離れている夜も。こうやってそばにいる日も。
*...*...* 降り止まぬ想い… (前) *...*...*
今年は例年になく大寒波が襲ってくるでしょう、という天気予報のとおり、ここはばたき市では、11月に初雪が降ってきた。「わあ、降り出したよ」
外とはまるで温度の違う温かい室内で、わたしは子どもみたいに声を上げる。予報どおり、夕方になるにつれグレーの空からは綿のような大きな雪が舞い降りてきたからだ。
「初雪、だな」
カーテンの間からすっぽりと顔だけ出して外を眺めているわたしを、後ろから囲うように腕を回しながら、珪くんがわたしの頭にあごを乗せてきた。
「小さいな、おまえ」
「ん、と、まだ、わたし、成長過程だからっ」
「ま、がんばれ」
思い切り背伸びをしながら、えいっ、えいっと珪くんのあごと応戦する。でも珪くんの力にはかなうわけもなくて、上からの圧力は倍になって返ってくる。
「ったっ。ももうっ、こ、降参だってば〜〜〜」
「……分かれば、いい」
勝ち誇ったような声とともに頭への圧力が弱まる。
うう、珪くんが笑ってるの、胸の振動が背中を伝ってきてて、鏡がなくてもわかってるんだからっ。
いつも珪くんにはかなわない自分を少し情けなく思いながらも、わたしはうっとりとまた外の雪に目をやった。
いいなあ。こういうの。
ふわりとわたしを抱きかかえる珪くんの濃いベージュのセーターからは、かすかだけど冬の匂いがする。それは珪くんの体温とわたしのそれが重なるにつれ、上気したイロになる。
少しずつ、シアワセな空気が溢れ出すんだ。
コートを新調する。
冬物のセーターを出す。
ショッピングをしていても、周りの空気は秋色から真っ白な雪色へと変化する、季節。
また冬が始まる。
「ね、またスキー、行こっか? スケートも。あ、ライオンの赤ちゃんが生まれたのも冬だったよね? あのコ大きくなったかなあ? それから、それから、ね……っ!」
冬って聞いただけで、こんなにたくさんのことが浮かんで来る。そしてその思い出たちはみんな珪くんと、高校時代のお友だちの顔で縁どられていて。
過去の思い出。
今。珪くんがそばにいる、ということ。
そして未来。
―― きっと今年も楽しい冬を一緒に過ごせるんだ、ということ。
(珪くん、と……)
降ることを止めない空をずっと眺めてて思ってたこと。
もう何度、わたしは珪くんと一緒に、雪景色を見たんだろう?
冬が始まれば、春を、春が終わればその次を、って、わたしは、もう何度、過ぎてく季節をずっと珪くんと感じていきたい、って願っただろう?
珪くんの温かそうな瞳に合うたびに、いつもそう思って。だから、わたしは心の中で祈るんだ。どうかこの恋が続きますように、って。
不思議……。
こんな天気で。室内もだんだん端っこから冷え込んでいるというのに、ぜんぜん寒さを感じない。いつもだったら聞こえる車の走り去る音も、積もった雪が音を吸収しているのかほとんど聞こえてこない。吐き出す息さえも相手に伝わってしまいそうな空気が部屋全体に漂う。
ふたりきり、という感覚。
「じゃ、わたし、そろそろ帰るね。雪もだんだんひどくなってきたし」
今日は映画を観に行った帰りに作りかけのシルバーがあるから、と珪くんちにはちょっと寄って、珪くんの力作を何点か見せてもらっていた。素人のわたしの言うことなんて、アテになるのかなあ? って思うこともあるけど、珪くんはわたしのコメントを結構面白そうに聞いてくれる。
『ほら、ここ……。ちょっと歪んでるだろ? だから、失敗』
『え? そんなことない。歪んでる方が、かえって可愛い気がする』
『……おまえらしいよな、そういうとこ』
『……ん?』
『天真爛縵っていうか……。どんなモノも、どこかいいところを探そうとする』
『えっと……。そういうつもりはないんだけど//』
『いや、助かる』
珪くんは、ダストボックスに入れようとしていた手を止めて軽くその作品を指先で弾くと、こちらを見てふっと笑った。
週末の土日、どちらか空いてる日を一緒に過ごすのは、高校を卒業してからの暗黙の了解になっている。わたしも、たくさん話して、笑って。自分の中を珪くんのことでいっぱいにして、また今週もがんばろー、なんて、思ったりするんだ。
「帰るのか?」
わたしは珪くんの腕をそっと外して、ハンガーにかけてあるショートコートに手を伸ばす。
季節柄、日増しに日暮れが早くなってくるカーテンの外。珪くんの問いに、暗いのが苦手なわたしはちらっと窓に目をやった。
「ん。これ以上遅くなると、帰り道、怖いし」
おっちょこちょいだから、転ぶと困るもん、なんて笑って珪くんを見上げると、そこには笑う、という表情からは程遠い珪くんの口元が見えた。
真面目そうな。……ちょっと怒っているような。
そして、真剣な声が尋ねる。
「な……。俺が今『帰るな』って言ったら、おまえ、どうする?」