*...*...* Surprise (後 *...*...*
俺がカードキーを手に部屋に戻ると。テーブルの上はすでにきれいに片付けられ、
窓の外は夜のイロに近い夕闇が広がっていた。
は席を立ち、ぼんやりと窓の外を見つめている。
部屋の照明も、景色を楽しむための配慮なのか最小限に抑えられてて、
の白っぽいワンピースだけがほわっと浮かび上がっていた。
「?」
「……ん」
俺が部屋に入って来たことに十分気が付いているのに。
は振り返ろうとしないで、カーテンを握りしめながらまだ窓の外に目をやっている。
「どうした?」
「……ん。あの、ね……」
そう言いかけて、ため息ばかりついている。
俺は背後からの首に手を回すと、そのまま肩越しに顔を埋めた。
いつも言葉がうまく出てこない俺。
そんな俺に付き合っているからかどうかはわからないけど、
高校生のときはぽんぽんと言葉が返ってきたも、
この頃、時折り、口ごもるようになって。
その時の、言葉を選んでいる時の表情がたまらなく煽情的なことも、しばしば、で。
言葉が上手く出てこない時のまどろっこしい気持ちというのを、
俺は呆れるくらいよく知っていたから。
俺は先を急がずにの言葉を待った。
は俺の指を何度も握ったりほどいたりして。
ふぅ、とため息をつくと、唄うように一気に言った。
「あのね、珪くん……。あのね。
わたし、が、好き? それとも、……そうする、のが、好き?」
「……?」
俺の口調にはあわてて早口で弁解する。
「あのね、時々、ね。こわくなっちゃうの。
珪くんが好きだから、いいの。
わたしがあげられるものなら、なんだってあげたい、って、いつも、そう、思ってる。
でも、……覚えてて、欲しいの。
今、珪くんが抱いてるのは、わたしだ、って……」
の肩はふるえを帯びて。
それだけの言葉を伝えるために、こうして身体を強張らせてるのかと思うと、
俺は愛しさとともに、自分自身へのやりきれなさも浮かんできて。
―― 一番大事なヤツを不安にさせて、どうするんだ……。
俺は自分に内心舌打ちしながら、に回した腕にさらに力を込める。
「……覚えてる、ちゃんと」
「…………」
「好きなのも、抱きたいのも、おまえだけだ」
「……ん」
は気が抜けたのか、そっと重心を俺の腕に預けてきて。
その、ちょうどいい重さに俺はほっとしながら、言葉をつなげた。
「な、……」
「…………」
「俺は……。
俺は、いつも……。
うまく言葉が見つけられなくて。
その代わり、必要以上におまえを求めてしまう、ってところ、あると思う。
おまえにキスして。……おまえの身体に触れて、おまえの中に入っていって。
そうすることで、なにかが伝わるんじゃないか、とか……。
いや、伝わればいい、そう思ってる。
エゴだ、っていうのはよく分ってるんだけどな。
……悪い。うまく言えなくて」
「珪くん……」
「おまえがイヤなら、……なにもしない。隣りにいるだけでいいから」
「……ううん……」
は激しくかぶりを振った。
「?」
「珪くんに抱かれてると、ね……。
いつも伝わってくるよ?
どんなに大事にしてくれてるか、ってこと。
でもわたしってバカだよね……?
珪くんのね、コトバがほしいときがあるの。
……そんなのより、もっと大切なことがあるのにね」
えへへ、せっかくの珪くんが主役の日なのに、わたしったら、ごめんね、と、
目尻に涙を残したまま見上げてくる。
そして、俺の腕をほどくと、
くるりと向きをかえて。
は俺の頬に頬擦りをした。
そして耳元でささやく。
もっと。
ココロを澄まして。
珪くんだけを、見てるね。
珪くんのすることだけを、信じてるよ。
と。
俺はのひざをすくい、そのまま抱きかかえて。
「……前言、撤回」
「え? えええ??」
「なにもしない、なんて、無理だ、俺」
そう言い捨てて、そのまま部屋へと向かった。
*...*...*
2人で部屋へ続くドアを開け、俺はの身体をストンと降ろした。は、壁一面の窓から見える星空にしばらく見とれたあと、
「ん……。なんだか夜になったら急に寒くなったね」
と、少しだけ色付いた指先に息を吹きかけている。
「寒い、か?」
「うーん。少しだけ、ね」
あ、でも大丈夫だから、ね。
そう言ってさりげなく俺の横をすり抜けようとする。
俺は口の端で笑いながらの手を引っ張った。
「……どうして逃げる?」
「だってだって、珪くんがそんな顔してるとき、って、
なにかとんでもないこと考えてるときだもん。
あ、アタリ、でしょ〜?」
はそう言って俺の指を、えぃ、えぃ、っと必死で外そうとしている。
俺は小さく笑うと、その指に手を重ねて言った。
「人聞き悪いな。とんでもないことなんて」
「……この半年で、だいぶわかるようになったもん」
……そう、きたか。
俺は、とこうやってじゃれあってる時が好きた。
高校の時から。
こうなった、今では。
―― なおさら。
俺のエゴだってわかっているけど。
が俺の。
ほんの少しのわがままを、ためらいがちに受け入れてくれるとき。
ひどく。
……いや、泣きたくなるほど、嬉しくなる自分がいるから。
の反応を見てると、俺のわがままは『ほんの少し』ではないようだけど、な。
俺は、の意識を手から遠ざけるために、いきなり質問を投げかけてみる。
「……。今日は何の日?」
「へ? えっと……。珪くんの、誕生日、でしょ?」
「そう……。で、俺は?」
「俺、って、俺って、……。珪くん、は……? ってこと? ん、と……」
「主役、なんだろ? ……なんでも俺の言うこと聞いてくれるんだよな?」
「聞く? んんん? わたし、そんなこと、言ってないような気がする……」
「……決めたんだ。俺が、今。……だから、一緒に入ろう?」
とバスルームを指さすと。
はとたんに、パキーンと、身体を硬直させた。
―― ホント、分りやすい。
俺はの腰に手を回すと、そのまま背中のファスナーに手をかけた。
「わ、ち、ちょっと、待って! そ、そのっ。……恥ずかしい、よ?」
は俺の胸を押しやると、これ以上ないくらい身体を小さくさせている。
俺はするりと、ワンピースを肩から落として。
「……もう、おまえの裸なんて全部見てる。どうしてそんなに恥ずかしがるんだ?」
「そ、そんなっ。……わたし、いつまでたっても慣れないし、ドキドキするよっ……」
「……こんなに何度も抱いたのに?」
「〜〜〜〜。もう! 珪くんって、どうしてそんなにストレートなのかなあ?
わたしだけが焦って振り回されてる、みたい……」
「……逆、だろ?」
俺はの胸を下着の上から包む込むようにすくい上げて、言った。
振り回されてるのは、俺の方。
こんなることを、ずっと、望んで。
2人きりになるやいなや、片時も手放せなくて。
―― 抑えが利かなくなるほど。
「……でもね」
は細い腕を俺の首に回して。
「なんだ?」
「そんな珪くんも、大好き、だよ?」
そう言って、ふわり、と微笑む。
「ギュ、ってして。
わたしをいっぱい、感じて……?
こうすることで、おめでとうって気持ち、伝わるといいな……」
「……」
「好き、だから、……なんでもできる、よ?
ちょっと恥ずかしいけど……って、あれ? あれ??」
そう言って俺のネクタイの結び目に手をやって。
と、解けない〜〜! 固いよ? これ、って、思いっきりあわててる。
いつも、そうやって。
感じたままに見せる仕草が、かわいくて、愛しくて。
俺はそのたびに目がくらむんだ。
1人でいた時。
自分の生まれたこの季節は。
夜が長くて大嫌いだった。
でも、といると。
長いはずの夜も、あっという間で。
だんだん、高く、細くなる、声。
手と口で、身体中に俺の痕をつけて。
指と舌で何度も潤して。
俺はゆっくりと確かめるようにの中へ入っていく。
―― 俺の、居場所。
ずいぶん昔から、求めてて、探してて。
やっと、見つけたんだ。
俺の胸の下で、小刻みに震えだしたおまえを、ひざの上に抱き起こして。
少し下から、おまえの顔を見上げる。
そのとき視界に入ってきたのは。
―― おまえの潤んだ瞳と、その背後の、満天の星。
俺は一瞬、快感を追うのを忘れて。
言葉もなく、おまえに見入った。
「……珪、くん……?」
「……愛してる」
伝われ。
重なってる、手から。口から。この熱から。
もはやそれしか知らないみたいに繰り返してる、この5文字のコトバ、から。
自分を解放する前に、もう一度同じ言葉を告げると。
は泣きそうな顔をして、小さく微笑んだ。