*...*...* 渚 *...*...*
付き合いだして1ヶ月。その日、俺たちは朝からデートをしていた。
デート、と言ってもいいよな。俺たち付き合ってるんだし。
ステレオタイプなデートって俺はわからないけど、
俺たちは、あいつが行きたい、と言う場所を、よくデートコースに選んだ。
別に場所なんてどこでも良かったんだ。
あいつと同じ物見て、同じ物を食べて、同じ風を感じていられれば。
春の日差しも傾いてきた頃、そろそろ帰ろうか、と言った俺に、
「……一緒に海、見に行かない?」
薄いピンクのワンピースを着た彼女は、
ちょこんと首をかしげて、俺に聞く。
……どうして、こんなに可愛いんだろう、こいつ。
さらさらとなびく髪を抑えながら、俺の返事を待っている彼女。
その仕草にみとれていると、その態度を否定の意味に取った彼女は
あわてて、言葉を継ぎ足す。
「あ、ごめんなさい! 今のウソ! もう遅いもんね。
1日中つきあってもらっちゃったし、うん。やっぱりもう帰ろう?」
「……バカ、イヤだって言ってないだろ?俺」
「……じゃあ、いいの……?」
こぼれそうな笑顔。
子猫みたいに擦り寄ってくる、温かくてしなかやかな身体。
……抑え切れる、か? 俺。
俺は軽く頭を振ると、彼女の背を押して海へと向かった。
*...*...*
ここ、はばたき市の海は、海岸線に沿って咲く桜が散り始めていた。時折、花びらが舞っては海に仲間を求めに来る。
「桜……。咲いたと思ったら、もう散り始めちゃったんだね」
は名残惜しそうに、海に散った花びらを救い上げる。
「儚(はかな)い、な」
やっぱり、永遠、なんてないのだろうか?
花が咲いて、そして散っていくように、
俺との間にも多くの時間が降り積もって、
いつかはこの感情を忘れてしまうのだろうか?
次々と舞う花びらに感情が揺さぶられる。
おまえのことずっと愛していく自信はあるけど、
俺のことも、同じ重さで愛して欲しい……、と言ったら……?
おまえはなんて言うんだろう?
「……うん。……でもいいの」
俺がぼんやり考えていたことを、遮るように優しい声がする。
「……なにが?」
「……待つ楽しみができるでしょ?
来年の桜もきっと、もっと、こんな風にキレイだって、
想像する楽しみができるでしょ?」
「そうなのか?」
「うん……。きっと、そう。
……今年珪くんと見た桜……。
わたし、今まで、あんなに綺麗な桜、見たことなかった。
……それはやっぱり、珪くんと一緒に見れたから、かな? って……」
「……」
「えへへ。綺麗な夕焼けを見てたら、 ちょっとセンチになってしまいました!
恥ずかしいから、あっち行くね?」
「……おい、ちょっと待てよ。」
「やだよー、待たないもん!」
砂に足を取られて、手間取っている間に、
は10mほど離れたところまで、走っていくと、
くるっと振り返って、こう言ったんだ。
「珪くん!
来年も、その来年も! ずっとずっと、一番綺麗な桜、一緒に見ようねー!!」
薄い紫とピンクの絵の具が混ざったような、空。
の真っ白い手足と、赤い頬。
桜色のワンピース。散り急ぐ花びら。
一枚の絵のようにそれは綺麗で。
さっき考えたいたことが、バカバカしく思えてきた。
そうだな、来年も、またその次、も、か。
その積み重ね、が、永遠になるのだから。
俺との距離をなかなか縮めようとしない。
「……ほら、もう、こっち来いよ」
「やだもん。恥ずかしいから!」
「……つかまえてやる」
「つかまらないもん!」
は、おどけるように笑ってまた走り出す。
バカだな、男にかなうわけないのに。
「……やっと、つかまえた」
握った手に力を入れると、はうーうー言いながら、
もう片方の手で、俺の胸をポコポコ叩く。
「……ズルい! 本気出しちゃダメだよう」
俺は笑いながら、叩いている方の手もつかんだ。
「降参、する?」
一度目が合ったものの、はうつむいたまま顔を上げようとしない。
「こっち、向けよ」
「……やだ!」
ようやく、つかまえた、おまえ。
もう、離したくない。
「……もう、恥ずかしい、から、離して……、ね?」
「……どうして?」
「……ど、どうして、って……?」
「言えよ」
「……珪くんが、こんな近くにいるから!」
「……それが?」
「……わたし、ドキドキして……!」
「……ドキドキ、して……?」
「……もうどうしていいか、わからなくなる……から!」
「……わからなく、なれよ」
俺はを抱きしめると、耳元で、ささやいた。
「……今夜は帰さない、から」
の、全身の力が抜けた。