*...*...* Sin 2 *...*...*
「いやいや。日野香穂子、さんですな。いや、吉羅理事長も楽しみですなあ。就任早々こんな金の卵をお育てになるとは」「吉羅理事長、この生徒さんの将来はぜひ私どもにお任せください。ぜひ手元に置いて育てたいと思う人材ですよ」
「いえ、ぜひ日野さんは、わたくしの元に。女性には女性の弾き方がございますもの」
僕は壁際に立つと、人の流れをぼんやりと見守っていた。
香穂さんと香穂さんの大事な人は、2人して人混みを縫うように歩いている。
挨拶をしては、歩みを進め、また挨拶をする。
あの2人が足を止めるたび、人だかりができる。
そして、ほとんどの人間はまだ話し足りないのか、金魚の尾ひれのようにひらひらと彼ら2人の後を追う。
香穂さんのヴァイオリンコンクールの優勝を祝う祝賀会は、これ以上なく華やかに進んでいる、と言える。
人の熱気を散らすかのように、空調はこれ以上なく冷えている。
元々、この祝賀会の出席を予定していた父は、後援会の人とのどうしても抜けられない会合があるとかで、僕に出席を頼んできた。
『葵も香穂子さんとはまんざら知らない間柄でもないんだ。彼女に祝福の言葉でもかけてきたらどうだ?』
『そうですね……』
『今は政局も不安定だからな。組織票以上に、後援会の人の思いもしっかり汲んでおかないといけないんだよ』
最近お酒の量が増えてきた父は、やや白いモノが混じりだした頭に手をやると肩をすくめて笑う。
そうだよね。僕が大人に近づく分、父さんは確実に中年の坂に足を踏み入れてる。
『わかった。その祝賀会、僕が参加するよ』
『あのお若い理事長もさぞ、ご満悦なことだろう。あんな才能溢れる生徒をたった2年で発掘したのだから』
(香穂さん……)
固くかみしめた奥歯が、ぎりりと鈍い音を立てる。
少しだけ血なまぐさいのは、勢い余って唇までもかみしめていたからもしれない。
……わかっていたのにね。
僕の意中の人は、今、僕の近くにはいない。いや、僕の気持ちさえ気づいてない、って。
僕はオードブルが並んでいるテーブルに向かい、サーモンのカナッペを手に取る。
でっぷりと貫禄のあるシェフは、30センチ以上もある細い包丁を手に、ローストビーフを切り分けている。
パフォーマンスが人を呼ぶのだろう。
今日の料理の中で1番のにぎわいだ。
壁際の僕からは、香穂さんの朱い髪だけがふわふわと見える。
その彼女を守るかのように、隣りに長身の理事長が立っている。
どうやら彼はこの祝賀会に来たすべての人に、香穂さんを引き合わせるつもりらしい。
敏腕家だ、という評判は事実なのだろう。
彼は、人の波をかき分けるようにして次から次へと香穂さんを紹介していく。
香穂さんは優しいクリーム色のドレスを身につけているようだ。
ピンクのバラのモチーフは、細いウェストを際立たせ、その下から広がるオーガンジーの裾は膝の上を行ったり来たりしている。
胸元と背中は大きく開いているのに、不思議とそのドレスは彼女の清潔さを強調しているような気がした。
なんとなく背が高く思えるのは、ドレスに合わせたハイヒールを履いているからだろう。
無骨な中年のスーツの間に紛れて、彼女の脚は白い光沢を放っている。
遠く離れて彼女たちの様子を見ていると、ざわざわした人の波の中、まっすぐに理事長に近づいていくホテルマンの姿があった。
「……うん? 私に? 急用なのだろうか?」
遠くの彼は不機嫌そうに目を細めると、ホテルマンの手渡すメモを見て、香穂さんに耳打ちをしている。
そして顔を真っ直ぐ前に上げ、会場を出て行った。
頬を赤らめて頷く香穂さんは、本当に初々しく、きまじめな生徒、という印象だ。
僕のような穿った人間でない限り、香穂さんと理事との仲は見抜くことができないに違いない。
香穂さんは、1人で大人たちと対峙するのはムリ、と判断したのかな。
話していた人に頭を下げると、人の輪から離れテーブルの方に近づいてきた。
僕は香穂さんとの距離を進めると、1番に伝えたかった賛辞を告げる。
「香穂さん。コンクール優勝おめでとう。僕もお祝いが言いたくて」
「あ、加地くんも来てくれてたんだ。ありがとう。
だけど……。お祝いなら毎日のように言ってくれてるよね。だって隣りの席なんだもの」
「ふふ。嬉しい言葉というのは、どこにいたって、それに何度言ったって良いものなんだよ?」
香穂さんは初対面の人に会い続けて、ちょっと緊張していたのだろう。
僕の顔を見て、教室でいつも見るような屈託ない笑顔を向ける。
「可愛いドレスだよね。君の長所がすごく引き立ってる」
「そう? ……ありがとう。似合うかどうか不安だったの。普段あまり着ないデザインだったから」
「まさにこの会場の花、って感じで素敵だよ。ねえ、香穂さん、のどが乾いたでしょう? はい、お水」
僕は手にしていたペリエを手渡した。
ドレス姿の香穂さんは、制服の時とはまったく趣を変えた大人っぽい雰囲気を漂わせている。
元々胸元と背中が大きく開いたドレス。日頃はおろしている髪は1つにまとめられ、華奢な首がはっきり見える。
遠くにいても、彼女の肌の艶はハッキリとわかったけど。
近くにいる今は、筋から肩、肩から腕の線が露わになって目のやり場に困るほどだ。
──── ふいに、悔しいような、男として情けないような気持ちに囚われる。
あの人は、香穂さんのこの身体を好きなように触れられるんだ。
肩や腕だけじゃない。ふっくらと艶を帯びた唇も。この服に隠されている柔らかい部分も、全部、何もかもだ。
僕は香穂さんがグラスを空にするのを待ってから話し始めた。
「そうだ、さっきね、君の大事な人に頼まれたんだ。今から君をこのホテルの上の部屋に連れてくるように、って」
「え? 私を?」
「そうだよ。ふふっ。僕は君の しがないメッセンジャーってわけさ。せめて部屋につくまで僕に君のエスコートをさせて?」
「そっか……。その、ありがとうね」
香穂さんは、ぽっと頬を赤らめると、慌てたように周囲に目をやる。
「またおエラ方につかまると面倒じゃない? ちょっと急ごうか?」
僕は香穂さんの身体を隠すようにしてパーティ会場を後にした。
*...*...*
「ごめんね、加地くん……。私、ちょっと疲れたみたい」「あんなにたくさんの人に会ったら誰だって疲れるよ。いいよ、少し休んでて。僕は彼を呼んでくるから」
「うん……」
部屋に入ると、香穂さんは、口を利くのもやっとといった様子でそれだけのことを口にすると、ソファの上で目を閉じる。
シックな革張りのソファの上、香穂さんの白いドレスは、儚く美しくて、僕はしばらくの間、その様子に見入った。
──── 今なら、まだ引き返すことができる。
香穂さんに手渡したペリエに薬を入れたこと。
香穂さんの大事な人の誘いというのは、実は僕の冗談だったこと。
薬のことは黙っていればわからないし、理事長の件も、香穂さんは優しい人だから、正直に謝ればいい。
『君が少し疲れているように見えたから、休ませてあげたかったんだ。
彼の名前を出したことについて?
だって、真面目な君をあの場所から引き剥がすには、あの人の名前を挙げることが有効だと思ったからだよ?』
今、引き返せば彼女は笑って許してくれるはず。
なのに……。
少しだけ開いた唇から、柔らかそうな舌が覗く。
八重の薔薇を重ねたようなふわりとした裾から見える白い脚。
そっと手を滑らせると、膝の上は僕が思っていた以上にしっとりとして気持ちいい。
すべすべとした白い肌は僕の手に吸い付くようで、いつしか僕は跪きながら彼女の脚を撫でていた。
「ん……。吉羅、さん……?」
彼女は薬の効きが早い分、目覚めるのも早いタイプなのかもしれない。
僕は香穂さんの身体を抱きかかえ、振動を与えないようにそっとベッドに横たえると、バスルームに向かう。
「──── 香穂さん。君がいけないんだよ。……君が素直に僕を信じるから」
そして何本かのタオルで、香穂さんの手を細かな細工の施してあるベッドボードに結んでいった。
僕は今から、彼女を傷つけることをする。
彼女は心も身体も傷つくだろう。それも、彼女の性格からみて、強く、深く、傷つくだろう。
だから、せめて身体だけは。彼女の音楽を作る源だけは傷つけたくない。
その思いが僕にこんな行動を取らせていく。
「ん……。私、眠っちゃったのかな……?」
「ああ、香穂さん、目が覚めた?」
僕はベッドに腰掛けると香穂さんの顔を覗き込んだ。
ぱりっと糊の利いたシーツの上、香穂さんのシフォンのドレスは雨上がりの花のように散り乱れている。
「加地、くん? なに、これ……?」
香穂さんは、左手を見て、そして右手を見て。
自分の両手が自由にならないことに気づいたのだろう。
恐怖に満ちた表情で僕を見つめた。
「やめて。ほどいて、加地くん」
「ドレスのせいかな。香穂さん、今日の君は、花みたいに綺麗だよ」
「お願い、手を、ほどいて」
「素敵なドレスだよね。普段あまり着ないデザインだ、ってさっき言ってたから、これは君の大事な人の見立て、なのかな?」
香穂さんは手と違って枷のない脚を必死にばたつかせていたけれど、僕が2本の軟らかくて可愛いものを抑えるのは造作もなかった。
僕は香穂さんの脚の間に身体を滑り込ませる。
そして、何かの敬虔な儀式のように、脇にあったファスナーに手を伸ばした。
「いやぁ……っ」
「ごめん。君に触れたいだけなんだ。だから許して」
下着はドレスに付属しているデザインなのだろう。
ドレスの上半身部分を取り去ると、そこからは柔らかな2つのふくらみが飛び出してきた。
夏休みの日、偶然香穂さんの秘密を知った。
そのときから? いや、この場合は、もっと僕は自分に正直になるべきだろう。
転校してきて、香穂さんのことを知れば知るほど。いや、好きになればなるほど。
僕は、香穂さんの笑顔に見惚れながら、香穂さんの制服の中身を想像していた。
彼女のふくらみはどれくらい大きくて、そして、どんな形をしていて、どんな色をしているか。
どんな匂いがして、そしてどんな手触りなのか。すくい上げたら、どんな形で僕に応えるのか。
細かく設定すればするほど、頭の中の香穂さんは完璧に近づき、僕の中で性の対象としてあがめられていった。
だから正直、現実の香穂さんを直視するのが怖かった。
完璧に勝る完璧はないと知っていたから。
だけど……。
「綺麗だ、香穂さん。すごく」
僕は嘆息混じりにそれだけの言葉を告げると、ふくらみを押し上げるように手の中に納めた。
真っ白な肌の上、ピンク色の乳輪だけがもったりと頭を上げている。
そっと口の中に含んで舌で転がすと、香穂さんはびくりと身体を震わせた。
その仕草は、初々しいながらも、幾度も彼女に同じ刺激を与えた男が居ることも示していた。
(香穂さん……)
僕の中の残虐な自分が目覚めていく。
「ふふ。感じてるの? 可愛いよ、香穂さん。……もっとしたくなっちゃうよ」
「加地くん、やめて、お願いだから……っ」
すすり泣きのような悲鳴が頭の上に響く。
「ここはどうなっているの? 僕、興味があるな」
香穂さんの腰を持ち上げ、ドレスを取り去る。
ドレスに合わせたような純白の下着は、高校生のものとは思えないほど大人びていて、僕はここでも彼女の大切な人の存在を感じた。
大人になると、女が身につける何もかもを手中に収めたくなるものなのだろうか?
だとしたら、これも香穂さんの大切な人が用意したものなのかな?
僕は下着の横から指を差し入れた。
「甘い匂いがするよ? 香穂さん、僕に触れられて感じてるんだ」
「違うの、私……。お願い、ほどいて」
香穂さんは放心しきったように、何度も同じ言葉を繰り返す。
身体はだんだん柔らかさを増しているというのに、僕たちの会話はまったく成り立っていない。
僕は、彼女の心ではない、身体とだけ会話しているような気持ちになった。
「ここも、綺麗なんだね。まだ、あまり使い込んでない、って感じがする。……君の大切な人は、君のここも大切に扱ってるんだね」
僕は彼女の下着を取り去ると、そのまま彼女の身体を2つに折り曲げて、溢れ出る蜜を舐め始めた。
舌を限りに伸ばして、彼女の中を蹂躙する。
内側の襞は素直に伸縮している。いや、痙攣、している。
「やめて、お願い……っ」
「素直に感じた方が楽だよ? ほら」
2つのふっくらとした花びらの隙間に隠されていた突起が、ぴくぴくと波打つさまを見て、僕は彼女の中を可愛がるのを3本の指に讓る。
そして、差し込んだ指たちをばらばらに動かしながら、彼女の大事なところをすっぽりと唇で包んだ。
飛び出した突起は、僕の舌先を待ち受けているかのように震え始めた。
「いや……っ。あ、あ……」
「ふふ。ねえ、聞かせて? 君の大切な人はどんな風に君を抱くの? こんな風?」
「ん……っ」
彼女は、僕が理事長の話をするたび、ぴくりと身体を揺らした。
いや、揺らすだけじゃなかった。
揺らして、そして、甘い蜜を次々と溢れさせる。
その事実は、僕の胸にえぐるような痛みを運んでくる。
彼女の身体を今、蹂躙しているのは僕なのに、彼女の頭の中に浮かぶ男は、僕じゃない。
その事実は、鋭い刃物のように僕の中を静かに切り裂いていく。
「いや……。もう、私……っ」
「いいんだよ。良くなって? 香穂さん」
「あ、あ……っ!!」
香穂さんはいやいやを繰り返す子どものように枕に頭をこすりつけたあと、切なげな声を上げた。
僕は彼女の突起を口に含んだまま、それを聞く。
──── もう、限界だ。
僕はポケットに忍ばせておいた避妊具を歯で噛みきるとと自分のそれに装着した。
「初めは僕、辛抱しようって思ったのにね」
「加地くん……」
「本当は、指と口だけにしておこう、って思ってたんだよ。君に余計な罪悪感を持たせたくなかったから」
「お願い、もう、やめて。これ以上したら、私……」
「なに? もっと良くなっちゃうの? いいよ。見ててあげるから」
香穂さんは幾筋もの涙を頬に伝わらせながら、僕を見上げた。
「……私、吉羅さんの元に戻れなくなる」
「香穂さん」
こんなときまでも、彼女の口からあの人の名前が飛び出すなんて。
僕は乱暴に香穂さんの上に乗ると、彼女の秘部に自分の先を押し当てた。
「……素直すぎるのも危険だって教えてあげるよ。今、僕は君に腹を立てた」
「加地くん?」
「僕とこんな風になっている今でさえ、別の男の名前を呼ぶ君に腹を立てたんだ」
「あ、あ……っ」
ぐっ、と僕の分身が勢いを増して、彼女の中に入り込む。
絶望的な声が、愛らしい口から零れるのが聞こえる。
僕は、彼女の両手が不自由なことをいいことに、何度も彼女の最奥に腰を進めながら、彼女の唇をむさぼった。
「ん……っ。苦しい。やめて」
「ごめんね。香穂さん。……僕はやめられない」
「あ……っ」
「君が……。君の作る音楽だけじゃない。身体までがこんなに魅力的とは思わなかった」
──── 壊れてしまえばいい。香穂さんも、僕も。
そしてなんの心も持たない一介の肉片になれば、香穂さんの絶望も、僕の欲望も無に返るのに。
思いの丈を出し切った後、僕の分身は力を失い、押し出されるかのようにずるりと香穂さんの中から抜け落ちた。
僕はのろのろと香穂さんの自由を奪っていたタオルをほどくと、彼女の頬に口づける。
香穂さんはシーツで胸元を隠すと、怒りで赤らんだ顔で僕を睨みつけた。
「近づかないで。加地くんなんて、大嫌い!!」
「僕は君が好きだよ。香穂さん。好きだからこそ、こんな行為に出てしまった」
「自分がどれだけひどいことをしたのか、わかってるの?」
僕の中に浮かんでくる思いをまとめる。
僕が今、香穂さんから嫌いだ、と言われても、嬉しいのは。
酷いことをしたとわかっていても、喜びがこみ上げてくる、その思いは。
僕は、香穂さんの軽蔑に満ちた視線を受け止めつつ、真っ直ぐに彼女を見つめた。
「僕は後悔してないよ。こうすることで、君は今までよりもちょっとだけ、僕のことを考える時間が増える。
……それが僕の望むことなんだから」