていた羞恥心なんか、もうどこにも見つけられない、見つからない。

 ……そう、思っていたのに。



 上り詰める間、ずっと降り注いでいる珪くんの視線に気付いて、わたしは我に返る。




 こんなに乱れてるわたしを、珪くんはどう思ってるんだろう……。
 きっとヘンな顔してる。
 目なんて普通どおり開くことができなくて。
 その代わりに口は、呆けたみたいに半開きになってるんだ。



 ―― 恥ずかしい。


 かすかに閉じかけた、ひざ。
 その変化を見のがすことなく、珪くんは優しく私の両脚を押し広げて、身体をすべり込ませた。




「俺を、感じて……?」





 言葉、なんて、いらない。
 こうして、今、わたしの身体の中に存在するもの、
 これだけを信じていればいいんだもの。


 受け入れている部分は少しでも。



 今、こんなに主張している。
 わたしに、なにか、語りかけてる。

 少しでも近くに行きたくて、わたしは珪くんの首に腕を回して、自分の腰を引き寄せる。


「んっ……」


 知らないうちに握りしめた指先がヤケドの部分を刺激したのか、
 わたしはそのとき手の平に小さな痛みを感じた。


 (アツい……)


 そのじんわりとした熱は、やがて、肘を越え、肩を抜けて、身体全体に伝っていく。


 ……ううん、違う。





 今、私と珪くん2人で作っている疼きが、身体中を駆け巡ってるんだ。




「あ……」


 見ると、包帯の端が解けている。
 それは揺さぶられるたびに、白く長い道を作って。
 最後にはわたしの手から逃げるように、音もなくベットの下へと落ちた。
*...*...*  *...*...*
 クリスマスの朝。
 白っぽい光の中、目が覚めたわたしを待っててくれたもの。



 それは。



 珪くんの匂いと、穏やかな視線。
 ―― 左手の違和感。



「珪くん……」
「……メリークリスマス、
「……これ……」


 そっと左手を上げると、そこには、昨日眠るときには外れてしまった包帯がキチンと巻かれていた。


「あ……」


 その中に埋もれるように隠れている、キラリとしたもの。
 そこには雪の結晶をモチーフにしたとてもシンプルなデザインのリングが光っていた。


「クリスマスプレゼント。……今年は間に合ったな」


 キラリと輝いているのは、卒業式の時もらったリングと違って、わたしの誕生石が入っているせい。


「わ……。大人っぽい……」


 わたしが顔の前にかざして見つめていると、珪くんは満足そうにその手を取った。


「似合う。……想像してたとおりだ」
「……ありがとう……」


 バカなわたし。
 もっとこの感謝の思いを、愛してるって気持ちを、いっぱい伝えたいのに、
 こんなとき、ありきたりのコトバしか浮かばない。

 でも。
 ―― 嬉しい。


 こうして、2人の間になんの隔たりもない空間で。
 そんなありきたりのコトバを繋げることができることが、
 こんなにも嬉しい。



「……?」


 今、わたしの頭は珪くんの胸の上。
 だから、きっと、わたしの嬉し泣きの顔には気づかない。


 わたしは濡れた頬を珪くんの胸にすり寄せて、願う。
 ―― 祈る。




 珪くん。
 Merry ! Merry ! Christmas !!


 あなたに、この冬一番の幸せが訪れますように。








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後書き

わーんっ。書き上げましたっ(笑)

先日、友人に『裏は裏らしく』との助言を受けて、
以前より少し濃く(笑)エロ王子を表現したつもりです〜。
少しでも楽しんでいただけたらいいなあ、と思います(汗)


えっと、今回のノルマクリアは、

 * 面倒だろ?
 * シャンプーしてもらう

でした。

うう……。
今回のリクエストは、今まで受けたリクエストの中で一番難しかったです(汗)
でも、せっかくいただいたリクエストを変更するのも申し訳ないと思いまして。
精一杯書かせていただきました。

どうか吉野さんのお気に召しますようにvv