*...*...* 離れて、いること(上) *...*...*
 俺もも、ようやく大学生活に慣れた頃だった。
 俺はマネージャーから約2週間にわたるロケの依頼を受けた。

 ……高校生の時はこの仕事がイヤでしかたがなかったが、
 この頃はそれほどでもない。
 不特定多数に見られることは相変わらず好きではないが、
 これを通して、俺が将来なりたいもの……、
 シルバーアクセサリーのデザイナーになるための
 センスが磨けるのではないかと、そう思えるようになったためだ。

 膨大な量のアクセサリーを見ながら、良い物を見極めたり、
 その製作者と実際に会ったり。

 そうする度に、自分のビジョンが少しずつ見えてくる気がしている。


 そして何よりも、が応援してくれているのも嬉しかった。

 以前マネージャーにひどいことを言われたこともあっただろうに
 そのことに触れると、

「ううん! そんなことより、わたし、モデルの珪くんも好きだから……。
 なんて言うのかな……?なんだか珪くんの周りの雰囲気だけ、違うの。
 腕一つ挙げたって、指一本動かしたって……、周りの空気が一変するの」

「……・それ、おまえの贔屓目」

「違うよう……本当に。……際立ってるの、珪くん……。
 それも神さまが珪くんだけにくれた特別な才能だから。
 与えられた場所で精一杯やるって、素敵なことだもの」

「……そうか?」

「そう……。だから、頑張って!」



 いつもなら、そうやって俺を励ますように笑う



 ……が、今日はこころもち青ざめた表情を浮かべている。



「……え? ……2週間、も?」
「うん……。梅雨時を避けるために、北海道でロケするらしい……。だから」
「……そっか……」
「…………?」


「ん……。……たった2週間離れているだけなのに、わたし……。
 でも出会ってからずっと、2週間も会わなかったことってなかったよね?」

「……そうだった、な」



 入学式で出会って以来、頑なだった俺に、ずっと声をかけてくれた
 ……俺はもう期待するのもイヤで、失望するのもまっぴらで、
 おまえの誘いを断り続けていた。

 でもそんな俺にはいつも変わらない笑顔を見せてくれて。


「……?」
「ん……。えへへ。笑って見送らなきゃ、ね?」


 浮かんだ涙を押し込むようにして笑う。


「……、頼みがあるんだ」
「ん? なに?」
「……出かける日の朝、……笑って見送って欲しい」
「……いいよ。……何時に空港に行けばいいの?」

「……いや、ここで」
「……ここ?」


「そう……。俺の家で」





 の母親は、が俺と付き合っていることを快く思っていない……らしい。
 この前あいつを家まで送り届けた時、尽が俺にこそっと耳打ちをした。


「……勘違いするなよ。別に葉月がどう、ってわけじゃないんだ。
 ただ、ねーちゃん。葉月にずっぽりハマってるからなー。
 かーちゃんからしてみれば、今は若いんだから一人の人にとらわれず、
 見聞って言うのか?そういうのを広げるときなんだってさ!」


 それが理由かはわからないけど、今までは俺の家に来ることはあっても
 泊まったことはなかった。

 ……それが妙に寂しくて、俺は更に言葉を重ねる。


、……泊まっていけよ。その日」
*...*...*
 その日のは、いつもに増して元気で、……そしてよくしゃべった。



「ね、珪くん……? 荷物は大丈夫? 足りないもの、ない?」

「ね、珪くん……。帰ってきた時さびしくないように、お花植えておこっか?」

「ね、珪くん。今、北海道、ってどんななのかな?
 ……まだ寒いのかな? それとも花がいっぱいの時期かな?」


……」


 俺がに手を伸ばすと、は、そうそう、と言いながら自分のカバンの方へ
 駆け寄って小さな紙袋を取り出す。


「なんだ……?」
「はい! お守り。……無事に帰って来れますように、って。…… つけていい?」

「あ、ああ……」


 手首をシャラン……とすべるような感覚の後、  俺が見たのは銀色の細いチェーンのブレスレットだった。
 光沢のある銀色と、わざといぶしたような銀色が交互に重なり合っている。


「……これ……?」

「ど、どうかな? ……お店で見て、絶対珪くんに似合う! と思って……。
 わたしも同じもの買っちゃったんだー」

 恥ずかしそうに左手首を出す。

「えと……どうかな……?あ、もしかしてあまり気に入らなかった?」
「……いや、……サンキュ。……大事にする」

 もらったブレスレットに軽くキスをすると、
 はまるで自分がされたかのように真っ赤になる。


「どうした?」
「……ううん! ……別に!!」


「……おまえのも見せろよ……。ほら、こっち……」
「ん……」


 おいで、と、俺はの差し出した左手を引っ張り自分の座っているソファに誘うと、
 は一瞬まぶしそうに目を細めて、近づいてきた。


「お揃い、だな……」
「……ん。わたしには少し大きいけど……。ありがとう、ね。つけてくれて」

「……お礼言うのは、俺だろ……?」

 ゆっくりののブレスレットに触ると、それはサラサラと気持ちいい音をたてた。


……」



「あ、あのね、2、2週間なんてすぐだと思うの!」
「……ん?」
「2週間なんてたった14日、でしょ? 14日なんて、えと、えっと、300……?」
「336、時間、か?」
「うん、そう、……なんでわかるの……?
 って、えへへ……数が増えてきちゃった気がする……」



、もういいから……」



 無理するな、と左手をつかんで抱き寄せると、はすんなりと俺の腕の中に入った。
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