*...*...* 離れて、いること(後) *...*...*
 いつもは抱き寄せてもしばらくは強張っている身体が、今日は違った。
 の方から、何度も頭を摺り寄せてくる。




……?」
「……んと、あの、えっとね……、お母さんが、ね……」
「……?」
「……ううんっ! ……珪くん、お仕事、頑張ってきて、って」



 俺は、以前尽が言っていたことを思い出した。
 きっとは、今夜外泊することで、母親に何か言われたのだろう。
 そしてそれを気に病んでいるが、俺には言えない、……というところ、か。




……」
「なあに?」

「……今は俺、だけを見て」






 他のことなんてなにも考えないで。





 の頬や唇に触れるだけのキスをすると、いつも以上に熱を帯びたの唇と吐息が追いかけてくる。


「……ね、珪くん……? お願い、……もう……・・!」
「……どうしたい?」



 こんな問いかけをする俺はイジワルなんだろう、な。
 けど、おまえから、言って欲しいんだ。



?」
「……ん」
「言えよ」
「……・ん……。あのね、わたし、……珪くんが好き、なの……。……だから……!」
「……だから?」
「…………この気持ちが溢れちゃう前に……」
「……前に?」


「……珪くん、で、わたしを満たして……?」



 細い腕を俺の首に回しながら、消え入りそうな声で言う。





「今日ここに来たときから、ね……、ずっと。
 ……ずっと熱かったの……ココ。
 ……熱くて、トロトロしてて、……珪くんに、満たして欲しかったの……」



……」




目を見開いた俺の表情にびっくりして、は慌てて身体を離す。




「……やだ……。こんなのヘンだよね? ……こんなこと言うなんて……!
 ごめんなさい。……やっぱり忘れて……?」


「イヤだ」



俺の胸を押しのけようとする両手を掴んで、再び抱き寄せる。





「…………っ」







「俺、待ってた。……がこうなるの。ずっと」








もう二人の間に言葉はなく。

俺はの全身を甘噛みする。
そのたびに湧く嬌声。
声を殺そうと必死になるの表情に、俺は煽られ続ける。



は白い小さな下着をつけていた。
その姿は美しく、俺は見飽きることがなかった。





「……こんなに濡れてるの、初めてだ」
「……わたし……?」
「そんなに、欲しかった?」
「!!」





初めて、の一番敏感なところに唇を這わす。




「や、やだ! そんなこと……、」




俺の頭を引き剥がそうと必死になる細い指が、俺の髪を引っ張る。

……でもいつしか引っ張ってる指は、俺にすがり付いてくるような弱々しい ものに変わって。








の全身の力が抜けた後。
そっと身体を起こすと、恨めしそうな視線にぶつかった。






「……珪くん、……ひどい。やだって言ったのに」
「……ホントに?」


いつもより濃さを増した胸を触りながら、問いただすと、
ビクンと身体を震わせて、あっけなくもうひとつの答え、が返る。




「……・・ううん……。違う。……本当は」




いまだに呼吸が荒く上下する小さな胸を包み、の顔を覗き込むと、
恥ずかしそうに顔を背ける。
……耳元から頬にかけての赤味がさっきの名残。




「悪い、……」
「?」


「もう、待てない」








俺はの両足を大きくグラインドさせ、小刻みに中に入っていくと、
は……白い首を震わせて切なそうに溜息をついた。








身体の中心に生まれる、ほとばしるような熱。





俺は、俺自身がすべて溶けて、の中に入っていくような錯覚に陥る。


溶けて……溶けて、やがて一滴の水になり。
入って、入り込んで、傷つくことも知らなかった、胎児のように。


そのことを伝えると、は閉じていた目をぽっかりと開けた。



「……わたしもだよ……。触れられてるところ、つながってるところ
 すべてから珪くんを感じて……」


少しずつ溶けて、珪くんとの境目がなくなっていく気がするの、と。




の中に入りながら、ゆっくりと話をする。




言葉を交わすたび小さな振動がつながっているトコロからじわりと伝わってきて。
そのたびに俺は泣きたくなるほど嬉しくなる。






「……珪、くん……。こうして、……こうして、ね」
「……なんだ?」



俺の手をの小さな手がもてあそびながら、とっておきの内緒話をするように 耳に唇を寄せる。



「……珪くんが、わたしの中に入ってると、……安心する」
「…………!」

「……あのね、足りなかったものが、満たされた、っていうか……。
 今までなかったのが……不思議。
 ね……、もう出て行かないで……? ずっとわたしの中にいて……?」
「……ああ」



俺も、だ……。おまえの中に入ると、
いつも、懐かしいような、自分の居場所を見つけたような、やるせない想いに包まれる。


最愛のおまえが、もし、俺と同じ想いを抱えているなら。

それは。




!」
「……ん?」
「……サンキュ……」




 なにかわたし、珪くんにお礼言われるようなこと言ったっけ……? と
 キョトンとした瞳で見るおまえ。俺は抱きしめる腕に力を込め、髪に鼻を埋める。
 ……俺の大好きなこの、香り。






「……初めて、おまえを抱いた気がする」
「……え?」
「……心も身体も」


不安だったんだ。抱いても抱いても、おまえが儚くて。ふと俺の前から消えてし まいそうで。



でも、今は。
俺と同じ想いを抱いているおまえとなら。、
一緒に手を携(たずさ)えて、どこまでも行ける気がする。





「こんなわたし、……キライにならない?」
「なるわけないだろ?」
「なんだか自分から、なんて、……恥ずかしい……」

「恥ずかしがることなんてない。
 ……もっと乱れて、……おまえが溶けてなくなるくらい、俺を求めて」




身体を動かし、を攻め立てながら、何度でも……。そう何度でも同じ答えを聞きたがる俺。
 ……おまえ、については、俺の中にいる小さな子供がわがままを言い続ける。




、……おまえ、好きか? ……俺とこうするの」
「…………ん」








俺はゆっくりと腰を動かすと、 の内部を、を、味わい尽くした後、欲望を解き放った。





####






「……ん……あのね、珪くん……。
 わたし、今まで……。……セックスって……本当は好きじゃなかった……」


の髪をそっと後ろに流しながら、落ち着くのを待っているとき、
ぼつんともらした言葉。



「でも、ね……。珪くんが喜んでくれるなら、それでいいや……って思って たの」
……」


「ん……。なんだかセックス……って、雑誌や友達が言ってるほど、素敵なもの、
 ではなくて、……わたしにとっては儀式のようなもの、だったの。
 ……珪くんに抱かれる、っていうだけで、ドキドキして、……余裕がなくて。
 わたしなんかで、いいのかな? って、不安ばっかりで」


……。なに言ってるんだ……?おまえ」


俺が口を開こうとすると、更に恥ずかしそうに、ね、言わせて? と上目遣いで俺を見る。




「……好きな人に抱かれるって、理屈じゃないんだね。
 こんなに気持ち良くて、温かくて。……いとしくて、切なくて。
 ありがとう。珪くん……。ずっと待っててくれて」


……」

「ありがとう。……わたし、珪くんが初めての人、で良かった。一番の人で……」


 大きな目を真っ赤にして、俺の肩に触れながらつぶやく。




 本当に何を言い出すかと思えば……。


 俺こそ。
 俺の方、こそ、ありがとう、なのに。




……。おまえ、勘違いしてる」
「……え?」
「おまえに、次の男、なんていないから」
「……ん」



「ずっと俺だけだ」
「……ん」
「……そんなこと、考えるな」
「……ん!」



の涙が胸を伝う。


「泣くなよ……」
「ん……。ごめんね。これは嬉し泣き、だから」





 の頬から耳にかけてそっと撫ぜていると、急にはイタズラを思いついた子供 のように、目をキラキラさせだした。



「ね、珪くん? ……これから、……ね?
 ……わたし以上に、珪くんにはもっとずっと良くなって欲しいな……って。
 ずっとずっと気持ちよくなって欲しい……って思ってるわたしって……。
 えへへ、贅沢かな?」




。おまえどうして……?」
「ん?」

「……俺のことばっかり考えて、自分のこと後回しにするんだ?」



 たまらなく愛しい気持ちが沸き起こっている。
 こんなになよなよして。いたいけな身体で。
 こいつは俺が守ってやらなきゃ、なにも出来ない、なんて思ってたのに。



 実際は、いつも守られてるんだ、こいつに。





 たくさんの愛情で。





「……だから、だよ……?」
「?」
「……珪くんのこと、好き、だから……」



 ふと支える腕に重みを感じて覗き込むと、は微笑んでいるかのような穏やかな表情で眠りについていた。








 この想いをどうやって伝えたらいいんだろう?


 おまえが愛しいという、気持ち。
 出会えたコトへの感謝。
 守ってやりたいという、気持ち。
 守られているという、ぬくもり。




 ……おまえが俺の名前を呼ぶ限り、生きていようと思う。
 少しでも必要とされている間はまだ俺の役目は終わってないから。









 次の日。

 俺は時計のアラームが鳴る前に目覚めると、すばやく白いシャツに着替えた。




 。 俺、おまえの全てを受け入れるから。



 身動きしないで眠り続けるの薄い肩にキスをして、俺はドアを閉めた。
 彼女がどうか怖い夢を見ないように祈りながら。
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